119:以前と違う二人
朝日さえ差さない半地下のスタジオに、無造作に転がる衣服。その中に、身を寄せ合うようにして眠った、鷹緒と沙織の姿があった。
鷹緒の腕の中で目を覚ました沙織は、途端に鷹緒と目が合う。
「あ……」
急なことで、沙織は言葉を失った。幸福感でいっぱいなものの、もう以前とは違う関係に戸惑いを覚える。
「……おはよう」
そんな沙織に、優しく微笑む鷹緒がいた。
「おはよう……起きてたの?」
「うん、さっき……」
鷹緒が天井を見つめて言った。互いの呼吸が伝わる。
沙織は鷹緒に身を寄せて、顔を見上げた。鷹緒も沙織の動きに合わせて肩を抱き寄せ、沙織を見つめる。
「後悔、してる?」
そっと沙織が尋ねた。
「……いや」
思いのほか、鷹緒の答えはそう返ってきた。一線を踏み越えてしまった二人だが、あれだけ思い悩んでいたはずなのに、なぜか後悔はないようだ。
「……本当?」
「なんで?」
沙織の問いかけに、逆に鷹緒が尋ねる。
「なんでって……」
「べつに後悔するようなら、最初からこんなことしねえよ……」
そう言うものの、鷹緒の顔は晴れていない。
鷹緒は沙織の頭の下から腕を引き抜くと、ゆっくりと起き上がった。時計を見ると、朝の六時半を指している。転がっているシャツを羽織ると、鷹緒は軽く伸びをした。床で寝ていたため体が痛む。
離れていく鷹緒に、沙織は早くも寂しさを感じていた。
「……起きないの?」
寝そべったままの沙織に、鷹緒が尋ねる。
「う、ううん……」
淡々としている鷹緒に、沙織は少し戸惑っていた。
そんな沙織に軽く微笑んで、鷹緒は手を伸ばす。
「今日は七時半にはみんな来るんだ。そんな格好でいたら、みんなひっくり返るぞ」
からかうように笑って、鷹緒が言う。沙織は鷹緒の手を取ると、真っ赤になって起き上がった。
すでに準備の整っている鷹緒は、撮影に必要な機材を出している。そんな鷹緒を尻目に、沙織も来た時と同じ服装に戻っていた。
鷹緒は準備の整った沙織に気付くと、出入り口へと向かっていく。
「朝飯、食べに行こうぜ」
「う、うん……」
先に歩いて行く鷹緒に、沙織は小走りでついていく。鷹緒の淡々とした様子からは、昨夜の甘い時間など、なかったことのように感じられた。
近くのファーストフード店で、二人は朝食を済ませることにした。
ちらちらと自分を見てくる沙織に、鷹緒が首を傾げる。
「なに?」
「えっ?」
「……いやに無口だな」
「だ、だって……」
その時、携帯電話が鳴ったので、鷹緒はすぐに電話に出た。
鷹緒が電話をしている間、沙織は食事を続けながら鷹緒を見つめる。その顔も、その腕も、その瞳も、すべて捉えたはずだった。しかしそんな朝を迎えた後も、いつも通りの鷹緒の様子に、沙織は鷹緒をいつもより遠くに感じていた。
そんな時、鷹緒は電話を終え、沙織を見る。
「沙織。ちょっと事務所に寄ることになった。もう行くわ……」
「あ……うん」
「じゃあ……」
立ち上がる鷹緒を前にして、沙織は口を塞がれているかのように、言いたいことが言えない。
「……電話する」
その時、鷹緒がそう言った。その一言で、沙織は嬉しくなる。
「うん!」
「じゃあな……」
鷹緒はそう言って沙織の頭に軽く手を乗せると、店を出ていった。
残された沙織は、まだ不安も多いものの、嬉しさに満たされていた。
その夜、沙織は片時も携帯電話を離さなかった。鷹緒からの電話を待つ。その間、鷹緒との夜が思い出され、思考を刺激する。それだけで何もかもが頑張れるような、沙織の勇気が報われた瞬間だった。
しかしその夜いくら待っても、鷹緒からの電話はなかった。




