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るりとかみさま  作者: 結城暁


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7/7

百回目

 それは晴れ渡った青い空が、目に染みるほど眩しい、ある日のことでした。

 陽の光はあたたかく、やわらかな風が新緑をゆらし、鳥がさえずり、ひらりひらりと蝶が花から花へと飛んでいく、おだやかな日のことでした。

 青年がひとり山道を歩いていました。

 手には上着を持って、軽く息をはずませながら、草の密度がわずかに違うだけの、見失ってしまいそうな山道を登って行きます。

 汗をぬぐいながら山頂に近い木々の開けた場所まで登ってきた青年は、深呼吸をして腰をのばしました。


「ああ、疲れた。おばあちゃんも変なこと遺言するんだもんなあ」


 青年はきょろきょろと辺りを見渡して、桃の木を見つけました。根元に苔むした小さな祠がありましたので、しゃがみこんで手を合わせます。

 それから桃の木のまわりをいくらか調べてここでいいのかなあ、大丈夫かなあ、と独り言をこぼして背負っていたリュックから小さな壺を取り出しました。

 青年の手の中におさまるくらい小さな壺は白くてつるりとしていました。

 小さなスコップを手に、青年は桃の木と小さな祠から少し離れた場所に穴を掘り始めます。

 青年は先だって死んでしまったおばあちゃんとたいそう仲が良かったものですから、家族からお前が一番ふさわしい、と遺言を押し付けられてしまったのでした。


「おばあちゃんはなんだってこんなところに埋めてほしいなんて言ったんだろう」


 小さな壺の中身は焼けて粉になったおばあちゃんの骨でした。

 たしかにきれいで静かなところですから、死者が眠るにはふさわしいように思えます。けれど、この山は青年の住む場所からもおばあちゃんが住む場所からもとても遠いのです。ちょくちょくお参りには来れそうもありませんでした。


「その骨はおぬしの祖母なのか」

「ううん。おばあちゃんはお祖父ちゃんの妹で大叔母さんだよ」


 青年の祖父の妹であったおばあちゃんはおおおばさん、というのが正しいのだと青年はもう知っていましたが、おばあちゃんと呼ぶと嬉しそうに笑うので、そのままおばあちゃんと呼んでいたのでした。

 青年は答えてからざあ、っと顔を青くさせました。

 あたりを見回してもだれもいません。のんきに鳴く鳥の声が聞こえるだけです。


「………………」


 青年は急いで帰り支度をします。

 リュックに小さな骨壺をしまい、小さなスコップをしまい、背負います。

 最後に祠と桃の木に手を合わせてから慌てて来た道を帰っていきました。


「ばいばい、またね」


 背中にかけられた声はおばあちゃんの声によく似ていました。



「どうですか、かみさま。わたしをお嫁さんにしてくれる気になりましたか?」

「………」


 桃の木の精は細く、長い息を吐いて、それからるりを見ました。

 一番初めに出会った姿をしたるりはにこにこと上機嫌に笑っています。


「死んで生まれて、百度も会いに来るような馬鹿者とは思わなかった」

「馬鹿なんてひどいっ! 言ったじゃないですか、わたしはずっとずーっとかみさまが好きですよって! 信じてくれてなかったなんて!」

「………」


 よよよ、と泣きまねをするるりの体は桃の木の精のように透き通っていました。

 るりと桃の木の精が初めて出会ってから二千年の時がすぎていました。

 時が経って時代が変わっても、生まれ変わったるりはそのたびに桃の木の精を訪れて、そうして生を終えてきました。

 生まれ変われば記憶は失くしてしまうはずなのに、きっちり桃の木の精のことだけは覚えて。


「もう生まれ変わるのを待つのはやめます! だってここにいればずーっとかみさまといっしょですからね!」

「それに気が付くのに二千年かかったのか」

「もっとはやく気付いてましたよ! かみさまが追い払ったりしなければもっとずっとそばにいられたのに!」


 ぶうぶう、とるりがほおをふくらませました。

 桃の木の精はそのふくらみを両手でつぶします。


「るり」

「はい?」

「おぬしは本当に馬鹿者だな。(あやかし)に懸想したところでなんの益もありはしないのに」

「益ならあります! かみさまのそばにいられるのがわたしの益です!」


 自信満々に答えたるりに桃の木の精は肩を落としました。


「かみさま、好きです。大好きです。どうかわたしをかみさまのお嫁さんにしてください」

「………」


 じっと見上げてくるるりの瞳に、桃の木の精は仕方がない、といった風に笑ってそれからるりを抱きしめました。


(われ)の負けだ、るり。どうか(われ)の嫁御になってほしい」

「はい!」


 桃の木の精に負けじとるりも桃の木の精を抱きしめ返しました。

 それはとある初夏の日のことでした。

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