#57 峠越〜THE LAST BATTLES BEFORE THE CAPITAL〜
「さあて……改めて聞かせてもらわねえとな!」
「うむ……こうなってはもはややむ無しか。」
鬼神との、二年に渡る妖喰い・宵闇の欠片の奪い合い。
これはその口火が切られた夜の次の日――右籠手が奪われた夜の次の日に遡る。
やはりというべきか半兵衛と水上兄弟は、大内裏は清涼殿にて帝と謁見していた。
無論そこには、刃坂麿もおり。
半兵衛らは、前の日に自らが知る由もなかった宵闇の欠片たち――二つの式神型の欠片たちについて彼に問い質していたのである。
「……刃坂麿、話をするがよい。」
「……はっ、帝。」
刃坂麿はその帝の言葉に従い。
宵闇の封について語るべく、おもむろに二つの紙を取り出だす。
帝も、半兵衛も、その場にいる者は全て紙を覗き込む。
まず、一つの紙に書かれしは。
四◼️九◼️二
三◼️五◼️七
八◼️一◼️六
次に、二つ目の紙に書かれしは。
脛巾◼️腰◼️脛巾
籠手◼️胴◼️籠手
式神◼️兜◼️式神
「これは、何なんだい?」
半兵衛の問いに、刃坂麿は話し始める。
まず、一つ目の紙にある九つの数の並び。
これは後天定位盤といい、
陰陽師が占いなどに用いるものであるという。
「これら九つの数にはそれぞれ、五行(古代中国において考えられた万物の元となる五つの要素)と色が割り当てられている。そして、その色の割り当てはこうなっておる。」
刃坂麿はさらに、新たな紙を取り出して見せる。
緑◼️紫◼️黒
青◼️黄◼️赤
白◼️白◼️白
さらに刃坂麿が続けて曰く。
「二つ目の紙は見ての通り、北を下に都の中における宵闇の欠片の、それぞれに封じられし所を記したものである。」
「ああ……」
「そしてこの色の割り当てを記せし紙と、二つ目の紙を重ね合わせれば……」
刃坂麿は自ら言った通りに、二つの紙を重ねる。
脛巾◼️腰◼️脛巾
籠手◼️胴◼️籠手
式神◼️兜◼️式神
緑◼️紫◼️黒
青◼️黄◼️赤
白◼️白◼️白
「ふむ……これは、腰が紫、籠手が赤、といった具合に重なるが……?」
「この色……紫は紫丸に、赤は弘人さんの紅蓮に、何かつながりあるのかな……?」
「ほう、私が言わんとせしことを。 でも合っておるぞ半兵衛!」
「! あ、ああ……」
刃坂麿は半兵衛の言葉に、珍しく彼を褒める。
それより、刃坂麿が更に詳らかに説いて曰く。
これはかつて、宵闇を封じるため作られた陣であるが。
全てではないものの、妖喰いの色と応じるよう作られたという。
「昨夜の戦いの場はこの右籠手に当たる所――すなわち、赤に当たる所よ!」
「赤――紅蓮か!」
刃坂麿の言葉に、頼常ははたと気づく。
「その通りじゃ。血を吸い赤と染まる妖喰い紅蓮――すなわち昨夜あの戦場では、血を流してはならなかったということよ!」
「な……そ、それじゃ! 昨夜は、俺が血を流しちまったせいで……」
半兵衛もはっとする。
そう、昨夜は彼が血を流せし後に宵闇の欠片が目覚めた。
それは、そういう訳であった。
「……すまねえ! 俺としたことが不覚を取っちまった!」
「いや、半兵衛殿のみのせいではあるまい。……それは、阿江殿のせいでもあろう?」
「! ……」
半兵衛は謝るが。
頼常はそれを制し、刃坂麿に目を向ける。
そもそも、刃坂麿がこれらのこと――宵闇の欠片が真には九つあることや方陣のことなどをひた隠しにしていたがために昨夜は宵闇の欠片を取られてしまったのだ。
刃坂麿自らもそのことを分かっており、苦々しく顔を背けている。
「そ、そうじゃそうじゃ! 元はといえば阿江殿、そなたが!」
「……まあよい。これで隠し立てせしことはもうあるまいな、阿江殿?」
「! あ、ああ……」
実庵も声を上げるが。
頼常は次には努めて穏やかに言い、刃坂麿もそれに頷きを返す。
「……よし! なら、今まで隠し事してたことも仕舞いにしようぜ! なあ、いいだろ皆?」
「……うむ。」
「兄者……うむ、私もよい。」
半兵衛も再び声を上げ、水上兄弟もそれに頷く。
「うむ、刃坂麿よ! そして半兵衛たち妖喰い使いよ! 此度の一件、刃坂麿が何としても一人で片をつけたいと申してな。しかし……今や彼奴も強くなり、もはや同じ妖喰いをもって対するより他なし! よってそなたらの力、今お借りしたい!」
帝がそこにて、刃坂麿や妖喰い使いらに呼びかける。
「ああ……そりゃ、元より決まってることって奴さ!」
「は、帝!!」
「お任せくださいませ。」
半兵衛や水上兄弟、更に刃坂麿もこれに応える。
◆◇
「さあ、此度は奪わせてもらうぞ!」
「させるかよ!」
こうしてそれより、二年ほどの間にも。
鬼神と妖喰使いたちとの、宵闇の欠片を巡る戦いが繰り広げられ続けた。
しかし。
「くっ! 陰陽師……またそなたとその式神共かあ!」
「ああ……情けないのう鬼神殿よ!」
半兵衛たちの力もさることながら、宵闇の欠片二つを手にした刃坂麿の力もあり。
鬼神は悉く、宵闇の欠片を取り損ねていく。
◆◇
「行くぞ、皆!」
「応!!」
そうして、二年が経った頃。
維栄は自らの率いる十万の兵により、今まさに義永を追討せんとしていた。
維栄の軍はやがて、北陸は越前・加賀(現福井県北部・石川県南部)に入って来た。
「生意気な北陸の者共! 以人王の甘言に踊らされ我らに逆らいし罪許し難し、ここにて成敗してくれる!」
「できるものならばやってみよ! ここより先は通さぬ!」
そうして維栄の軍と、北陸の在地勢力とが。
火打城にて、ぶつかり合う。
始めは湖に囲まれた城を落とすことに手間取ったものの。
城の内通者よりこの人の手により作られし湖の水の抜き方を知った維栄の軍は、これを落としたのだった。
「くっ、引くぞ!」
「よし、者共進むぞ!」
「エイエイオー!!」
かくして維栄の軍は、越前・加賀に入り。
そのまま越中に入らんとする。
「よし……越中を制せし後には越後との国境にて! 残りの奴らを討ち取らせてもらおうぞ!」
「応!!」
維栄の軍は、勢い付く。
「そうか、越前・加賀は静氏の手に……」
「はっ、義永様!」
その頃。
この報せは、越後(現新潟県)の国府に布陣せし義永の耳に届いていた。
「……兼衡、やれるな?」
「! ……はっ、勿論のことにございます!」
そんな義永は、腹心でもある自身の四天王が一人・今居四郎兼衡に命じ。
兼衡は先鋒として、静氏の陣へと赴くこととなる。
「栄俊様……間もなく、越中に。」
「ああ……この戦は要となる! 何としても、越中を制すぞ!」
「応!」
そうして。
静氏もまた、北陸の地に詳しい静栄俊を大将に立て。
先鋒の軍を率いさせ、越中に至らんとしていた。
栄俊は加賀と越中の国境たる倶利伽羅峠を越えて越中に入る。
しかし、その時であった。
「! 栄俊様、御服山(現呉羽山)に数多の旗が!」
「あれは泉氏の……義永か、その手の内の者か! くっ……者共、止まれ! 彼奴らがあの山を押さえているとあらば、我らはこの般若野に止まり戦を交えるのみよ!」
「はっ!!」
兼衡が先んじて、彼らの行く先にある山を押さえていると知った栄俊は。
今いる般若野に止まることとしたのだった。
が、その日の夕刻。
「……皆、討ち取れ!」
「はっ、兼衡様!」
「な……く! これは! 栄俊様、泉氏らが生意気にも夜襲を!」
「く……おのれ!」
栄俊らが般若野から進まぬことを察して兼衡は、夜襲を行い。
栄俊ら静氏の先鋒軍を、敗走させたのであった。
「……大儀であった、兼衡!」
「はっ、恐れ入ります義永様!」
そうして静氏先鋒軍の敗走より、二日ばかり後。
義永率いる本隊も、般若野にて兼衡率いる先鋒軍と合し。
加賀と越中の国境にあたる倶利伽羅峠に向けて、軍を発たせたのだった。
◆◇
「も、申し訳ございません維栄様!」
「もうよい! それより……義永共はいずれ攻めて来よう。それまでにこちらも、陣を組み直すぞ!」
「は、ははあ!」
維栄は逃げ帰って来た栄俊を責めることはそこそこに。
自軍の陣を分けさせる。
能登の国志雄山及び、越中と加賀の国境にあたる砺波山と二手に。
「おのれえ、図に乗りおって木曽義永め……北陸で破竹の勢いを湛え、さぞかし図に乗っていることであろうなあ! だが……ここにてそなたらには我らの軍が土を付け、その勢い削がせてもらう!」
「応!!」
維栄は、そうして自軍を鼓舞する。
「ううむ、静氏の陣が見えて来たな! ふん、腕が鳴る。」
「はっ、義永様!」
翻って、倶利伽羅峠へと迫る義永たちである。
「しかしあの数……恐らくは。今静氏の動かせる兵たちのうち多くであると見える。」
「ええ、私も同じでございます。」
走る馬上にて義永は兵の多さを鑑み、考えていた。
「殿、ということは……」
「うむ、巴!」
義永は傍らを並んで馬にて走る妾・巴御前の方にも声をかける。
「すなわち……ここにてあの静氏の軍勢を破れば、我らの勝ちは堅い! さあ皆、この倶利伽羅峠こそ都に至る道そのものぞ! 何としても静氏の者共を打ち倒す!」
「ははあ!!」
義永は巴御前にも、皆にも力強く呼びかけ。
兵を鼓舞する。
◆◇
「維栄様、少しはお休みになりませぬと!」
「ああ、左様であるな……」
その日の夜。
昼間義永の軍がさして攻めて来なかったこともあり、維栄は自軍を休ませていたが。
自らは言いようなき憂いにより、眠れずにいたのであった。
「ううむ木曽義永め……何を躊躇っているというのだ? ……ん!? な、あ、あれは!?」
「え……な、何と!?」
と、維栄が目を光らせていたその時である。
「さあさあ、間抜けにも惰眠を貪りし静氏の者共よ! ここは我らの京入りにおける前祝いの篝火となっていただこうか……この篝火を角に括り付けし、牛共によってな!」
「応!!」
「応!!」
夜討ち、と呼ぶにはあまりにも忍ばぬ攻めだった。
何せ義永が、そしてその兵たちが大声を出し。
数百もの、今義永の弁にもありし篝火付きの牛たちを前に出して攻めて来たのだから。
夜に大きな声が響き、煌々と篝火の輝くなんともうるさき攻めである。
「み、皆起きよ! 引け、引けー!」
これではたまらぬと、維栄は皆を起こし。
牛が既に陣まで迫る中加賀へと、引かんとする。
が。
「待たれい! やあやあ我こそは木曽義永が乳母子にして四天王が一人・火口二郎兼満なり! 静氏の兵共、出会え出会え! 一人たりとも逃しはせぬぞ!」
「くっ……いつの間にやら泉氏の軍に、回り込まれていたというか!?」
行手は義永が四天王の一人・兼満率いる隊に阻まれており。
静氏の軍は、更に道を変えざるを得なくなる。
「おのれえ……謀ったな木曽義永!」
「くっ、このままでは!」
「! し、しめた! 皆の者、あちらには泉氏の軍が来ておらぬ! あの道より逃げれば!」
浮き足立つ静氏軍だが、やがて死中に活を見出す。
と、思いきや。
「!? こ、ここは……が、崖かあ!」
「うわああ!」
「な……み、皆!」
その道は、ただの崖であり。
それとは知らずに向かって行った静氏軍は、数多の兵や将が自ら転がり落ちて行く形になってしまった。
その数、実に全10万のうち7万。
「こ、維栄様!」
「ううむ、もはや我らに打つ手はない……京へ引けええ!」
維栄はもはやこれまでと悟り。
残りの軍を、引き返させる。
「おお……義永様、我らの勝ちでございます!」
「うむ、静氏軍自ら滅ぶ策は成ったか……」
義永及びその周りの兵らは静氏軍が、峠より都へと逃げ帰る様を見て。
大勢は決したと悟る。
「さあ皆の者……これにて静氏の手足はもいだ! もはや我らの京入りを阻む者はなし、ならば! これより先は、ただ京を目指すのみよ!」
「エイエイオー!」
義永は高らかに叫び。
兵らは、勝鬨を上げる。
かくして倶利伽羅峠の戦いは、思いの外早く決したのであった。
◆◇
「何と! 維栄が軍が、敗れたとな……?」
「も、申し訳ございません!」
倶利伽羅峠の戦いより程なくして、多くが失われた軍と共に都に舞い込んだ負け戦の報せ。
それは義永の察した通り、既に静氏より都を守る力が失われたとの意を表していた。
「む、宗栄様!」
「もはや猶予はなし、か……我ら静氏、都を落ちる! それより他に、やむ無し!」
「は、ははあ!」
もはや選ぶことなどなく、静氏の総大将にして中宮の兄たる宗栄は心を決める。
「あ、ははうえ! 鞠がそちらに……ははうえ?」
「あ……すみませぬ皇子。」
中宮聴子は、既に都落ちについて聞いており。
少し、物思いに耽っていたのであった。
「(……半兵衛……)」
「ううむ、鬼神様……おいたわしい。」
「ええ……忌々しきは、あの妖喰い使いらと陰陽師でしょうか。」
時同じくして。
大内裏の一室にて、影の中宮と翁面は碁に興じていた。
「そうしておいたわしいと言わば……静氏も、であるな!」
「! は、鬼神様!!」
しかしその時。
徐に、鬼神の声が響き。
影の中宮に翁面・尉面、さらに泡麿もその場にて直る。
「お戻りと分からず、申し訳ございません!」
「ふふ、よい。それよりも……先ほども我が申せし通り、静氏は今や都を出るより他なくなっておる! しかし……そこにて妖喰い使いが彼奴らと共に行くことなどあれば、まずきことにはなろう?」
「! き、鬼神様……」
しかし鬼神のこの言葉に。
この場の皆が、はっとする。
「ええ、確かに……そうなれば静氏方ばかりが強き力をほしいままにし! 泉氏は瞬く間に、敗れることにもなりかねませぬね……」
「それは誠、誠にまずいことやなあ! 再びの百鬼夜行を育てるんには、まだまだ永く戦い合ってもらわんといかんちゅうに!」
影の中宮と泡麿が、共に付け加える。
「ああ、左様であるな……泉氏方にも妖喰いがないではないとはいえ、心許ない……そこで! 我は恐れを除く策を立てた。」
「策……でございますか?」
「くく……」
鬼神はにたりと笑う。
「妖喰い使い共は京に残させ! 静氏には我らが妖とあれらの力を与える。そうすることにて、泉静の力の均衡を謀るのだ!」
「お、おお……さすがは鬼神様!」
鬼神は尚も笑いつつ、自らの策を語る。
「しかし……妖喰い使い共を静氏に付いていかせぬためには、どうなさるのですか?」
「ふふ……ははは!」
鬼神は影の中宮からの言葉に。
よくぞ聞いてくれたとばかりに笑みを浮かべる。
◆◇
「そうか……そなたらは都を」
「はっ! 帝には申し訳ございませぬが……我が妹及びその皇子も、共に!」
「うむ……止むを得まい。」
そうして、また幾日と経たぬ内。
大内裏にて、宗栄は帝に謁見していた。
既に外には中宮と皇子や侍女らの乗る牛車に。
静氏の侍らが、待っている。
「中宮様。その……達者でな。」
「ああ、半兵衛……そなたはやはり、この都に残るのだな。」
「ああ……」
牛車の外にて。
中で氏式部が皇子を見てくれている中、中宮はやはりと言うべきか。
氏式部の姿で、半兵衛と会っていた。
「……半兵衛、私はそなたに言いたきことが。」
「ああ、俺も……」
そうして、半兵衛と中宮は。
互いに顔を赤らめつつ、言葉を交わさんとしていた。
「……帝。更に、頗る申し上げにくいのですが……」
「……うむ、ひとまず申せ。」
「はっ……」
そうして宗栄は、声を上げかける。
それは、妖喰い使いたちについてのこと。
妖喰い使いらを、是非とも我らが力として共に来させることお許しいただきたく――
そう、大内裏の内でも外でも大切な話が始まらんとしていたまさにその時だった。
「!? くっ、中宮様伏せろ!」
「み、皇子様をお守りせよ!」
にわかに、殺気の雷鳴が轟き。
皆が驚く。
無論、その雷鳴の主は。
「これはこれは静氏の皆様よ……ご機嫌麗しく!」
「そ、そなたは鬼神!」
鬼神、であった。
「くくく……さて。私が今日ここに現れしは他でもない! 皆に、聞いていただきたきことがあってな。」
「な、何?」
しかし鬼神は、ふと雷を止め。
皆に、そう高らかに叫んだ。
それは何の話かと、皆首を傾げるが。
「ああ静氏の皆には知ってもらわねばなるまいな! この妖喰い使い共がしくじり、そなたらが総大将清栄殿が亡くなりし話を!」
「……くっ。」
「な……何と!?」
「や……止めよ、鬼神!」
鬼神のその言葉に、静氏一門は驚き。
その場に来ていた半兵衛に中宮、水上兄弟や弘人も歯軋りする。
そう、鬼神が弄した妖喰い使い共を静氏に付いていかせぬための策とはすなわち。
静氏一門と妖喰い使いたちの、仲を引き裂くことだった。




