45:恋心
(目の前にいるよ……!)
心の中で、沙織が叫ぶ。そんな気持ちを知らない鷹緒は、変わらずからかうように笑う。
「なんだ、いるのか。若いってのは、恋多きことだなあ……じゃあ、そいつのことでも考えろよ。そいつがこの写真見て、おまえのことが好きって思えるような写真を撮ってやるから」
その言葉に、沙織は鷹緒のことでいっぱいになった。そして目の前にいる鷹緒を見つめると、恥ずかしさで真っ赤になる。それに気付いた鷹緒は、カメラを下ろした。
「……そんなに好きなんだ? 真っ赤になるほど」
からかうように、鷹緒が言う。
「嫌だ。そんなことないもん……」
「お、やっといい顔」
鷹緒がシャッターを切る。
「やだ、恥ずかしい!」
「アホか。じっとしてろっつーの」
気持ちが解れた様子の沙織に、鷹緒はここぞとばかりにシャッターを切った。
しばらくして。鷹緒はカメラをテーブルに置いた。
「よし、これで終わり」
「ああ、恥ずかしくて、よく覚えてない……」
沙織の言葉に、鷹緒が笑う。
「アハハハ。まあ、その方がいいんじゃない? 今日はどうする? 送るか」
「本当? うん、送ってほしい!」
「ハイハイ……」
「なに? 今日は優しいね」
「俺はいつでも優しいですよ。それに今日は比較的、暇なんでね……」
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「じゃあ、着替えてこいよ」
鷹緒はそう言うと、電話に出る。沙織は頷いて、衣裳部屋へと戻っていった。
少しして、着替えて沙織が戻ると、鷹緒はまだ電話をしていた。
「わかりました。じゃあ、また今度……ええ、失礼します」
やっと終わった電話に、鷹緒は少し難しい顔をしている。沙織は静かに鷹緒へと近付いた。
「……長かったね。電話」
「ああ。昔、世話になった人の仕事を手伝うことになりそうでね。いろいろ話してた……もう一件電話あるから、ちょっと待ってて。こっちはすぐ終わるから」
「うん」
そう言うと、鷹緒は電話をかけ始める。
「ああ、俺。諸星ですけど……うん、どうだ具合は。病院は?」
鷹緒のその口調で、沙織はすぐに、電話の相手が理恵だと悟った。
「飯は食ったか? ああ……じゃあ、今から沙織送っていかなきゃならないから、その後に寄るから。じゃあな」
電話を切った鷹緒を、沙織はじっと見つめる。
「……なに?」
その熱い視線に、鷹緒は怪訝な顔をして、沙織を見つめ返した。
「……理恵さん?」
「ああ。ちょっと心配だから……あとで様子見に行ってくる」
「……別れた人なのに……」
沙織の言葉に、鷹緒は目を逸らしてジャケットを羽織る。
「仕事仲間だからな……あいつも俺と一緒で、限界までやる性質だし。ほら、行くぞ」
「いい」
沙織はそう言うと、玄関へ向かった。
「え? おい、沙織?」
「いい……早く理恵さんのところに行ってあげなよ」
「……おまえは?」
「……私はいい。病気じゃないし、電車もあるし。じゃあね!」
沙織はそう言うと、部屋を飛び出していった。鷹緒は沙織の行動に、首を傾げる。
「なんだ? あいつ……」
沙織はそのまま、電車へと飛び乗った。
(馬鹿バカ! 鷹緒さんってば、全然わかってない! 私の気持ちも、なんにも……)
心の中でそう叫んだ時、沙織はハッとして顔を上げた。流れる景色を背に、窓に浮かんだ自分の姿が映る。
(……知るわけない。何も伝えてないのに……)
沙織は遠くを見つめ、鷹緒のことを考えた。
(微妙な関係だな……まったく知らないわけじゃない。家族じゃないし、友達でもない。でも……やっぱり私、鷹緒さんが好きみたい……)
沙織はそのまま、自宅へと帰っていった。




