表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/125

119:以前と違う二人

 朝日さえ差さない半地下のスタジオに、無造作に転がる衣服。その中に、身を寄せ合うようにして眠った、鷹緒と沙織の姿があった。

 鷹緒の腕の中で目を覚ました沙織は、途端に鷹緒と目が合う。

「あ……」

 急なことで、沙織は言葉を失った。幸福感でいっぱいなものの、もう以前とは違う関係に戸惑いを覚える。

「……おはよう」

 そんな沙織に、優しく微笑む鷹緒がいた。

「おはよう……起きてたの?」

「うん、さっき……」

 鷹緒が天井を見つめて言った。互いの呼吸が伝わる。

 沙織は鷹緒に身を寄せて、顔を見上げた。鷹緒も沙織の動きに合わせて肩を抱き寄せ、沙織を見つめる。

「後悔、してる?」

 そっと沙織が尋ねた。

「……いや」

 思いのほか、鷹緒の答えはそう返ってきた。一線を踏み越えてしまった二人だが、あれだけ思い悩んでいたはずなのに、なぜか後悔はないようだ。

「……本当?」

「なんで?」

 沙織の問いかけに、逆に鷹緒が尋ねる。

「なんでって……」

「べつに後悔するようなら、最初からこんなことしねえよ……」

 そう言うものの、鷹緒の顔は晴れていない。

 鷹緒は沙織の頭の下から腕を引き抜くと、ゆっくりと起き上がった。時計を見ると、朝の六時半を指している。転がっているシャツを羽織ると、鷹緒は軽く伸びをした。床で寝ていたため体が痛む。

 離れていく鷹緒に、沙織は早くも寂しさを感じていた。

「……起きないの?」

 寝そべったままの沙織に、鷹緒が尋ねる。

「う、ううん……」

 淡々としている鷹緒に、沙織は少し戸惑っていた。

 そんな沙織に軽く微笑んで、鷹緒は手を伸ばす。

「今日は七時半にはみんな来るんだ。そんな格好でいたら、みんなひっくり返るぞ」

 からかうように笑って、鷹緒が言う。沙織は鷹緒の手を取ると、真っ赤になって起き上がった。

 すでに準備の整っている鷹緒は、撮影に必要な機材を出している。そんな鷹緒を尻目に、沙織も来た時と同じ服装に戻っていた。

 鷹緒は準備の整った沙織に気付くと、出入り口へと向かっていく。

「朝飯、食べに行こうぜ」

「う、うん……」

 先に歩いて行く鷹緒に、沙織は小走りでついていく。鷹緒の淡々とした様子からは、昨夜の甘い時間など、なかったことのように感じられた。


 近くのファーストフード店で、二人は朝食を済ませることにした。

 ちらちらと自分を見てくる沙織に、鷹緒が首を傾げる。

「なに?」

「えっ?」

「……いやに無口だな」

「だ、だって……」

 その時、携帯電話が鳴ったので、鷹緒はすぐに電話に出た。

 鷹緒が電話をしている間、沙織は食事を続けながら鷹緒を見つめる。その顔も、その腕も、その瞳も、すべて捉えたはずだった。しかしそんな朝を迎えた後も、いつも通りの鷹緒の様子に、沙織は鷹緒をいつもより遠くに感じていた。

 そんな時、鷹緒は電話を終え、沙織を見る。

「沙織。ちょっと事務所に寄ることになった。もう行くわ……」

「あ……うん」

「じゃあ……」

 立ち上がる鷹緒を前にして、沙織は口を塞がれているかのように、言いたいことが言えない。

「……電話する」

 その時、鷹緒がそう言った。その一言で、沙織は嬉しくなる。

「うん!」

「じゃあな……」

 鷹緒はそう言って沙織の頭に軽く手を乗せると、店を出ていった。

 残された沙織は、まだ不安も多いものの、嬉しさに満たされていた。


 その夜、沙織は片時も携帯電話を離さなかった。鷹緒からの電話を待つ。その間、鷹緒との夜が思い出され、思考を刺激する。それだけで何もかもが頑張れるような、沙織の勇気が報われた瞬間だった。

 しかしその夜いくら待っても、鷹緒からの電話はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ