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現人神

 幸司が朝から端末を片手にネットの海を彷徨っていると、突然リモート会話の要請ダイアログが画面に現れた。


「今、お忙しいですか?」


 ラトの名が表示されている。幸司が返事をすると、リモート会議ソフトが起動して彼女が端末に映し出された。その表情はいつも通り柔らかいものの、どこか緊張感が漂っている。


「コウジさん、少しお時間いただけますか?」


「もちろん。何かあったんですか?」


ラトは頷き、サブ画面で資料を表示させながら言葉を続けた。


「先日のマイオリス関連で気になるお話があります。コウジさんにはお伝えしたほうがいいと思って。落ち着いて聞いてくださいね。」



ラトは静かに話を始めた。


「最近、マイオリスたちの間で興味深い動きが確認されました。どうやら彼らの一部が、コウジさんを宗教的象徴のような存在として崇め始めているようです。」


「……は?」


幸司は驚きと戸惑いの入り混じった声を上げた。冗談か何かだと思いたかったが、ラトの真剣な表情がそれを否定する。


「詳細はまだ分かっていません。ただ、あなたの存在が彼らにとって特別な意味を持つようになっているのは確かです。」


「僕は彼らと会ったことも、話をしたこともありませんよ?」


ラトは少し間を置いて首を振った。


「コウジさんが彼らに何かを吹き込んだ、とかそういうお話ではありません。あなたが異なる世界から来た存在であり、新しい知識を提供したことが影響したのではないでしょうか。」


幸司はあんぐりと口をあけ、呆れたような顔をした。


「確かに、地球でも神は神界から現れて人間に祝福と知識を授けたとかそういう話がいくらもありますが……」


幸司は、自分で話をしていて地球の神話における神々の行動と自分の今置かれた状況がかなり似通っていることに驚き、そして起こるべくして起こった自分の神格化に眉をしかめるしかなかった。


「まずは冷静に行動してください。彼らが直接接触してくる可能性もありますが、現状ではまだ小規模な動きに留まっています。」



 その日の午後、幸司はハワに連れられて船団の中心部にある動力プラントに近い施設を訪れた。ここでは地球への帰還に向けた準備が進められているらしい。幸司の乏しい知識で言えば、地球における粒子観測装置や大型加速器のような巨大な施設だ。


「ハワ、僕が地球に帰るのにはこんな大規模な装置が必要なの?」


「ははは。別に君のために特別に建設したわけじゃないよ。前からここにあったものを改造しているだけさ。見てごらん。この装置が君を地球に送り返すためのキーになるんだ。」


ハワが示したのは、10階建てのビルくらいの巨大なエネルギーコンデンサと複雑な機器群だった。初めて見るその規模と構造に、幸司はただ圧倒されるばかりだ。


「これで本当に帰れるのかな……」


このシステムが全力で稼働したら、自分など原子レベルで分解されてしまうかもしれない—— 幸司は唸りを上げる機器群を前に、そんな不安を抱かずにはいられなかった。


「まだ試験段階だけど、ちゃんと君を帰す目処はついたと聞いてる。どうやら君の帰還計画は船団内でも最優先事項として進んでいるらしいんだ。」


「でも、こんな装置を動かすのには相当なコストがかかるだろう?」


ハワは少しだけ笑った。


「たぶんそうだろう。それを押しても君を地球に帰還させたいってことは—— もしかしたら君に早く帰ってほしいって連中がいるのかも知れないな」


 幸司はその言葉に複雑な気持ちを抱いた。自分がこの船に迷い込んだことが、こんなにも多くの人々を動かすとは思いもしなかった。そして、自分が誰かに疎まれている可能性があるということは少なからず彼にとってショックだったのだ。



 その夜、幸司は自室のベッドに横たわりながら考え込んでいた。マイオリスたちの中で自分が神格化されていること、自分が地球に帰るための準備が着々と進んでいること。それらが頭の中でぐるぐると渦を巻いている。最適化された脳をもってしても頭はすっきりしないままだ。


「浪人する神様なんか、いるもんかよ……」


 幸司が一人で苦笑しながら、ふと窓の外を見上げる。そこには人工の夜空が広がり、無数の星が輝いていた。どこか遠くの星の一つに、こちらの世界の地球もあるのだろうか。


(続く)


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