111:久しぶりの部屋
鷹緒のマンションに着いた沙織は、少しドキドキしながら部屋の呼び鈴を鳴らした。
「はい」
中から面倒臭そうに、鷹緒が出てくる。沙織は預かった封筒を差し出し、久しぶりの鷹緒の顔を眺めた。
「あの、ヒロさんから預かって……」
「うん、聞いた。ったく、明日取りに行ってもよかったのに……」
「でもヒロさんが、明日わざわざ来なくて済むようにって」
「んー、サンキュー」
鷹緒は封筒を受け取るが、それ以上何も言おうとしない。
そんな鷹緒に、沙織は眉を顰めた。
「お茶でもどうぞとか、ないの?」
「なんで? 届けに来ただけだろ」
すかさず鷹緒が言い返す。
「……もういいです」
沙織はムッとしてそう言った。なぜあれほどまでに鷹緒が好きだったのか、わからなくなるような仕打ちに見えた。
「……上がれよ」
そんな沙織に、軽く溜息をつきながら鷹緒が言う。
「いいです」
「いいから、上がれ。話がある」
鷹緒は強引に沙織の腕を掴むと、中へと引き入れた。
「イタ……」
「入れよ」
そう言って中へと入っていく鷹緒に、沙織は仕方なく後に続いた。
数年ぶりの鷹緒の部屋は、以前とほとんど変わっていないようである。
「……おまえ、いくら頼まれごとの仕事でも、男の部屋にホイホイ来んなよ」
リビングに着くなり、強い口調で鷹緒がそう言った。思わぬ言葉に、沙織は驚きに目を見開く。
「え……」
「ヒロにも俺から言っておくけど、俺だって親戚とはいえ、男なんだ。それに、おまえはただでさえBBのユウとつき合ったり、世間に目立つことしてんだから、こういうことさえスキャンダルで命取りになったりするんだよ。気をつけろよな」
そこで沙織は、初めて鷹緒の言葉を理解した。
「うん。ごめんなさい……」
沙織は素直に謝ると、言葉を続ける。
「でも、そんなに強く言うこと……」
そんな言葉を背中で聞きながら、鷹緒は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、沙織に差し出した。沙織はそれを受け取って、思わず微笑んだ。
「……なに?」
笑っている沙織に、首を傾げて鷹緒が尋ねる。
「ううん。全然変わらないなって思って」
「なにが?」
「缶コーヒーが、冷蔵庫にぎっしり入ってるところとか」
沙織の言葉に、鷹緒も苦笑した。
「……ついついね」
鷹緒はそう言うとソファに座り、缶コーヒーを口につけた。
沙織もそれに続いて別のソファに座り、コーヒーを飲む。すると視線の先に、本棚に入っているレンズのない眼鏡が見えた。
「あっ!」
思わず叫んだ沙織を、鷹緒は怪訝な顔をして見つめる。
「なんだよ……」
「忘れてた! この間、おばあちゃんの家に行ったよ」
その言葉に、鷹緒は一瞬きょとんとした。
「ふうん……それで?」
「それでって……いろいろ聞いちゃった。鷹緒さんが、あそこに住んでたこととか」
「ん……元気だった? 伯父さんも伯母さんも……」
少しバツが悪そうにしながら、鷹緒が尋ねる。
「うん。でも、連絡くらいしてあげたら? 全然連絡くれないって、ちょっとグチってたよ、おばあちゃん。母親代わりなんでしょ?」
「どこまで聞いたんだよ……」
顔をしかめてそう言いながら、鷹緒はソファに寝そべった。
渋い表情の鷹緒に首を傾げながらも、沙織は祖母に教えてもらったことを思い出す。
「どこまでって……高校時代に、おばあちゃんの家に引き取られて住んでたとか、カメラを始めたきっかけは、おじいちゃんだとか、その程度かな」
「ふうん……なに、家族と行ったの?」
「うん。私もすごく久しぶりだったんだ。今までお父さんも仕事で忙しかったし、お兄ちゃんや私も受験とかなんだで行けなくて……今年はお父さんも私も同時期にお盆休みもらえたし、お兄ちゃんも帰ってくるってことになったから。一泊だけど、すごく楽しかったよ」
「そう……」
鷹緒はそのまま、目を閉じた。
「鷹緒さん。寝ちゃうの?」
「いや、なんかだるい……」
「寝るなら、寝室行った方がいいよ。私ももう行くよ……」
そう言って、沙織は立ち上がった。
「ああ……」
沙織の言葉に起き上がるものの、鷹緒はソファに座ったまま目を閉じて、呼吸を整えるように深呼吸している。
その様子を見て、沙織は鷹緒に近付いた。
「具合悪いんですか? だるいって……」
「ああ、平気。いつものことだから……」
「いつものことって……熱は?」
沙織が鷹緒の額に手を近付ける。一瞬触れた額は、じわりと汗が滲み、とても熱かった。
「いいって!」
そんな沙織の手を、鷹緒が払い除けた。沙織は口を開く。
「よくないよ! すごい熱じゃない。ごめんなさい、気付かなくて……一緒に病院行こうよ。確か、近くに救急病院……」
「いいよ。明日行くから」
「……絶対行かないでしょ」
「よくわかるな」
笑ってそう言う鷹緒に、沙織はめげずに鷹緒の腕を掴んだ。
「いいから、行こう」
「ただの風邪だよ」
「ただの風邪でも駄目」
「うるさいな……おまえに関係ないだろうが。さっさと帰れよ」
うんざりした様子で鷹緒が言った。その言葉に、沙織はカッとなる。
「関係ないわけないじゃない! 私は鷹緒さんの親戚だよ。それに私まだ、鷹緒さんのこと好きだもん!」




