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第42話 girlsサイド:恋せよ乙女


 それから、伊勢くんは警備員からしばらく離れたところで足を止めて手を離した。


 伊勢くんは軽く息を整えてから、申し訳なそうに眉尻を下げる。


「宇都宮さん。なんかごめんね。変なのに絡まれてるのかなって思って助けに入ったつもりだったんだけど、な、なんかしまらなくて申し訳ない」


「ううん。全然そんなことないよ!」


 私は伊勢くんの言葉に大きく首を横に振る。伊勢くんが来なかったら、私は野崎さんたちにありもしないことで攻め立てられて、長谷川君にも言いたい放題に言われていたかもしれない。


 そう考えると、あのタイミングで伊勢くんが助けに来てくれて本当に良かったと思う。


 私は助けた自覚がない伊勢くんを見て、くすっと小さく笑う。


「……かっこよかったよ、伊勢くん。また助けられちゃったね」


「また? あれ? 前に助けたことあったっけ?」


「う、ううん。今のは言葉のあやってやつかな」


 私はそう言って慌てて誤魔化した。


 もしかしたら、伊勢くんが私のことを思い出したかもしれないと思ったけど、どうやらそんなことはなかったらしい。


 そっか、うん。そうだよね。


伊勢くんからしたら私はただのモブな女の子。人気者だった伊勢くんが覚えているはずがない。


 私はそう思いながらも、さっきの野崎さんたちの言葉に対する伊勢くんの反応が気になっていた。


 私は緊張しながら静かに口を開く。


「伊勢くん、私があんな子だったって言われて引かないんだね」


「あんな子って、さっきの子たちが言ってたこと?」


「うん。その、変な子だって思われたんじゃないかって思って。その、不安で」


 私は聞かなくてもいいことだ分かっていながら、そんなことを聞いていた。


 こんな聞き方をしたら、伊勢くんは気を遣ってしまう。むしろ、気を遣って私が望まないようなことを言わないで欲しい。


 私の聞き方にはそんな意味合いが含まれていたような気がした。


 すると、伊勢くんは何でもないような感じで頬を掻く。


「宇都宮さんが目標をもって自分を変えようとしたってことでしょ? 別に、引くようなことじゃないでしょ」


「ほ、本当にそう思ってくれてる?」


「え、うん。そうだけど」


 私が前のめりになって聞くと、伊勢くんは必至な私を見て不思議そうに首を傾げた。


 私はそんな伊勢くんの反応を見て胸を撫でおろす。


 ……やっぱり、伊勢くんは変わっても伊勢くんみたいだ。


 昔のような温かい言葉を向けられて、私はまた瞳を潤ませてしまいそうになっていた。


 すると、伊勢くんが思い出すように言葉を漏らした。


「でも、宇都宮さんにそれだけ影響を与える人なら、俺も一回くらい会ってみたいとは思うな」


「会ってみたいって、伊勢くん。ふふっ、それ本気で言ってる?」


 私は思いもしなかった伊勢くんの言葉に噴き出してしまう。


 私を変えた。私に変えるきっかけをくれた人がそんなことを言うんだ。


 私はあまりにも無自覚な伊勢くんを前に、笑いを堪えることができずツボにはまってしまった。


「え? あれ? 何か変だった?」


「ううん、変じゃないよ。ただちょっと、うん。面白いなって思って」


 私はいつの間にか泣き笑いによって潤んだ瞳で伊勢くんをまっすぐ見る。


「いつか……いつか、紹介させて」


「うん。じゃあ、宇都宮さんが紹介してるのを楽しみに待ってる」


 伊勢くんは私の言葉をちゃんと受け止めて、私に優しい笑みを向けてくれた。


 いつか勇気を出せたら、その時に私のことも伊勢くんに伝えられたらって思う。


 伊勢くんにちょっと優しくされただけで伊勢くんに恋をしちゃった、そんな単純な女の子の初恋の話を。


 私はそこまで考えてから、『あっ』と思い出したように声を漏らす。


「今日は鈴鹿ちゃんは一緒じゃないの?」


「あっ! そうだった!」


 伊勢くんは顔を青くしてばっと後ろを振り向く。しかし、さっきいた場所から離れすぎてしまっただけに、振り向いた先に鈴鹿ちゃんがいるなんてことはなかった。


 今なら、今だけならいいよね。


 私はそう考えて離された手をそっと繋ぎ直す。


「う、宇都宮さん?」


 私は上擦った声を上げた伊勢くんをろくに見れず、繋いだ手をもう少しだけ強く握る。


「ねぇ、なんで私を助けに来てくれたの?」


「なんでって……」


 伊勢くんは私の言葉に対して、少しだけ間を置いた。


 それから、私がちらっと伊勢くんを見ると、伊勢くんは照れたように私から視線を逸らして口を開く。


「友達だから、かな」


「友達、か」


 私は伊勢くんの精一杯の言葉に数回深く頷く。


「うん……そうだよね。私たち、友達になれたんだよね」


 私は伊勢くんの言葉を受けて、伊勢くんとの距離が少しずつだけど近づいてきていることを嬉しく思った。


 そしてそれと同時に、もっと近づくためにはさらなる努力が必要なことが分かった。


 綾姫よ、立ち止まってる時間はないぞ。


「とりあえず、鈴鹿ちゃんを探そっか!」


 私は自分をそんなふうに鼓舞して、伊勢くんの手を引いて歩きだす。


 少しだけスローペースかもしれないけど、今度は後悔しない生き方をしようと思う。あの時みたいな後悔はもう二度度としたくはないから。


 それでも、今だけは伊勢くんに友達認定されたことを喜んでもいいよね?


 私はそんなことを考えて、少しだけ歩くペースをゆっくりにして、伊勢くんと手を繋いで歩くこの瞬間を満喫するのだった。


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