光の中へ
白い光に満たされた式典会場には厳かな静けさが漂っていた。巨大なゲートの前で整然と並ぶ席にはごく少数の高官たちが座り、背後には控えめな数の警備隊員が配置されている。ネットを通じて全船団に配信されている式典のため、会場自体に観客は存在しない。それが却って舞台に立つ人々を一層際立たせていた。
その光景を、ネットの向こうではライブ中継で数百万、数千万の目が見つめている。
ヘルマとその仲間たちは、ミノリタスの係員たちの手で小綺麗な衣装に着替えさせられていた。荒れた肌は化粧で丹念に隠され、照明を浴びた姿はまるで新たな存在に生まれ変わったかのようだ。だが、その表情には明らかに戸惑いが浮かんでいる。自分たちが一体何をしているのか、これから何が起こるのかを理解しきれていない様子だった。
「何だこれ……一体どうなってるんだ……」
ヘルマが小声で呟くと、仲間の一人が肩をすくめる。
「わからねえよ。でも、雑に扱われてる感じはしないな……」
一度暗転した会場に再び強い光が戻り、ファンファーレが鳴ると、幸司の帰還式典が始まった。
◆
「今回の、多次元宇宙論に基づく異世界への干渉実験には多くの課題があり、それを乗り越えるために多くの人々の努力がありました……」
審議官イルゼスが穏やかな口調で式典を開始し、幸司を紹介する。ネットを通じて配信されている観衆に向け、幸司の「異星からの来訪者」としての特異性を強調し、その帰還がいかに船団の新たな希望と安定に繋がるかを語る。
実際、今回の幸司の帰還方法を実現するにあたって、新たな科学的発見がいくつもあり、停滞気味のミノリタスの文明は少し前進したのだ。
「それでは、コウジさん、ご挨拶をお願いします。」
イルゼスの言葉を受け、幸司は舞台中央に立つ。周囲のライトが一斉に彼を照らした。
「僕は地球という別の宇宙にある異なる星から、この船団に迷い込みました」
幸司はゆっくりと、だが力強い声で語り始めた。
「最初はただの異邦人でした。文化も価値観も異なる皆さんの中で、自分が何をすべきか、何ができるのかもわかりませんでした。そんな僕を丁重に扱っていただき、更には帰還方法を見つけていただくなど、感謝に耐えません」
彼はイルゼスと来賓らに一礼した後、舞台袖に立たされているヘルマたちに目を向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「僕はここで、なんとかその恩に報いようとしました。結果として、この船団の皆さんに、僕の故郷の様々な物語や概念を提供できたと思います。ですが、その中でも宗教や神という超越存在の概念を持ち込んだのは、未だに、正解だったかどうかはわかりません」
幸司はすぅっと息を吸い、より力強い声で話を続けた。
「次元の壁を超えてやってきた僕を神とみなし、教えと奇跡を求める声があるのも知っています。ここにいる彼らがそれを教えてくれました。」
「へ?あ……あたいたち?」
スポットライトが舞台脇に立たされたヘルマたちに当てられる。
「彼らは僕を信じ、共に未来を目指そうとしてくれた。傷つき、心折れながらも僕とともに進むと言ってくれた。だから今日、今、僕はここにいます。彼らは僕の友人です。僕が帰ったあとの、彼らの未来が輝かしいものであることを祈ります」
大きなスクリーンに、傷ついた仲間を担いで懸命にラトの研究所を目指すヘルマの部隊の様子が、大作映画のような演出を加えられて流れていた。
「ヘルマ、これであなた達の安全は保証されたも同然よ」
ラトがヘルマに耳打ちをした。その桁違いの演出に、同じく舞台袖に立たされたハワは呆然としている。
「僕の故郷、地球で愛や平等を解き、神や預言者として崇められている人たちの多くは、元は哲学者でした。人間がどう生きるべきなのか、愛とは何か、それを懸命に考えた人たちです」
幸司の熱弁は続く。
「自分で考えたらそれは哲学です。しかし、どう生きるべきなのか、それを深く考えずに他人に預けてしまったら、それは宗教になります。そして、誰かの『神はこう仰った』という一言を皮切りに様々な制約が生活に生まれ、時にはそれが心地よくもあるでしょうけれど、代わりにあなた達は少しずつ自由を失うのです。」
「へえ……コウジの奴、ぶっ込むじゃないか」
先が読めないハワは強がりながら幸司の演説への批評を心中で組み立てることでなんとか狼狽するのを堪えている。
「ですがその言葉が大きな悲しみを癒やし、また、喜びを分かち合うための助けになるのでしたら、僕は彼らの言葉をあなた達に残します。
僕の知識は全て、こちらでできた僕の親友、ハワに渡しています。皆さんご存知でしょう?彼が最近リリースしている大人気のシリーズ・コンテンツは、僕の記憶と言葉を形にしたものです。今後も、僕の言葉は彼を通じて皆さんに伝えられます。
そうそう、ハワが何かおかしなことを言い出したらラト博士に確認を取ってください。ラト博士もまた、僕の知識を得た人です。ヘルマたちと同じく、僕の言葉を繋ぐ人たちです」
ヘルマたちは、きょとんとした表情でスポットライトを浴びている。まさか自分たちがこの場でこんなに持ち上げられるとは思っていなかったのだ。
一方で、強烈なスポットライトを浴びながら肩を震わせ苦々しい顔をしているハワ。それを見ながら涼しい顔をしているラト。
二人の対象的な表情を見たイルゼスは笑いを堪えるのに必死だった。今、幸司が語ったことこそが、ラトの研究所でイルゼスと計画した「穏便な帰還計画」の全容だったのだ。
ハワは自分のやりたいことにはリソース全振りで取り組む一方で、やりたくないことには全く興味を示さない性格だが、ここまで外堀を埋められては拒みようがない。宗教騒動については彼自身の手で火消しをしていくことになるだろう。
「僕は今日、地球に帰ります。でも、この船団が一つになり、共に未来を創る姿を心から願っています。」
幸司の言葉が終わると、式典会場は一瞬の静寂に包まれた。その後、ネット越しに観衆の反応が配信画面に映し出される。賛同の声、驚きの声、疑念の声が入り乱れる中、イルゼスは式典を再開させた。
◆
「ミノリタス科学の結晶、異世界への扉が今、開きます!」
式典のクライマックス。幸司が地球に帰還するための扉にゆっくり向かうと、ラトがイルゼスと微笑みながら幸司に寄り添い、最後の握手を交わす。
「コウジさん……すごいスピーチでしたね。お疲れ様でした。」
「ありがとう、ラトさん。これでヘルマたちも安心できると思う。面倒だろうけど、後を頼みます。」
ラトは一瞬目を伏せたが、すぐに力強く頷いた。
「任せてください。必ず、ヘルマたちのことを見届けます。あと、ハワさんの監視役も!」
最後に幸司がハワの方を向くと、ハワは足早に幸司の元へ近寄った。
「おい、やってくれたな……!」
ハワは低い声で怒りを押し殺しながら呟く。
「お互い様だろ。」
幸司は舞台のスポットライトを浴びながら、してやったりという顔をして答えた。 脇にいたイルゼスがハワに向かって、ごく小さな声で話す。
「この役を引き受けるのであれば、あなたがナノマシンを使って行った重大なコンプライアンス違反について、管理局は目を瞑りましょう」
「!」
ハワは息を呑み、何か言い返そうとしたが、周囲の目を意識して口を閉じた。そして、苦々しい表情を浮かべながら一歩引き下がる
「……わかったよ。収拾をつけりゃいいんだろ。」
「そうだよ。僕は帰るだけだからね。でも、君には本当に助けてもらった。感謝してるよ。」
幸司は軽く笑いながら、扉の中の青い光へと進んで行く。ハワがゆっくりと近寄り、無言で幸司の肩を叩いた。その表情には複雑な感情が浮かんでいる。
「……本当に帰るのか?」
「ああ、もうここでの役目は終わったからね。」
幸司は最後に深呼吸をし、ゲートの前に向かった。彼の視線の先には、地球へと繋がる光の道が広がっていた。
(続く)




