◆8話
世界観の説明的な回、その2です。
「神の使徒に、使徒の加護、守護者ねぇ……」
ベイシドから一通りの情報を引き出したモニは、それらの情報を反芻していた。
モニと圭哉は拷問部屋から移動し、施設員たちが使う休憩室にいた。その際、瓦礫の撤去などを手伝っていたメイリも呼んでおり、現在は三人で部屋を占領している。
「あっちから神って言葉が出てくる辺り、ますますケイヤの言うことの信憑性は高まったわね」
「ん? その言い方だともしかして俺の言ったことって信じられてなかった?」
「信じてはいるわよ。ただ、それが真実かは別でしょう?」
「む、確かに」
一方権限によって嘘を封じ込めたとしても、圭哉本人が嘘を嘘だと認識していなければ、嘘を真実だと認識して話す可能性はある。だが、敵対する魔族がこうも迅速に襲撃を仕掛け、あまつさえ神と口にしたのだ。
故に、モニとしては圭哉の言葉が確証に足るものだと判断した。
「私は最初から信じてたよ?」
メイリは軽く挙手しながら、圭哉をフォローする。
「俺、メイリに一生ついてくわ」
先ほどまでモニの拷問に同行していた圭哉は精神的に疲労しており、緩い空気感のメイリにとても癒されていた。
「それじゃ、ちょいと情報を整理しましょうか」
モニはそう言いながら、部屋の壁に備え付けられている黒板の前に立ち、板書していく。
(黒板とかチョークもあるんだなぁ)
などと思いながら、圭哉は書かれた概要を目で追う。
知らない文字なのだが、何故か読める。そのことに感心しながらも、モニが書き終わるのを待つ。
「それじゃ、現状についておさらいしましょうか」
モニはチョークを置き、指示棒を握っていた。
長い髪を後ろで纏めており、初対面時の猫背とは打って変わって背筋もしっかりと伸ばされている。
服装も施設員と同じような軍服になっており、何故か太腿の中ほどまでの長さのスカートを履いているため、ニーソックスとの絶対領域が圭哉にはとても眩しかった。
「なんかテンション上がってきたわ」
個室で年上の美女とマンツーマンレッスン。みたいなシチュエーションに俄然やる気を上げる思春期の少年。
実際には隣にメイリがいるため一対一ではないのだが、当のメイリが圭哉の肩に手を置く。
そちらを見やると、メイリがサムズアップしていた。
「モニ、いいよね!」
「イイネ!」
二人してモニの格好にはしゃいでいた。
(仲良いなこいつら……)
そんな二人を三白眼で眺めながら、モニは指示棒で黒板の左上を叩く。
「はい、それじゃあ現状についての説明だけれど、実際のところ圭哉がこっちのことをどれくらい把握しているのか分からないし、一から聞いていくと時間が掛かりそうだから、疑問点があったらその都度聞いてね」
頷く圭哉。
「まず、この世界についての大雑把な話ね。私たちが暮らす場所はアガスティア大陸と呼ばれます。大まかな世界地図なんかはあるけれど、人類未踏の場所もあるので正確なものは存在しません」
ほうほうと、圭哉は頷く。
「成り立ちとかに関しては飛ばして、現在、この大陸は魔族と人類の勢力によって二分されています」
説明するときは口調が丁寧になるんだなぁ、などと、そんな感想を抱きつつモニの説明を興味深そうに聴く圭哉。
「私たちがいるのは大陸の最東端付近のここら辺。ここにナキンの街はあります」
モニが描いた大陸図(心なしかオーストラリア大陸を彷彿とさせる)の右端を軽く叩く。
「で、王都はここ」
大陸の中心から少し左に逸れた場所を示す。
「ここから左の土地は全て魔族たちが占領していて、王都が実質的な境界線になっています」
――厳密に言えば、王都のその先に城壁が築かれており、そこが主な戦場になっていると付け足す。
「はい質問です」
圭哉が律儀に手を挙げながら疑問を口にする。
「どうしてそんな場所に王都があるんだ?」
圭哉の認識としては、そんな激戦区になるような場所に王都を設置するのは、危険なのではなかろうかと思ったのである。
王様といえばもっとこう、自分たちは安全な後方から偉そうなことを言いたい放題な存在。圭哉にはそういう認識があった。
「王族は武功によって成り上がった人たちでね、軍の指揮なども王族に権限があります。場合によっては王族自らが戦場に立つこともあるので、離れた場所に居を構えることは無意味、そういう判断です」
「おぉ、腐敗してなさそう……」
感心する圭哉。
「次の質問、そんな大陸の真ん中に構えて、防衛になんてなるのか? 少し横に逸れて王都無視して侵攻すれば良くない?」
城を構えるということは、そこで防衛をするということだ。それは少なくとも、攻めることよりも守ることを意識した在り方である。モニの言い方から察するに、その戦争は魔族からの侵攻を人類が堰き止めている形だった。
故に、そのような状態で大陸の真ん中に防衛線を張ったところで、迂回されて終わりになるのでないかと圭哉は考えた。
「いい質問です。じゃあ、先ほど引いておいたこの線はなんだと思いますか?」
モニはそう言い、大陸の北から南に掛けて引かれている線を示す。
線は若干だが東側にはみ出るように弧を描いており、その頂点は王都を通過していた。
「境界線じゃないのか?」
圭哉の回答に対して、半分正解と返すモニ。
「これは魔族と人類を分かつ物理的な境界。北側には巨大な山脈、南側には深い渓谷が存在するのよ」
「なるほど、天然の防壁か」
「そういうこと。そして、この王都がある場所だけは東西を繋ぐ唯一の平地なの」
「納得した。進めてくれ」
理解の早い圭哉には満足げな顔を向け、モニは話を大筋に戻す。
「あ、ついでに言うと、王都が王都たる所以は王族がいることにもあるけれど、そこには英雄と呼ばれる強者にして権力者達が集っているからってのもあるよ」
「あー、人が集まることによる活性化か。それも戦争による特需景気も加味されて、発展してるわけな」
そういうこと、とモニは頷く。
「王都の建立はかなり昔に遡るんだけれど、その頃は魔族との戦争も激化していなかった。不可侵に近い形でお互いに様子見に徹していた。小規模ながらも、交易などすらありました。ところが、私たちの曽祖父などの代になって、魔族がこちらへと攻め込むようになった。さて、それは何故だと思う?」
モニはなんとなく、圭哉にそう振ってみる。
指示棒で指された圭哉は少し考え、考えを言葉にする。
「魔族の長が変わった?」
モニは少し意外そうな顔をする。
「正解。じゃあ、その根拠は?」
「侵攻に踏み入る理由で、思いつくのは主に三つ。土地と人口の問題、食料の問題、そして宗教の問題だ。この三つはそれぞれ密接する問題だけれど、どれが発端かは重要だ」
一つ目、と圭哉は人差し指を立てる。
「土地と人口の問題。これはつまり、人口爆発によって住む場所が足りなくなるという状態。そのために領地を広げるための侵攻。これはそのまま食料問題にまで繋がるモノだけれど、いきなりどうしようもなくなるモノではないから、純粋に住む場所が足りなくなるが故の問題だ」
一呼吸置き、言葉を続ける。
「けれど、魔族側の土地が足りていないというのはない筈だ。さっき言っていた、人類側の土地には未開の地があるというのは、そのまま魔族側にも適用されるからだ。土地が足りないならば、戦争を仕掛けるよりも先に開くことを優先する筈だ」
一応、余程の戦力差があり、開拓や開墾よりも戦争を仕掛けて奪ったほうが早いという考えもあるが、その可能性についてもあり得ないと圭哉は考えている。
「それはどうして? 魔族は人類と違って、開墾能力が高くて、もう未開の地なんてあっちには残っていないかもしれないわよ?」
「いいや、魔族と人類は同じだよ。魔族との戦争が長きにわたって続いていることや、昔には小規模ながらも交易があったという事実を踏まえると、人類と魔族の技術レベルはほぼ同じだと考えられる」
土地が足りなくなるほど開拓が進んでいる場合、それだけ技術力の高さや人員の多さが人類より上ということになる。その場合、そもそも戦争が膠着状態で留められている現状と齟齬があるのだ。
「次に食料問題。これは簡単で、そもそもそれが一番の問題だった場合は、世代を跨ぐような長期間にわたっての戦争なんて出来ない」
「勝てば消費なんて気にしなくて済むからと、負けた時のことを考えていないやり方をしてる可能性は?」
「これは俺の立場だから言えることだけれど、その可能性はない」
「それはどうして?」
「俺が女神から言われた内容は、魔族の口減らし……要は間引きだ。つまり、魔族は増えているんだよ。生産性と消費量の対比を度外視した場合、すべきことは増やすことではなく、増えないことだ。増えず、今いる戦力に対して十分な供給を行い、衰えさせないことが重要となる。にも関わらず、魔族は増えて、それが悪さをしていると言及される段階までになっている」
つまり、人口や食料に問題は抱えていないということになる。
「そうなると、残されたのは宗教問題だ。気に入らないから滅ぼそう。そういう話になる」
「それがどうして魔族の長が変わったという結論になる?」
「事実上の不可侵であったにも関わらず、その方針が変わって攻め入るようになった。要は頭が変わったんだろ。穏健派から過激派への政権交代。よくある話だ」
もしも一部の魔族が勝手に動き、攻め込んだだけならば種族対立の構造にまでは発展しない。一部の存在が勝手にやっただけだと尻尾切りし、以前の体制に戻ろうとするのが普通だ。だが、そうはならずに魔族全体がその対立構造に組み込まれている。
つまり、全体を動かす存在が、戦争のために動いているということに他ならない。
「だからまぁ、魔族の長――魔王が代替わりしたんだろうと、そう思った」




