第7話 アルマの作戦
さっそく翌日から、俺の作戦は始まった。
まぁ、作戦と言うには少々大げさかもしれないが。
俺はできるだけいつも通りを心がけつつ、いつも通りベッドの傍に控えるアズリアに声を掛けた。
「ねぇ、アズリア。イスカ姉様は、次いつ帰ってくるのかな」
「イスカ様ですか? そうですね、確認しておきましょうか」
「うん。忙しいとも思うけど……姉様のお話、僕、すごく好きなんだ」
「ええ、存じておりますとも」
……ちょっと、子どもっぽすぎただろうか。
今の俺はリバールとアルマが溶け合った、謂わば中間くらいの思考をしている。
だから、アルマをよく知る相手と喋るときは、気持ち柔らかく喋るよう心がけているのだけど……イマイチ塩梅が分からない。
とにかく、一旦の仕込みはこれでいいだろう。
イスカ姉様というのは、文字通り俺の姉。
クレセンド子爵家の長女であるイスカ・クレセンドのことだ。
イスカは現在22歳。
貴族の子どもはだいたい生まれてから15歳くらいの間に婚約し、20歳前後で結婚をするというのがよくある話だが、彼女はその例に漏れて、現在も独身。婚約者もいないという。
それどころか浮いた話は一切無く、生まれてから今日に至るまで、騎士家の人間らしく、ただひたすら己が剣と蜜月の日々を過ごしているとかなんとか。
正直、めちゃくちゃ羨ましい!!(前世の記憶談)
しかし、前世抜きにしても、俺は元々イスカが好きだった。
イスカは現在、王国騎士団の親衛隊に所属している。
親衛隊ってのは謂わば王族の護衛隊といったところで、この国の騎士達の中でも特に優れた者達だけしか入れないという。
そんなエリート中のエリート部隊に、イスカはその前までに居た隊での活躍を買われ、異例の若さで招集されたのだ。
引きこもりの俺にとっちゃ、そんな彼女はまさに生きる伝説であり、彼女の持ち帰る武勇伝はなによりの土産話。
伝記とは違う血の通った体験談を前に、何度も胸を高鳴らせたものだ。
(といっても、殆どが親衛隊に入る前の話だけどな)
とにかく、イスカ姉様は国全体から見てもとんでもない人ってこと。
そして、現在の俺を取り巻く状況を見たとき……数少ない味方になってくれる可能性のある人だ。
なぜなら……っと、続きは会えてからでいいだろう。
実際、それもいつになるか分からないからな。
(親衛隊は忙しくもあり、厳しくもあるって話だ。休暇を取って帰ってくるにしてもいつになるか全然予想がつかない。実際もう半年は顔を合わせていないし……)
まぁ、それについては仕方ない。
時間は空いてしまうが、その分今より訓練を重ねられるということ。
俺の作戦を成功させるには、イスカの存在の他に、今より呼吸法を極めることが必要不可欠。
既に種は蒔いたんだ。
芽が出たときに準備できていませんでしたとなっては元も子もない。
しっかり準備し、俺は自由を勝ち取ってみせる!
◇◇◇
「坊ちゃま、イスカ様ですが、3日後に戻られるとのことです」
「3日後ぉ!? ゲホッ! ガホッ!!」
「坊ちゃま!? 坊ちゃまーっ!!」
アズリアに確認をした翌日、返ってきた知らせに、俺は思わず血を吐いた。
半年以上帰ってきてなかったんだぞ!?
それがいきなり3日ぁ!?
「おかげで家中大騒ぎです。出迎えの用意なんて全然できてないですから」
「ああそう……」
下手すりゃ次期当主様のお帰りだからな。
そりゃ騒ぎも慌てもするだろうけど――
(俺だって、全然準備できてねぇぞ!?)
イスカは武人。強さが評価基準の上位に入ってくる人だ。
悪く言ってしまえば、脳みそが筋肉でできている感じ。
そもそも俺がイスカに頼ろうとしたのは、もしも俺が彼女に可能性を示し、興味を持ってもらえれば、より能力を伸ばすだけの環境に立てるよう手伝ってくれると思ったのだ。
つまり、逆を返せば、中途半端な姿を見せてしまった際、期待は逆風になりかねないということ。
ただでさえ病弱と認知されているんだ。見せるべき力は、多少どころじゃ足りない。
(……いや、甘えたことを考えるな)
たとえ3日だろうが、1週間だろうが、1ヶ月だろうが……やれることが限られている以上満足なんてできはしないんだ。
それに、時間は永遠じゃない。特に俺にとっては、一日、一時間の重みが他人とは全然違う。
仮に企みが成功しても、その先には乗り越えなければならない壁が無限に存在しているだろう。
(むしろ尻を叩かれた気分だ。3日……3日か! どうしてそんなに早く帰ってこれるのかは知らないが、上等だ!)
ふつふつとやる気が高ぶってきた。
苦境、というには少々スケールが小さい気もするが、今の俺にとってはそれでも十分すぎる高い壁。
けれど、こういうのを前にした時が一番燃えるんだ。
「ははは……フハハハハ、っ!? ゲホッ! ゴボォッ!?」
「ぼ、坊ちゃま!? 坊ちゃまーー!!」
……とりあえず、気が高ぶると血を吐いてしまうというオプションは、できるだけ早く外したいな。
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