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105:帰国

「た、たっ……鷹緒さん?!」

 沙織の目の前には、沙織の顔を覗き込む鷹緒の姿があった。

 二年半ぶりの再会であるが、沙織は急な出来事に、状況を把握出来ない。

「ただいま」

 そんな沙織に反して、笑みを浮かべ、鷹緒が反応を楽しむかのようにそう言った。

「お、おかえり……なさい……」

 思わず沙織もそう返すが、未だ目の焦点すら合わない様子だ。

「なにアホ面してんだよ。帰国早々、元気そうなところ見せてくれんじゃん」

 不敵な笑顔とともに変わらぬ口調の鷹緒は、二年半前より少し痩せ、更に大人っぽく見える。

「ど、どうして? ニューヨークにいたんじゃ……」

「十数時間前までな。ほら、立てるか?」

 鷹緒に支えられ、沙織が立ち上がる。しかし、コンクリートの床に倒れ込んだため、スカートから覗く膝からは、血が出ていた。

「痛っ……」


 救護室に向かった二人。沙織はそこで軽い処置を受け、もう客が誰も居なくなった会場へと戻っていった。

「楽屋、行くんだろ?」

 鷹緒はそう言って、沙織を促す。

 沙織には、まだここにいるのが鷹緒だということが信じられない。

「なんか、信じられない……」

「あっそ。じゃあ置いてくぞ」

 スタスタと楽屋へ向かう鷹緒に、沙織は慌ててついていった。

「諸星さん!」

 楽屋でのユウを初めとするBBの反応も、沙織と同じだった。

「本物ですか? いつ帰ったんですか。そんな噂、全然……」

「さっきだよ。まあ、急だしね……」

「うわ。帰国したてで僕らのコンサート来てくれたなんて、感激だな」

 感激した様子でユウが言った。

 鷹緒は苦笑すると、からうかうように口を開く。

「それより、うちの可愛い親戚が、君のせいで怪我したんだ。つき合ってるんなら、ちゃんとファンも納得させてほしいね」

「えっ、ファンの子が沙織に怪我を……って、諸星さん、僕らがつき合ってること知って……?」

「そりゃあ、知ってるよ」

「ど、どうして? ヒロさんには……」

 驚いた沙織が、二人の会話に入って言った。鷹緒は苦笑する。

「口止めしてたんだろ? でも日本でのニュースは嫌でも耳に入るし、おまえは俺の親戚だしな。ヒロも教えてくれたよ」

「ヒロさんってば、約束が違う……」

「当然だろうが。じゃあ、俺は事務所に行かなきゃならないんで。沙織はここにいるだろ?」

 鷹緒が沙織に尋ねる。

「あ……」

「今日は諸星さんと一緒に帰りなよ。久々の再会でしょ? 後でメールするから」

 ユウの言葉に、沙織は静かに頷いた。ユウも頷くと、鷹緒を見つめる。

「諸星さん、しばらくはこっちにいるんですよね?」

「そのつもりです」

「じゃあ、また僕らの写真撮ってくださいね。沙織を頼みます。今日はありがとうございました」

「こちらこそ、お邪魔しました。お疲れさま」

 鷹緒はそう言うと、沙織とともに会場を後にした。


「びっくりしちゃった。全然帰ってくる気配なかったんだもん。一度メールくれたきりで、全然音沙汰ないし……」

 タクシーの中で沙織が言う。

 鷹緒は空港から直に来たようで、大きなスーツケースをトランクに収めている。

「向こうで区切りついたから。ったく、二年契約だったのに、ずるずる引っ張りやがって……」

「じゃあ、もうこっちにいられるんだね?」

「ああ、そのつもり」

「よかった……」

 沙織はそう言ったところで、ハッとした。思わず出た「よかった」という言葉だが、沙織自身にも説明しがたい安心感があった。


「本当、急だよな、おまえは」

 事務所で合流した広樹が、飲み屋でビールを飲みながらそう言った。広樹の前には、鷹緒と沙織が並んで座っている。

「俺も突然解放されたんだよ。ベテラン写真家にね」

「それって、鷹緒さんの師匠っていう、茜さんのお父さんの?」

 苦笑している鷹緒に、沙織が尋ねる。

「ああ。向こうでも散々振り回されたけど、いい経験になったよ」

「そうみたいだな。また腕上げたんじゃないのって、いくつかの編集者からも言われたよ」

 広樹が言った。鷹緒は軽く微笑んで口を開く。

「日本じゃないからよく見えるだけだろ。でも、こっちも仕事を兼任出来てよかったよ。まさか向こうでこっちの仕事が出来ると思わなかった」

「売れっ子だからな、おまえは」

 前と変わらぬ鷹緒と広樹の会話に、沙織は嬉しさを噛み締めながら二人を見つめていた。

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