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◆4話

メイリの友人が登場です。

「なに、そいつ」


 開口一番がそれだった。



 ——時は少し遡る。



 ナキンの街に入ったメイリと圭哉の二人は、メイリ先導のもと軽食屋に向かった。


 メイリは空腹ではないため飲み物だけを頼み、圭哉の分だけ食べ物を頼んだ。少し待つと、鉄板の上で脂をこれでもかと弾かせる肉厚なステーキが圭哉の前に置かれた。


 メイリの前にも飲み物が置かれ、召し上がれと手で示しつつメイリは飲み物に口をつけた。


 何の肉だろうかと思いながらも、特に迷う素振りなく圭哉はすでに切り分けられている肉をフォークで刺して口に運ぶ。


 牛っぽーい。とか、

 フォークがあるんだな。とか、

 そういや朝食取らずに家を出て、その登校中に飛ばされたから空きっ腹だった。とかとか、

 そんなことを思いながらも、美味しいので黙々と夢中で食べる圭哉。


 美味しそうに食べている圭哉を見て、なんだか餌付けをしている気分だなーなどと考えるメイリ。


 出会って一日も経過していないというのに、二人の打ち解け方は異様なほどに急速だった。


 通常、人間関係とは積み重ねによる線引きによって深まっていく。顔を合わせ、目を見て会話をし、挙動を読み、思考を交流させ、体験を共有することによって、お互いにとって良好な着地点を探っていく。


 だが、二人は出会いが出会いであり、関係が関係だった。


 メイリにとって圭哉はどう足掻いたところで害ある存在にはならない。やろうと思えば、意のままに従わせることすら可能な存在だ。けれど、メイリはそれをしようとするような人間性は持ち合わせておらず、それどころか身寄りのない圭哉を見て、助けを考える程度には心身に余裕があった。


 確実な安全と裕福な善性、それらの前提に加えて彼女自身の大らかさが合わさり、メイリは圭哉の存在を受け入れていた。


 一方の圭哉はすでに諦めの境地に達していた。契約によって、メイリが自身に対して絶対的な優位性を持っていることを理解したためでもある。


 メイリが気紛れに死ねと言えば死んでしまいそうな状況ではあるが、だからと言ってご機嫌取りなどする気が起きない。そんな反骨心からか、メイリに対する遠慮というものを考えないことにしたのだ。


 契約によって離れることすら難しくなったのだから、これから先のためにも素の自分を見てもらった方が早い。そういう結論だった。


 そのような圭哉のやぶれかぶれの諦観は、メイリの目には好ましく映ったのだろう。


 二人の思惑は奇妙な噛み合い方をして、メイリに従う少年と、圭哉を助けようとする少女という関係性が出来上がったのであった。


 圭哉が最後の一口を頬張り咀嚼し嚥下し終え、口の周りについた脂をナプキンで拭き、水で喉を潤すところまでを見届けると、メイリは立ち上がり勘定を済ませ、圭哉を手招いて呼んだ。


 圭哉はそれに従い彼女の横に並び、今から向かう場所がメイリの友人宅であることを聞かされながら街を歩き出した。



 ——そして時は戻り。



「なに、そいつ」


 少女は圭哉を指してそう言った。


 少女の名前はモニ。ナキンの街に住む少女であり、メイリの親友である。


 年の頃は十九。


 癖の多い茶髪は腰の上辺りまで伸ばされており、寝起きであることも相まってしっちゃかめっちゃかになっている。


 前髪から覗く目元にはくまがあり、その目尻は垂れ気味で、姿勢も猫背なため些か不健康さを感じさせたが、顔の造形はかなり良い。また、体型自体は非常に均整が取れており、見た目の印象としては、不健康さでは隠しきれないほどの美少女といったものだった。


 そんなモニのもとに友人であるメイリが訪れた。

 以前に約束していた日付であるため、彼女自身がこうして頑張って昼過ぎに起床したのもそのためだった。


 だが、モニの想定と違う部分があった。

 メイリが少年を連れていたのである。

 目が濁ってはいるが顔立ちはよく、見ていて気分が良くなるようなツラだとモニは思った。


 モニとしては心中穏やかではないし、寝起きであるため思考が追いつかない。


 野郎どもからの誘いを無下にして、モニと一緒に無碍な日々を過ごしていたメイリが見知らぬ男を連れてやって来たという事実は、それはそれは衝撃的だったのである。


 けれど、メイリはモニのそのような心情は知らないため、あっけらかんと答えるのである。


「拾った!」

「小動物感覚!」


 メイリのあまりにもざっくばらんな返答に困り、拾われたらしい少年へと視線を向けると、


「拾われました!」

「自認!」


 親指を立てられていい笑顔で言われるが、モニの混乱度は増すだけである。


「……あー、とりあえず上がってよ」


 集合住宅の角に居を構えているモニとしては、部屋の前で立ち話は周囲への迷惑だろうと考え、二人を招き入れることにした。見ず知らずの男を上らせることに多少の心理的抵抗があったが、メイリの『持ち物』であるならば締め出すわけにいかず、諦めることにしたのである。


「適当にくつろいでて」


 居間に通し、そう言いながら部屋の真ん中に設置された二つのロングソファを促す。メイリは勝手知ったる様子ですでにソファに寝転がっているため、その言葉はどうしたものかと立っていた圭哉に向けられたものであった。


「どうも」


 部屋の主人から許可が出たので、圭哉もソファに寝転ぶ。


「遠慮ねぇなぁおい……」


 一人暮らしの女の部屋に来て即座に横になれる圭哉に慄きつつも、客人用の飲み物を用意するために台所に立つモニ。


 生活能力が皆無に見える本人の格好に反して、居間は隅々まで手入れが行き届いており、だらしない姿でコンロに火をつけて湯を沸かす姿はどこかミスマッチだなぁなどと、圭哉は思う。


 モニの格好は明らかに寝巻きである。それもかなりサイズの大きいシャツを一枚着てるだけであり、襟元が寄っているため自然と片側の肩が露出している。


 メイリを真似て横になったが、もう少し下から覗き込めばパンツが見えるのではなかろうかと下卑た思考をする圭哉。


 そもそも、この世界には下着があるのだろうか?

 あったとしても、寝る際につけない人かもしれない?

 などと、圭哉が邪な気持ちで台所に立つモニの臀部を眺めていると、対面から呟きが聞こえた。


「今日は黒か……」


 同じように横になっていたメイリが圭哉と同じようにモニのお尻を注視していた。


「そっちからは見えるのか?」


 圭哉のところからは角度の問題なのか、下着は見えそうで見えない。それはそれでもどかしいがアリだと思う圭哉。


「見えないけれど、薄らと下着の線が浮いてるでしょう? 私はモニの下着は全て把握していて、あの形のパンツは黒しかないことを知っているのよ」

「なるほどね」


 なんでそんなこと把握してんだよと思いつつも、耳寄りな情報を聞けて圭哉のテンションは少し上がる。衣服越しに薄らと見える下着のラインもまた良いものだと唸る。


 そして圭哉は気付く。胸の揺れが不自然であることに。もしやブラをしていない……? などと邪推し始める。


「や、見るのやめさせろや」


 声を潜めているわけでもなく、通常の声量で行われていたメイリと圭哉の会話は、当然のようにモニにも聞こえていた。


 そう言いながらも、特に恥ずかしがる様子もなくノーブラにパンツとシャツ一枚でソファに近付き、圭哉に起き上がるように手振りで示す。素直に従い身を起こした圭哉の隣に座り、飲み物を配膳する。


(なぜ俺の横に……?)

(なぜ圭哉の横に……?)


 二人してモニが座った位置に疑問を覚えるが、家主の行動なので言及はしない。


「なんでそっち?」


 メイリは言及した。


「そっちに座ると角度的にパンツが見える」

「脚を閉じなさいよ」

「なんで自宅でそんな寛げない座り方をしなきゃいかんのよ」

「む、それもそうね」


 そうか? と二人の会話を聞いた圭哉は首を傾げる。


「着替えればいいのでは?」


 と、差し出がましいとは思いながらも圭哉は提案してみる。メイリのようにズボンでも履けば、脚を開いたところで問題はないだろう。


 会話に割り込まれたことについてはどうとも思わなかったのか、モニは悠然と答える。


「家ん中でこれ以上服は着たくない。本当はシャツだって脱ぎたいのよ」

「俺は構わないよ?」

「私が構うんだよ。欲望を躊躇なく口にするな。メイリはともかくとして会ったばかりの野郎に裸を見せるわけないでしょうが」

「そのですね、モニさん。そうは言いますが、その防御力の低そうなシャツは隙間がたいへん大きいので、先ほどから胸がチラチラと覗いてるわけなんですよ」


 圭哉の左手側に座ったモニ。

 露出しているのは右の肩口。

 圭哉がモニと話す際は自然と首を横に向けて見る形になるので、視界には胸元が思いきり入る。


 それに加えてモニが身振り手振りをすると薄い布地は簡単に動くので、めくれて先端まで見えそうになるのであった。


 その指摘を受けて、己のシャツを引っ張りその防御性の低さを確認するモニ。しばしの逡巡の末、モニは結論を出す。


「まぁ、それぐらいなら別にいい」

「いいの!?」

「よくねーよっ!」


 考えるのが面倒になり思考を放り投げるモニ。

 許可が出たのでなお一層注視する圭哉。

 テーブルの上にあるガラス製の灰皿を圭哉目掛けて投げるメイリ。


 灰皿は圭哉の顎を強かに打ちつけ、その意識を刈り取った。意識を失った圭哉はそのまま力なくモニの方へと——先ほどまで注視していた胸元へと——顔を埋めた。


「えぇ……」


 モニは友人の直接的過ぎる制裁に混乱の声を出しつつも、意識のない圭哉の頭を胸からどかし、膝枕する。


「というか、胸がいいならパンツだって見えてもいいんじゃないの?」


 圭哉を気絶させたことについては特に触れず、そのまま会話を再開させる。


「胸はいいのよ。減るもんじゃないから」


 モニはなんとなく圭哉の頭を撫でながらそう答える。


「パンツは減るの……?」

「減るわ。羞恥心が」

「鏡見た? 羞恥心って言葉が目背けるような身嗜みだよ?」


 モニは目を背けた。

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