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121:本心

 しばらくすると、事務所に鷹緒が帰ってきた。そこには広樹が残っているだけである。

「なんだ、鷹緒。早いな」

「先に引き上げさせてもらった……あとちょっとだったんだけど、俊二が帰れってうるさいから、任せて帰ってきた」

 鷹緒はふらふらとソファに座る。そこへ広樹も近付き、鷹緒の顔を覗きこむ。

「そうか。確かに顔色悪いな……熱は?」

「ない。せっかく早く帰れたから、締切近いし、残った仕事片付けるよ」

 そう言いながら、鷹緒は書類を広げる。

 広樹は苦笑して缶コーヒーを差し出すと、そばにあった机に腰をかけた。

「鷹緒……さっき、沙織ちゃんが来たぞ」

 広樹のその言葉に、一瞬、鷹緒の手が止まる。

「……ふうん」

「何があったか知らないけど、親戚なんだし、同じ事務所に所属してるんだ。ギクシャク関係はやめてくれよ」

「……あいつが、何か?」

「いいや。でも、あの子は顔に出るからすぐわかるよ」

「そう……」

 そのまま鷹緒は仕事を続ける。

 何も言わない鷹緒に溜息をついて、広樹も自分の仕事へかかった。


 数時間後。手持ちの仕事を終えた鷹緒は、その場で寝そべった。

 未だに仕事を続けている広樹は、一段落つけて立ち上がり、鷹緒に声をかける。

「終わったのか?」

「ああ、そっちは?」

 寝そべったまま広樹を見上げて、鷹緒が尋ねた。

「まだまだ」

「ハハ……社長さんは大変だな」

「言うこと聞かない社員がいっぱいでね」

「俺以外か」

「馬鹿言え」

「あははは……」

「おい。仕事終わったなら、もう帰れよ。送ろうか?」

 そう尋ねる広樹に、鷹緒は首を振る。

「いい……ここで寝かせてくれ」

「帰る気力もないか? まあ、ここ二、三日、ろくに寝てないからな……」

 広樹はそう言うと、仮眠用の布団を鷹緒にかけ、濡れタオルを投げた。

「おう、サンキュー。気持ちいい……」

 濡れタオルを目の上に乗せながら、鷹緒が言う。身体は疲れきっており、このまますぐに眠れそうだ。

 そんな鷹緒に、広樹が声をかける。

「明日は休みだったな。ゆっくり休めよな」

「ああ……」

 横になっている鷹緒を尻目に、広樹はコーヒーを飲みながら外を見つめた。もう夜も遅いというのに、街のネオンが眩しいくらいに輝いている。

「……沙織ちゃんと喧嘩したなら、僕から言ってあげようか?」

 やがて、静かに広樹が言った。鷹緒は苦笑する。

「だから、そんなんじゃないって」

「それなら、いいけど……」

 濡れタオルを瞼の上に乗せたまま、鷹緒は静かに口を開く。

「ヒロ。俺……沙織と寝たんだ」

 その言葉に、広樹は大きく目を見開いた。言葉も出ないというほどである。

 鷹緒は目を瞑ったまま、そんな広樹の表情を思い浮かべていた。

「お、おまえ。だって沙織ちゃんは、BBのユウと……」

 そう言った広樹に、鷹緒は大きな溜息をつく。

「別れたらしい……」

「別れた……そうか……」

「……なんかもう、どうしていいのかわからなくなってきた……」

 本音を語るように、ぼそっと鷹緒が言った。

 濡れタオルを額に置き直し、険しい表情の鷹緒が、広樹の目に映る。そのまま広樹は、鷹緒の前に座った。

「後悔してるのか? それじゃあ、沙織ちゃんが可哀想だろう」

「……後悔はしてない。だけど自己嫌悪、かな」

「自己嫌悪?」

「……沙織を傷つけても、突っぱねることは出来たんだろうよ」

 煮え切らない態度の鷹緒に、広樹は眉をしかめた。

「じゃあ後悔してるんじゃないか。おまえ、沙織ちゃんのことどう思ってるんだよ? 建て前はどうでもいいけど、おまえの本当の気持ちは……」

「好きだよ。たぶん……」

 鷹緒が言った。これほど素直な鷹緒は、広樹も久しぶりに見る。

「じゃあ……」

「だからってくっつけるほど、俺たちの関係は単純じゃないだろ……沙織はユウと別れたばかりだし、マスコミの目もある。なにより俺たちは親戚同士なんだから、親兄弟含めて全部知ってるんだぞ? それを……」

「そんなに問題か? スキャンダルはまずいけど、お互い好き合ってるのに、どうしてそれを殺さなきゃならないんだよ」

「……うるさいな。俺の心配より、自分の心配しとけ」

 急にうんざりした様子で、鷹緒が言った。

「いつもそれで逃げるんだな……確かに僕はあまり恋愛経験もないし、疎いところもあるよ。だけど、おまえを見てるともどかしいよ」

 そう言った広樹に、鷹緒は溜息をつく。

「どうにかしなきゃとは思ってるよ。沙織にも……早く電話してやらなきゃ。あいつきっと、俺の電話待ってるのに……」

 鷹緒はそう言うと、すうっと眠りについた。

 やれやれといった様子で、広樹は仕事に戻った。広樹にとって、鷹緒の告白は衝撃的なものではあったが、何か力になりたいと思った。



 早朝、鷹緒は事務所で目を覚ました。

 目の前のソファには、座ったまま眠った少女の姿がある。沙織だった。

「……沙織?」

 思わず鷹緒がそう呼ぶと、すぐに沙織は目を覚ました。二人の目が合う。

「鷹緒さん……」

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