第9話 表と裏
改めて、イスカ・クレセンドを観察してみると、やはりなんとも絵になる女性だ。
銀色のしなやかな髪も、凛々しさを感じさせる碧い瞳も、どちらもクレセンドの血によって受け継がれてきた外見的特徴だ。
改めて客観的に見ると、なんとも目立つ。
この女性には神秘的な何かが宿っていると思わせるような……もしかしたら、クレセンド家の興隆にも一役買ってきたかもしれない。
もちろん、そんな特徴を通さずとも、イスカ自体一目でただ者では無いと分かる傑物だ。
立ち姿もそう。服の上から見える筋肉や、それ以外にも言葉にしがたいオーラのようなものとか……リバールの時代にだってそう滅多にいる存在じゃない。
そんな、今の俺から見れば遥か高みにいる彼女だが——
「ごめんなさい」
今、俺の前で膝をつき、深々と身を伏している。
古くより変わらない謝辞の最上級、土下座だ。
「じゃあ姉様、騎士団辞めたというのは嘘だったのですか?」
「うん……アルマが喜んでくれるかな~って」
「嘘で喜ばせても、真実を知れば悲しむでしょう。それも分からないなんて、相変わらずですねイスカ様は」
イスカに辛辣なアズリア。
どうやら2人は、アズリアがこの家に来る前からの知り合いらしいけれど……
「だって、お前が言ったんじゃないか! アルマが私に会いたがっていると! だから喜んでもらえると思って、私はすぐさま休暇届を出し、文句を言う隊長を黙らして急いで来たんだぞ!?」
黙らして?
黙らす(物理)?
「だとしても嘘をつけとは言っていません」
「ぬぐぐ……正論ばっかり吐いて!」
「私はアルマ様の専属メイドですので。イスカ様に忖度するいわれはございません」
どうやら口ではアズリアの圧勝らしい。
しかし、過保護もいいが、イスカと話すにはアズリアが少々厄介だな。
なんとか二人きりのチャンスが作れればいいんだが。
「そういえば、姉様はいつまでこちらにいらっしゃるのですか?」
「そりゃあアルマが望むならいつまでも!」
「…………」
「……と、言いたいところだが、休暇は3日間だ!」
「そうですか」
すぐ帰る、となるよりはマシだが、さほど時間があるわけでもない。
多少無理してでもタイミングを見つけるべきか。
(アズリアが離れるタイミングとなれば……やはり、あの時間しかないよな)
初めての試みになるが、これから試すチャンスも無い以上、ぶっつけ本番に挑まざるをえない。
思えばそればっかりだな……本当に、何一つ万全で迎えられた試しがない。
溜め息をぐっと堪えつつ、この壁を乗り越えれば多少マシになるだろうと信じずにはいられなかった。
◇
館中が寝静まった深夜。
俺は毎晩のようにひっそりと起き上がると、しかしいつもと違い、部屋の扉を静かに開け、廊下に出た。
自分一人で部屋から出るのは、生まれて初めての大冒険だ。
万が一アズリアにバレれば立場を問わず説教されるだろう大胆な行動——これまで冒さなかった挑戦をわざわざ今日するのには当然理由がある。
イスカとの交渉を二人きりでやれるのはこの時間しかない。
言うなれば、夜這い――は、あまりに響きが悪すぎるので、夜襲ということにしよう。
どちらにせよ、寝込みを襲うわけじゃない。あくまで話をするだけだ。
仮に戦えば、たとえ寝ぼけた彼女相手でも万が一は無いだろう。
(よし……位置は分かるぞ)
深夜どころか、一人で屋敷を歩くのも初めてな俺にとってどこが誰の部屋でどこか客間かなど、殆ど分からない。
しかし、昔から……これはアルマ、リバール共にそうなのだが、人の気配にはすこぶる敏感だった。二人の数少ない共通点とも言えるか。
家のどのあたりに誰がいるか、なんとなく感じることができる。
特に相手が強者であれば尚更強く感じられる……この屋敷内だと、父、母、アズリア、数人の使用人、そしてイスカ。
特にイスカは、これまでこの屋敷に無かった気配だ。昼から意識して覚えるようにしていた甲斐もあり、はっきりと感じ取れている。
夜中も働いている使用人から隠れつつ、イスカの部屋へと向かうのは初めての冒険にしては簡単だったかもな。
(っと、こっちはまだ起きてるか)
問題は気配の探りにくい使用人達だが、それも明かりを避ければ問題ない。
遠回りでも、確実に——そう意識しつつ、何度目かの扉を開くと、少し冷ややかな風が顔を撫でた。
「ここは……中庭か?」
そこにはクレセンド家の中庭が広がっていた。
貴族らしい煌びやかな装飾が施された鑑賞しがいのあるものではなく、平らに整地された殺風景な庭。
味気も趣もない無駄に広い庭は、組み手や訓練を積むに適した設計がされている。
屋外に広がる道場と言うべきか、中々疼くものがある。
(俺も、あんな部屋の中じゃなくここで……イスカの協力が得られれば、手が届くんだ!)
そう、僅かに気を取られた、その瞬間だった。
「ッ!?」
首筋に悪寒が走り、俺は咄嗟に中庭の方へと飛び込んでいた。
そして、前転して受け身を取りつつ、次に襲いかかってくる衝撃に備え、構える……が、それは一向に訪れなかった。
その代わりに――
「ほう、僅かでも殺気を察知できるとは。意外とやるようだな」
昼間聞いたのとはまったく違う、淡々として鋭い殺気を隠そうともしない声色。
そこには家族ではなく、明確に、敵と定めた相手に対する圧があった。
「しかし、これからの返答によっては、殺気をぶつける程度では済まないと分かっているな? よもや私から逃れられるなどと無駄な算段を打たぬことだ」
これが、今を生きる騎士。
それも、若くして成果を上げ、王族からも認められるほどの高みに至った『本物』か。
「さぁ、答えてもらおう。貴様の目的を」
廊下の先、待ち受けるように現れたイスカ・クレセンドは、その碧い瞳で俺を睨みつつ、剣の切っ先を向けた。
「そして、我が愛弟の体を解放してもらうぞ、この悪霊め」
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