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◆5話

「んー、なるほど、だいたいわかった」


 メイリから道中の出来事を聞き、モニは納得した。


「こいつは、最近調子に乗ってる魔王軍をしばき倒すために呼ばれたわけだ」


 特に疑う様子もなく、膝上で小さな寝息を立てる圭哉の髪を触りながら結論を出す。


「……なんで私ん家に来た? こいつは王都に連れてくべきでしょうが」


 現在、人類は魔王軍との戦争状態である。

 魔王は強大であり、その配下であり四天王を名乗る存在たちも強力な魔族だった。


 人類側では、英雄と呼ばれる——人の身でありながら限界を超えた能力を携えた——人々が前線に立ち、指揮をとり、魔王軍との拮抗状態を作り上げているのである。


 ナキンやオケレト村がそれらから遠く離れているせいで、まるで他人事のようにメイリは感じていたが、歴とした人類の命運を掛けた大戦争の真っ最中だったりするのであった。


 圭哉の話を信じるならば、この少年は神によって遣わされた人類側の救世主と言っても過言ではない。


 一方権限の契約のこともあって、圭哉は嘘をつく事すら難しい状態である。妄想を頭から信じ込んでいない限り、嘘ならばすぐに露呈するからだ。


 そして、モニもまたメイリと同様に魔術専攻であるため、契約が神位級の本物であることは理解しており頭から嘘だとは言えないのである。


 そういった理由で、モニは圭哉の処遇について正論を述べた。


「えー」


 だが、メイリは乗り気ではなかった。


「なにその煮え切らない態度」

「だって危ないじゃない」

「思った以上に普通の回答!」

「右も左も分からない少年を王都に向かわせたところで、ろくな事にならないでしょ」


 メイリやモニは圭哉の言と契約紋から憶測で判断し理解を示したが、それが他の人間にまで通用するとは限らない。


 女神の遣いを自称する身元不明の少年を王都に放り出したところで、待つのは良くて飢え死にだろう。


「まー、たしかにね。神の遣いだなんて自称して、証明する術がないのなら下手したら不敬罪で首が飛んだっておかしくないだろうし」

「そんなところに送り出すのは嫌だよ」

「……これのこと気に入ってるのな」


 モニは自他共に認めるメイリの親友である。

 そんなモニからしてみても、メイリの圭哉に対する入れ込み方は違和感があった。


 メイリは面倒見が良く、人間性も善性の比率が大きい。手は早いが加減は考えているし、謎の胆力があってどこか大物然としたところもある。


 それでも、モニの知るメイリという少女は出会って間もない少年をここまで贔屓にするような人間ではなかった。


「顔がいいでしょ?」

「底が見えそうなぐらい浅い理由!」


 モニは眠る圭哉に視線を戻し、まじまじと観察する。


「たしかに庇護欲はそそるけれど」

「それに、もしケイヤの言うことが全て本当で、それを万人に証明することができたとしても、やっぱりすぐには王都には向かわせないよ」

「なんで」

「休ませてあげないと、壊れちゃう」


 一度死んで、ろくな説明もされずに飛ばされた先は知らない世界で、知り合いが一切いないという状況は明らかに精神への負担が大きい。


 圭哉本人が平気そうな素振りをしているためモニは考えもしなかったが、普通ならば、このような状況に陥った人間は混乱し、錯乱し、憔悴してもおかしくはない。おかしくないどころか、それが普通のはずなのだ。


「突然の話が多過ぎて、処理し切れてないだけだと思うのよね」


 今の圭哉には主体性というものが欠けていた。


 生前の彼がどういう在り方をしていたのかをメイリは知らないが、圭哉はこちらの世界で目を覚ましてから一度として、自ら行動を起こそうとしていない。


 たまたま彼を拾ったメイリに付き従い、そのまま流れに身を任せているに過ぎない。


「まるで雛鳥だ」


 ぼそりと、モニは呟く。


「私としては、とりあえず圭哉は私の家に連れてって、面倒を見ながらこっちに馴染めるように色々と教えたりしてあげようと思ってるのよね」

「うーん、飼い主」


 とても適当な感想を漏らすモニ。


「まぁ、メイリがそれでいいのなら、私からは特に言うこともないかな」


 そう言いつつも、モニとしては引っ掛かるところがあった。


 女神が圭哉を対魔族のために送り込んだのだとしたら、彼はそれを使命としてなによりも優先する筈だ。だが、今の圭哉にそのような姿勢は見受けられない。つまり、彼は使命を言われただけであって、それを強制されるような制約は受けていない。


 果たして、そんなあやふやな状態で女神が人を遣わすだろうか? 女神からの加護を与えられた人間が野に放たれたとして、それが素直に魔族との戦闘に赴くとは考えにくい。意気揚々と死地へ突っ込むのは頭のいかれた人間だけだろう。


 私ならそのギフトを有効活用して富を築き、老後までを悠々自適に暮らす。などと強く思うモニ。


 では、圭哉にそういった制約が施されていないのだとしたら、考えられる可能性としては一方権限の契約主であるメイリへの制約だった。


 契約主であるメイリに圭哉は逆らえないため、メイリにさえ制約を課せばそれはそのまま圭哉への制約となる。むしろ、圭哉に制約を課したところで契約主であるメイリが動かなければ圭哉は十分に活動できないのだから、メイリにこそ制約は課されるべきものなのだ。


 そう思いモニはメイリを眺めるが、メイリにもまた魔族の間引きへの積極性は一切見られない。


 メイリはこの後の予定について提案するだけであり、使命感や正義感とは無縁の言動だけだった。


 それらの要素を組み合わせて、モニが導き出した結論はというと——


「契約が成立した時点で、契約主が魔族の間引きを行わなければならないような状況になっているという……」


 嫌な予感しかしないと、モニはそう思った。


 ——往々にして、嫌な予感というものは、ろくでもない現実になるのである。


 突如、モニの膝枕で気持ち良さそうに眠っていた圭哉が目を開いた。


 圭哉は慌てるように片腕でモニを抱え、もう片腕で不思議そうに圭哉を見るメイリを抱えた。


 唐突な圭哉の行動に二人は口を挟む間も無く、寝室まで運ばれベッドの上へと投げ出される。


 圭哉は寝室に設置されていた机に手をかけ、机上のモノを手で振り払って落とすとそれを担ぎ、呆然とする二人へと覆い被さり、二人を強く抱きしめた。そこに下卑た感情などはなく、あるのはただの焦燥であり、身を挺した庇護だった。


 この間僅か十数秒。


 そこまでされて、事態を把握したのはモニが先だった。


「嘘だろおいおいおい!」


 モニが感じ取ったのは強大な魔力反応。

 魔力と火薬の混成による爆撃の魔術。

 遥か遠くから放たれたであろうそれは、あろうことかモニが住む集合住宅へと高速で飛来しており、その着弾地点は角部屋——モニの部屋だった。


 圭哉の背に防壁の魔術を展開し、守りを固める。

 遅れて、メイリも現状を把握し、モニに加勢する。


 直後、光が爆ぜた。


 集合住宅を貫いた爆撃魔術は中で弾け、音と衝撃と爆熱が建物を膨張させ破裂させる。


 爆発は小規模であったが、崩壊した住居は周囲に瓦礫と炎を撒き散らす。


 隣接する建物がないため二次被害には至らないが、付近の道を通っていた人々に被害は及んでいる。


 歩いていた老人は瓦礫に足を挟まれ動けなくなっており、走り回っていた子供は頭に破片が直撃して気を失っている。


 日常を震わした音と衝撃に突き動かされ、近所に住む人々も顔を出し、その様子を見ようとする。


 もはやただの瓦礫の山となった建物を見る人々。その非日常的な光景に足が止まり、思考が停止する。だが、数瞬としないうちに幾人かは正気を取り戻し、人命救助のために瓦礫の撤去や負傷者の回収へと動き出した。


 だが、それも建物の周囲だけである。


 崩壊した建物自体は所々から炎を吹き上げ、準備もせずに入れば安定しない足場に足を取られ、尖った木片や瓦礫に突っ込んでしまいそうな惨状だった。


 そのため人々はたたらを踏み、周囲の被害者を救助はしても、建物の中の人間のために向かう者はいなかった。


 そして、瓦礫などを問題なく撤去できる技術を持つ人たちを呼ぶことにしたのである。


 助ける人、助けを呼びに行く人、それらを遠巻きにただ眺めるだけの人。そういった人たちが集まり、瓦礫の山の周りに人が溢れる。


 ——人々が見つめる先にある崩れて積み重なった瓦礫の山が蠢く。


 中から何かが這い出ようとするかのように、山が崩れる。


 出てきたのは圭哉と、両脇にそれぞれ抱えられた無傷のメイリとモニだった。


「「死ぬかと思った……」」


 メイリとモニが死んだ目でそう漏らす。


(なんで死んでないんだろう……)


 野次馬たちは五体満足の圭哉たちを見てそのような感想を抱く。


 しばしの放心状態が続き、瓦礫のない道にまで運ばれておろされたモニは元自宅——現瓦礫の山を眺め、


「こんなことってある……?」


 そう呟いて膝から頽れた。


「……えーと」


 なんと声を掛ければいいのか分からず、どうしたものかと立ち尽くす圭哉。


 私の家がぁぁぁぁ……ローンがぁぁぁぁ……などと呻くモニを見て「こっちにもローンってあるのか……」などと圭哉が考えていると、頭上から声がした。


「なるほど、アレを受けて生きているどころか、爆撃魔術の被害をこれほどで留めるとはな」


 空に人がいた。


 ——否、それは人ではなかった。


 小型の竜種に跨り、鎧に身を包んだその男は額から角を生やし、背から翼を生やしていた。


「神の使徒というのも、本当のようだな」


 異形の男はそう言い、圭哉とメイリを睨んだ。


(翼あるなら自分で飛べよ……)


 圭哉はそんなことを思った。

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