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◆7話

 魔族の傷口から溢れ出る鮮血を浴びて立つ少年が一人。


 その周囲には意識を失っている魔族たちが転がっている。


 魔族たちを載せていた竜種たちは、一塊になっていた。何かに怯えるように、身を寄せ合っている。


「……これが魔王軍の中でも強い奴ら?」


 それらを見渡して、少年は不思議そうに呟く。


 魔族たちは言った。己らが上位戦力であると。

 魔族たちは言った。魔王直轄の部隊であると。


 少年は思った。

 この程度で?

 この程度が?

 この程度を?


 少年の中に昏い感情が渦巻く。

 理不尽な死を与えられて、

 理不尽な契約をさせられて、

 理不尽な襲撃を受けた。


 勿神圭哉という少年は特段、善性に溢れているわけではなかった。


 周囲の人々が善く生き善く励む人たちであったが故に、それに影響されて踏み外すことなく過ごすことができていた。


 けれど、今の彼を覆う環境は激変した。

 だからこそ、些細な誘惑は彼を非道へと誘う。


「こんなんばっかなら、滅ぼすことぐらい簡単だよな」


 ——否。


「これらに手こずるような人たちだって、圧倒できるんじゃねーか……?」


 周囲でその様子を見守っていた街の人々が、圭哉の変化に気付く。


 魔族を圧倒するような力を振るう少年。

 王都で活躍する英雄たちに比肩するかもしくはそれ以上かもしれない存在。

 それでも、彼は人間であるが故に、人々は心の何処かで安全であると思っていた。


 だが、


「俺が魔王になってもいいんじゃね?」


 その一言は、呟くように吐き出されたにも関わらず、やけに響いた。


 その言葉を受けて、街の人々は騒然とし始める。

 その言葉は予想外であり、もしもこの少年がその考えのままにここで暴れだすようであれば、始まるのは殺戮だからである。


「何言ってんだお前」


 メイリが圭哉の頭を引っ叩き、圭哉は叩かれた勢いそのままに地面に顔をぶつけた。


「ぐぉおおおおお!」


 鼻を押さえてのたうち回る圭哉。


「あー、すみませんねー! この子ちょっと疲れてるんでねー!」


 転げ回る圭哉の背を踏みつけて止め、メイリは街の住人たちに気楽そうに言う。


「メイリさん!? 何するんあだぁっ!」


 圭哉が抗議しようとするので足の力を少しだけ強める。


「不穏なこと言って不安を煽るからいけないんでしょーが!」

「痛い痛い痛いマジで痛い骨が軋む!」


 先ほどまで魔族に対して一方的だった少年が、今度は一人の少女に組み敷かれている光景に呆然とする街の住人たち。


 メイリは社交的であり、若くして魔術師としての才覚を発揮させているため、ナキンの街でもそれなりに顔が広かったりする。


 つまり、並ぶ人々の中にはメイリのことを知っている者も当然のように存在する。


「まぁ、安心してください。こいつ私には絶対服従なんで、おかしなこと言い出したら私がしっかり躾けますんで!」


 メイリとしては、圭哉が無害であることを証明するために行なっている体罰と弁明なのだが、街の人々はこう考えた。


 ——つまり、メイリは個人で魔族の集団を制圧するような戦力を有しているということに他ならないのでは?


 誰もその事実を口にしない。

 これは自覚させてはいけないモノだと、街の人々の意識が一つになった瞬間だった。



 顔見知りである雑貨屋のオヤジは思った。


 ——挨拶と一緒にケツを叩くのをやめよう。


 今まではビンタで済んでいたが、これからはどうなるかわからない。



 メイリが小さい頃から通っていた本屋の老婆は思った。


 ——ありゃ旦那を尻に敷くタイプね。


 小さい時から見ていた少女の成長にほっこりする。



 恐怖七割親心三割で眺められることにメイリは居心地の悪さを覚えつつも、さてどうしたものかと考えていると。


「メイリ、ケイヤ借りるよ」


 いつの間にか姿を消していたモニが、何本もの縄を携えて戻ってきていた。


「え、あ、うん」


 承諾するメイリ。


「ねぇねぇ? 俺の意思は?」


 そう言いつつも、メイリの足から解放された圭哉は淀みなくモニに近づき差し出された縄を受け取る。


「それで魔族ども縛って連れてきなさい。警邏の人に話つけて留置所は確保してあるから、そこに連れてくわよ」

「イエッサー、マム」

「私はアンタのお母さんじゃありません」

「先生みたいなことを言うねー」

「……?」


 モニに頭のおかしいやつを見る目で睨まれ、圭哉は「くそぅ、世界が違うからネタが通じねぇ!」と呟きながらも手際良く魔族たちを縛り上げ、モニの案内する留置所を往復した。


 二人の少女にあれこれと命令されてあくせくと働く少年を眺める街の人々。


 先ほどまでの暴力性など幻だったかのように、そこにいるのは少女たちにダメだしされて低頭平身する少年だけだった。


 街の人々はその少年を見るに同情の気持ちも湧きつつあったが、そういった温度差に触れたせいで我を取り戻し、爆心地の惨状を見て現実へと戻った。


「とりあえず、瓦礫の撤去とお偉いさんへの相談が先か」

「派手に壊れてるけれど、範囲は狭いわねー」

「衝撃が拡散されなかったんだろうな。防壁魔術で防いだとかかね」

「あの娘っ子、たまに噂になっていた魔術師か」

「まぁ、事情はわからんがモニさんが受け持つようだし、後で説明はしてもらえるだろう」  


 口々に言いながら、街の大人たちはそれぞれの役割を再確認しながら日常へと戻っていった。



 ×××



 留置所内。


 両手両足を拘束された状態で寝台に固定されたベイシドを見下ろすモニと、その横には手持ち無沙汰な圭哉。


「なぁ」

「ん?」

「なにすんの?」

「尋問と拷問」

「…………」


 さらりと恐ろしい言葉を聞き、黙る圭哉。


「……えーと、なんのために?」

「メイリのためにだよ。ケイヤも確認してたけれど、それよりも詳細な内容を知りたいの」

「なるほどー」


 二人で話している間に、施設の人間と思わしき者が色々と器具の積まれた台車を押してやってくる。


 台車の上に積まれた鉄製のそれらを見た圭哉の感想は、


「わぁ、とっても拷問器具っぽいー……」

「ていうか、拷問器具よ」

「そすか……」


 それらと一緒に運ばれてきた、壺のようなものに圭哉の視線が注がれる。中に入っているのは透明な液体。


「なんぞこれ」

「んー? あぁ、それは治癒薬。ケイヤさ、流石に両目まで潰すのはやり過ぎだよ」


 並ぶ鉄製の拷問器具を点検しながら、圭哉の疑問に答えるモニ。


「視覚を潰すのは結構手っ取り早く戦意を奪えるからいい判断だと思ったんだけれど、ダメだったか?」

「魔眼とかのことまで考慮するなら、一概に悪いとは言い切れないけれど、場合によってはそれが起因で周囲を巻き込んだ自決とかの可能性もあったしねー。結局はこうしちゃうし」


 そう言いながら、モニは壺から治癒薬を手で掬い、ベイシドの潰れた目へと垂らす。


 治癒薬は強烈な激痛を伴いながらもベイシドの損傷した目を復元させ、彼の世界に色を取り戻させた。


 同時に、激痛と潰れたはずの眼球の復元による違和によって、ベイシドは意識を取り戻した。


「ここは……」

「はぁい。寝起きで悪いけれど、私が聞いたことに全て答えなさい」

「貴様はなにを」

「あぁ、会話をする気はないから。アンタがやるのは、聞かれたことを、答えるだけ。ではまず最初に、アンタが引き連れた部下の数は? 街の外にも待機させていたりする?」

「…………答えるとでも? 言っておくが、拷問程度で口を割ると思うなよ」

「もう一回聞いてあげる。部下の数は? 街の外にも待機させてる?」

「……」


 ベイシドは答えなかった。

 その態度を見て、モニは嘆息する。


「一人目、連れてきてー」


 モニが部屋の外に向かってそう言うと、施設の人間が寝台を押してやってくる。


 寝台の上にはベイシドと同じように拘束された魔族。

 魔族も同様に目を覚ましているが、猿轡を噛まされているため言葉を発することはできない。


 モニはベイシドの寝台をいじり傾け、魔族の全身がしっかりと見えるように角度を調整した。


 圭哉はとても嫌な予感がした。


「モニさん。もしやこれは……」

「いいかいケイヤ。魔族は悪じゃない。彼らにもまた生活があり、仲間があり、心がある」


 そう言いながら、モニが手に取ったのは目の粗いヤスリと大きなペンチ。


「とりあえず、正直に吐くまではこれを繰り返すから」


 そう言って、モニは魔族の鼻にヤスリを当てて、勢いよく引いた。


「————!!!」


 猿轡を当てられているせいで、魔族は声にならない悲鳴を上げるのみ。

 削ぎ落とされた鼻の肉と骨が付着したヤスリを、モニはベイシドの頬にひたひたと当てる。


 ベイシドは喋らない。


 モニはヤスリを魔族の腹の上に置くと、今度はペンチを魔族の足先へと向けた。


 脚の付け根にペンチ当てがい、挟む。当然のように、ペンチは魔族の脚を挟みきることはできず、その肉の一部を摘むだけになる。


 そのまま、モニはペンチを引き、魔族のごく一部を千切り取った。


「もう一人連れてきて」


 拷問部屋の入口近くで待機していた男にモニは指示する。男は無言で頷くと部屋から出て、すぐに戻ってきた。


 男が運んできたのは、全身を拘束された魔族の女だった。


 モニは魔族の女に近づき、その口元に手を伸ばす。

 口は開口器によって強制的に開かれており、鋭い犬歯や舌が覗いていた。


 魔族の女はこれから自分が何をされるのかわかっていなかった。


 いきなり連れてこられ、視界に見えるのは同じように拘束された同胞たち。二人とも血塗れになっており、拷問されていることが窺える。同じように、自分も痛めつけられるのかと、そう考えた瞬間——


「治癒薬使ってるから、体力の消耗も激しいしお腹も空いているよねー」


 モニはそう言い、ペンチで挟んだ肉を魔族の女の開かれた口に放り込んだ。


 いきなり突き込まれた肉に魔族の女は咽せ、その殆どを吐き出す。


「あら、その部位は嫌だった? じゃあ無難な腿にする?」


 鼻が削れている魔族の太腿にペンチを当てがい、躊躇なく引っ張り千切る。


 その痛みに魔族は悲痛な呻き声を上げるだけである。


 そして魔族の女は理解する。先ほど口に突っ込まれたのが「なにの肉」なのかを。


 けれど、理解したところで自身にはどうしようもない。手も足も出ない状態で、口元に運ばれたソレを拒む方法が魔族の女にはなかった。


 口を固定されているため、まともな声にならない声で拒絶を示すが、モニは無表情で魔族の女の口に肉を突っ込み、鼻をつまみ、普通の水をその口に流し込んだ。


 魔族の女はもがくが最終的にはその肉を溜飲し、嗚咽を漏らした。


「さーて、お次は〜」


 モニはつまらなさそうにペンチを弄りながら、鼻を削がれた魔族にまた近づく。


「待て」


 そこへ、ベイシドが制止の言葉をかける。


「目って片方あれば十分?」


 モニは聞く耳を持たず、荷台の上から錐のようなものを手に取りながら、鼻を削がれた魔族に問い掛ける。


「待てと言っているだろう!」

「目って食べたことある? 独特な弾力があるらしいよ」


 ベイシドの言葉など聞こえていないかのように、モニは魔族の女に尋ねる。


「待ってくれ! 頼む! 私が知る限りのことは話すからっ、もうやめてくれ……」

「その言葉が聞きたかった」


 ベイシドの殊勝な態度に、モニは満足げに頷いた。


「ブラックジャックに謝れ」


 圭哉はぼそりと呟いた。

思っていたのと違う方向にキャラが動いてしまい、どうしよう……

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず一言、面白いです。 世界観、設定、キャラクター、どれもしっかりと作り込まれているように感じられます。 表現力も大変に素晴らしいと感じました。 特に拷問の臨場感は凄まじ…
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