#56 式神〜THE FAMILIARS OF THE EXOCIST〜
「ううむ、そうであったか! またも欠片の一つは鬼神の手に……」
「申し訳ございません、帝!」
大内裏、清涼殿にて。
半兵衛に刃坂麿、水上兄弟が帝に謁見している。
ここには当たり前というべきか、弘人の姿はなく。
帝は半兵衛たちより宵闇の欠片が奪われたとの報せを聞き頭を抱えている。
「ところではざさんよお……あんたが使った力があったじゃねえか? あの鬼神さんがどっから攻めて来るか知ることができたり、翡翠の矢を鬼神さんが来そうな所に導いたり……あれは」
半兵衛はそこにて、ふと刃坂麿に尋ねる。
「うむ、あれは千里眼といって。我が阿江家の者であれば誰でも扱える、全てを見通せる力よ。」
「お、おお……なるほど。」
すると。
少しは話を躊躇うかに思えば、思いの外あっさりと語りし刃坂麿に。
半兵衛はやや、拍子抜けしている。
「全てを見通せる力、とお聞きいたしたが……昔も今もこの先も、全て見通せると?」
次には、頼常が尋ねる。
「ああ、全てじゃ。今、水上の兄が言ったことだけではない。人の秘め事など、誠に全てのことが見渡せる!」
刃坂麿は立ち上がって両の腕を広げ、力をより込めて言う。
それはさながら、自らの家に受け継がれし力を誇り喧伝するかのごとき有様である。
「ううむ、羨ましい限りじゃ! 先のことが何でも分かるとなれば、何でもできよう!」
「ふふふ……まあ、むしろ何もできぬのだがな。」
「え? はざさん?」
実庵の言葉に返した刃坂麿の言葉に、半兵衛は首をかしげる。
「いや、こちらの話じゃ。」
刃坂麿は流す。
「では、阿江殿。さらにお聞きしたい。……明日のお菜は何となる?」
実庵のこの言葉には、皆がすっ転ぶ。
「おいおい実庵……せっかく全て見通せるって言うんだぜ? もっと大きな物を見てもらえよ!」
半兵衛が突っ込む。
「なるほど……あれ? じゃあ昨日のことって、あらかじめ全て見抜いてたってことか?」
「ふうむ、それについては言わねばならぬな。」
次に紡がれし半兵衛の言葉に、刃坂麿は返す。
「……この力はいつもは、封じられておってな。力を解き放たぬ限りは千里眼は使えぬし、また、ある訳により、全ては解き放てぬ。解き放ちし力に見合う物、自らが見んと欲した物のみ見ることができるのだ。」
刃坂麿は先ほどの勢いはどこへやら、終いには力なく返す。
「何と……その、ある訳とやらは何か、聞いてもよいか?」
「これ、実庵!」
刃坂麿が言いづらげにしていることについて、踏み込まんとした弟を頼常は咎める。
「いや、わざわざ隠すほどのことでもない。……ただ、全てを解き放てば死ぬというだけじゃ。」
「!? な」
「なんと!」
この言葉はさすがに、皆に息を呑ませるには事足りるものであった。
皆一様に刃坂麿からは目をそらし、如何に言葉を継ぐか迷う始末である。
「うむ、刃坂麿……」
「……はっ、申し訳ございません帝! ……しかし。半兵衛たちよ、そなたらもそう苦むことはない。これは我が阿江家の祖たる幻明の意よ。全てを見抜く力は、場合によりてはこの世の全てを握ることもでき得る。しからば……力はむしろ思うがままに使えぬ方がよいというものよ。」
「はざさん……」
刃坂麿は帝にやや窘められつつも、半兵衛らには事も無げに言う。
「(なるほどな……先を見通す力、か。それって……)」
半兵衛はその刃坂麿の言葉に、ふと考え込む。
そう、先を見通す力といえば。
――主人様!
――半兵衛様!
――半兵衛!
――半兵衛!
――ああ、水上の兄弟! 夏ちゃん、ヒロト! 皆して、この京の都を守って行こうぜ! この、妖喰いの力で!
時折見る、あの夢を思わせる言葉である。
「(さて……私も、自らの落とし前はつけねばならぬな。)」
そうして刃坂麿も、心の内にて言葉を紡いでいた。
もっともこれは、密かな企みではあったがさておき。
◆◇
「ふふふ……ははは! まったく、口ほどにもなき奴らよのお。」
半兵衛らと帝の謁見の後、夜。
鬼神は密かに、大内裏の西側へと降り立つ。
「……来ると思っておったぞ、鬼神!」
「……おうや? ……そなたか、陰陽師!」
が、その時。
にわかに聞こえた声の方を見ればそこには、刃坂麿の姿が。
◆◇
「真なんかい、頼常さん! はざさんが一人で突っ走ってるってのは?」
「ああ……間違いなかろう!」
その頃。
半兵衛や頼常、実庵は。
大内裏の方へと、急いでいた。
如何なる訳か、頼常が刃坂麿の動きを知っており。
彼が一人鬼神との戦に向かったということを受け、今に至るのである。
「し、しかし兄者……何故、阿江殿の」
「! あ、あれは!?」
そこにて実庵が、兄に聞こうとした時であった。
にわかに大きな音が、大内裏の近くより響いたのである。
しかし、それは今刃坂麿と鬼神がいる大内裏の西から響きし音かと思いきやさにあらず。
それは大内裏の、東より響いていたのであった。
◆◇
「ん! い、今の音は」
「ああ案ずるでない……この大内裏の東側にて、我が分け身が暴れておるのみのこと……」
「! なるほど……」
そうして、真に刃坂麿と鬼神がいる大内裏の西にても。
大内裏の東より大きな音が聞こえ、刃坂麿がそれを訝っていたのだが。
今の鬼神の言葉に合点する。
どうやら妖喰い使いたちが来れば、自らのいる所とは逆さまの所へと誘き出すつもりのようである。
すなわち、妨げられぬようにするために。
「そなたも、私と二人のみの戦いを所望か! よい……嬉しいぞ!」
「ふん、強がりを……そなた、私に勝ちしことなどなかろうに!」
鬼神は高らかに、声を上げ。
その身を鎧う宵闇より、暗き紫の殺気を尚控えめながらも激らせる。
「それは舐めてもらっては困るというもの! 破呪、急急如律令!」
「ふん! これしきか!」
刃坂麿は術による攻めを放つが。
鬼神は意に介さず、彼へと向かう。
◆◇
「この!」
「はっ!」
その頃。
大内裏の東にて、半兵衛に頼常に実庵は。
鬼神が宵闇の殺気により作り出したる分け身と、一戦交えていた。
しかし。
「ふんん!」
「くっ! こいつ、やっぱり分け身だな! 声は殆ど出さねえ……だけど、強い!」
「ああ、真であるな!」
分け身とはいえやはり鬼神、宵闇の殺気より作り出されし刃や弓矢にて半兵衛らを手玉にとっていた。
「ん!? な、何だ! あれって……件の、宵闇とかいう妖喰いの欠片が収まってる祠か!? こ、こんな所にも祠があったってのか!?」
「あ、ああ……何故?」
と、その時。
半兵衛らは、ここにも宵闇の欠片収めし祠があったことに。
更にそれが光りしことに驚く。
やがて。
「ぐっ!」
「あ、兄者!」
「あ、ああ……眩しい!」
彼らは更に、その祠の光が更に強まりしことにも驚き――
◆◇
「さあ、終わりぞ!」
「くっ……」
鬼神の刃が、刃坂麿に迫る。
「くっ……式神招来、急急如律令!」
刃坂麿は――自らでも何故かは分からないながらも――気がつけば、呪文を唱えていた。
と、刹那。
祠に収められし物がーー形は分からぬがーー煌めき。
そのまま素早く、鬼神の元へ飛ぶ。
「!? おうや、自ら来てくれるとは……可愛い奴じゃ。」
鬼神がそれを受けんとして、おかしき様を覚える。
祠に収められていたーー宵闇の欠片は、速さを緩めず。
何とそのまま鬼神の面を、斬りつけたのである。
「くっ! ……何、我が物にならぬというのか!」
鬼神の面が欠け、血がほとばしる。
そのまま宵闇の欠片は、刃坂麿の前に立ちはだかる。
「? ……な、これは……?」
刃坂麿は目の前の宵闇の欠片を見て驚く。
それはまごうことなき、式神の札であった。
と、次にはそこより闇色の殺気が、人型に広がる。
それは、折紙のやっこと袴を合わせしような姿。
「宵闇の欠片よ……私に何故、刃を……?」
鬼神は先ほど斬りつけられし傷を押さえつつ、式神型の宵闇の欠片に問う。
しかし、宵闇の欠片は。
そのまま鬼神を、右腕を変えし刃にて斬り捨てる。
「ぐ……ああ!」
「な……?」
「な、何故じゃあああ!」
鬼神はかつてなく、激しく揺らぐ。
「くっ……貴様、何をした! 陰陽師!」
鬼神は、口より言葉を絞り出す。
その身は未だ欠片揃わぬ宵闇の、殺気にて覆われてはいるが。
同じく宵闇の殺気であるためか、宵闇の欠片はそれも関わりなく鬼神に傷を刻みつけた。
斬られしは左肩より右脇腹まで、斜めにである。
血がほとばしり、ややよろけてはいるが。
それでも倒れこむことはない。
鬼神は力のみならず、身体も強き者のようである。
「答えよ!」
「……破魔、急急如律令!」
食ってかかり、刃坂麿に斬りかからんとする鬼神に。
刃坂麿は動じつつも落ち着き、新たに宵闇の欠片に命ずる。
宵闇の欠片は刃坂麿の命ずるがままに、再び右腕を変化させし刃にて。鬼神に斬りかかる。
「くっ! まだ刃向かうというのか!」
此度は鬼神も、侮ってはいないため。
宵闇の欠片が差し向けし刃を自らの右腕の刃にて、受け止める。
「ふん……図に乗るな! 私を殺せると思うてか!」
「鬼神よ……今やそなたが血を流しておる! ならばそなたの負けよ!」
「黙れえ!」
刃坂麿は鬼神に叫ぶが、鬼神は聞く耳を持たず。
尚も宵闇の欠片と、戦う。
鬼神は宵闇の欠片の刃を、右腕の刃で防ぎつつ。
左腕の刃にて、宵闇の欠片に斬りかかる。
「……破魔、急急如律令!」
刃坂麿も尚も。
新たな命を叫ぶ。
命を受けた宵闇の欠片も、左腕を刃へ変化させ。
鬼神の左腕の刃を、受け止める。
「図に乗るなと言っておろう! 陰陽師ごときが!」
鬼神も未だ、引かぬ。
鬼神の先ほど負いし傷は、浅くはないはずであるが。
既に、血の流れておる様ではない。こんなにも早く、傷がふさがるとは。
「どうだ! さあ、此奴を渡せ!」
鬼神は勢い衰えず、宵闇の欠片を押し切り。
刃坂麿は苦しき様にて、耐える。
「翡翠……行け!」
「おうりゃあ!」
「ふん!」
「!? く……一国半兵衛共か!」
と、その時である。
にわかに叫びと共に、数多の矢と伸ばされし殺気の刃が鬼神を襲った。
半兵衛や水上兄弟が大内裏の東にて鬼神の分け身を倒し、刃坂麿を助けるべくこうして駆けつけたのである。
「はざさん、逃げろ!」
「いいや……私には、あの鬼神に抗する手立てがあるが故に引けぬ!」
「……え? くっ!」
いや、半兵衛や水上兄弟のみではなかった。
そこに躍り出し影が、もう一つ。
「ぐうっ! 陰陽師……貴様!」
「愚弄してくれしことへの礼だ……とくと味わうがいいぞ!」
「は、はざさん……そいつはあっちで鬼神さんの分け身を倒してくれたんだがそりゃ」
そう、大内裏の東にもありし祠より出てきた式神型の宵闇が欠片である。
刃坂麿は大内裏の西と東、それぞれより出し式神型の宵闇の欠片を鬼神に差し向け。
鬼神はそれらを、何とか抑える。
「ああ、此奴は我が式神となりし宵闇の欠片よ!」
「……ええ!? よ、宵闇の欠片が!?」
半兵衛らは刃坂麿の言葉に、驚く。
「く……もはや退け時であるな! 陰陽師、この礼はいずれ返させてもらう!」
「! く、待て!」
が、鬼神は負けを悟り。
組み合う式神二つを自らより引き離し、高く飛び上がり姿を消す。
「……逃がしたか!」
「ああ……さあてはざさん! もう逃さねえぜ?」
「む! そなたら……」
悔しがる刃坂麿だが。
半兵衛らは彼を、訳を話すよう求めるべく取り囲んだのだった。
◆◇
「さあ、此度は奪わせてもらうぞ!」
「させるかよ!」
それより、二年ほどの間にも。
鬼神と妖喰使いたちとの戦いが繰り広げられ続けた。
「さあ……皆よ、用意はよいか!?」
「はっ、維栄様!」
そうして大内裏の東西にての戦いより二年ほど経った後。
所は、倶利伽羅峠にて。
「木曽義永め……北陸で破竹の勢いを湛え、さぞかし図に乗っていることであろうなあ! だが……ここにてそなたらには我らの軍が土を付け、その勢い削がせてもらう!」
「応!!」
維栄率いる軍は。
十万の兵により、今まさに義永を追討せんとしていた――




