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16:ピンチヒッター

「わ、私がモデルなんて……出来ません!」

 慌てて沙織が言う。そんな沙織の肩を抱きながら、広樹はなだめるように沙織を見つめる。

「まあ、そう言わないで。大丈夫だよ。難しいことは何もないし、カメラマンは鷹緒なんだ。どうとでもフォローしてくれるよ。なあ、鷹緒?」

 鷹緒は沙織を一瞬見ると、雑誌関係者に尋ねる。

「……そちらは、この子で大丈夫ですか?」

「ええ、プラン通りにいけるのなら誰でも。ぜひお願いします」

 関係者の言葉に、鷹緒は沙織を見つめる。

「ちょっと……外していいですか?」

 鷹緒はそう言うと、沙織を連れて、その場を離れた。

「鷹緒さん。無理だよ。私がモデルなんて……」

 スタジオの隅まで連れて来られた沙織が口を開く。鷹緒は軽く頷きながら、沙織を見つめている。

「わかってる。でも、おまえしかいないんだ。頼むよ」

「で、でも私、ポーズとかもわかんないし、表情だって……」

「それは教えるし、フォローするよ。おまえは言われたとおりに動けばいい。今からモデル呼んでたら、この後の仕事にもひびくし、困るんだ。絶対にうまく撮る。だから頼むよ」

 鷹緒の言葉に、沙織は顔を赤くした。自分がモデルになるなんて、考えたこともない。恥ずかしさはあるものの、鷹緒や広樹を助けたいとも思った。

「……じゃあ、美味しいご飯食べたい」

 まだ不安げな表情をしながらも、沙織が言う。

「オーケー。寿司でもステーキでも、好きなもん食わせてやるよ」

「……わかった。でも、笑いものにはしないでよ」

「しねえよ。じゃあ、よろしく頼むよ。ヒロに頼むから、一緒に奥の楽屋に行って着替えて」

「うん……」

 説得された沙織に、鷹緒は頭をポンと叩くと、広樹を呼んだ。

「ヒロ」

 鷹緒の言葉に、広樹が駆け寄る。

「説得は済んだ?」

「ああ」

 鷹緒の言葉に、広樹が微笑む。

「そう、よかった。ごめんね、沙織ちゃん」

「いえ、私なんかでよかったら……」

「全然いいよ。沙織ちゃん、可愛いし。前からモデルとして誘ってたじゃない」

「また。ヒロさんってば……」

 広樹の言葉に、沙織が苦笑した。鷹緒はその様子を見ながら、口を開く。

「じゃあ、広樹。沙織を楽屋に連れてってくれ。すぐ始めるぞ」

「ああ。沙織ちゃんのことは、事務所総出でバックアップ&フォローするよ」

 広樹はそう言うと、沙織を連れて楽屋へと向かっていった。

 十数分後。沙織は緊張しながらも、撮影のための衣装へと着替え、スタジオへと入っていった。

「はい。じゃあ、少し遅くなったけど撮影開始します。今日は担当の木田カメラマンが欠勤のため、諸星さんに撮っていただくのと、モデルの子も一人来られないということで、急遽、この小澤沙織さんに入っていただくことになりました。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 広樹の言葉に、一同が返事をする。

「じゃあ始めますんで、モデルさんは全員スタンバイしてください。進行はスタッフの指示に従ってください」

 現場は一気に撮影モードへと入っていった。

 沙織は言われるがままにポーズを取り、鷹緒は撮影を続けた。


 数時間後。タイムリミットの八時直前に、撮影は終わった。

「お疲れさまです、これで撮影を終わります。各自終了してください」

「お疲れさまでした」

 その言葉に、沙織はほっとする。撮影中は緊張してあまり覚えていないが、眩しいまでの照明から解放されるのは、少し寂しい気さえした。

「沙織ちゃん」

 そんな沙織に、すぐに広樹が声をかける。

「ヒロさん」

「ごめんね、こんなことになって。でもよかったよ。沙織ちゃん、本当にこれからもモデルやらない?」

「またまたー」

 沙織は苦笑しながらも、撮影に気持ちよくなっていたのは事実であった。

「沙織」

 そこへ、鷹緒が声をかけた。すでに出かける準備が整っているようだ。

「鷹緒さん」

「お疲れ。まあまあの出来だったよ」

「光栄でございます……」

「じゃ、埋め合わせは今度……ヒロ。俺、もう行くから」

 鷹緒が、広樹に言う。

「ああ。後は任せろ」

「じゃあ、よろしく」

 鷹緒はそのまま、スタジオを後にした。

「じゃあ沙織ちゃん。今日は僕がごちそうして、家まで送り届けましょう。本当に助かったよ」

「わあ、ありがとうございます」

 沙織は笑って返事をする。終わってみれば、もう撮影の緊張は少しもなかった。


 その夜、沙織は母親に撮影のことを話した。

「ええ! あんたがモデル? 嫌だ、どうしよう」

 慌てて母親が言う。そんな母親に、沙織は苦笑した。

「お母さんがどうしようってことはないでしょ」

「だってあんた、雑誌に載るんでしょ。下着モデルとかじゃないよね?」

「違うよ、有名な雑誌だよ。私だって時々買ってるもん。だからびっくり」

「へえ……まあ、ちょこっとだけでしょ。今時、読者モデルとか流行ってるみたいだしね」

「うん。緊張したけど、楽しかったよ」

 沙織が正直に言った。初めての経験に、少し興奮気味でもある。

「よかったじゃない。あんた、趣味とか全然ないからね」

「そんなことはないけど……」

「鷹ちゃんも、ずいぶん有名なカメラマンになったらしいし、親戚として誇らしいわ」

 その時、沙織の携帯電話が鳴った。鷹緒からである。沙織はすぐに電話に出た。

「もしもし」

『ああ、諸星ですけど……今、大丈夫?』

 電話の向こうから、鷹緒の声が聞こえる。

「はい」

『今日は助かったよ……事務所としても、感謝してる。今日はヒロに送ってもらったんだって?』

「うん。ステーキごちそうになっちゃった。鷹緒さんは、お寿司だからね。そっちはもう打ち合わせ終わったの?」

『ああ、二時間ぐらいでな……じゃあ、またな。今日はサンキュー』

「え? あ、うん……」

 そこで鷹緒にあっさりと電話を切られ、沙織は少し寂しくなった。

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