#39 送葬〜TO MOURN FOR THE GENERAL SEISI DECEASED〜
「ううむ……無念である清栄よ……」
帝は、清栄の棺の前で手を合わせる。
所は、六波羅の静氏屋敷。
清栄の葬儀が、執り行われている所である。
富士川にて静氏・甲斐泉氏、そして頼暁らが対峙した戦の後。
黄瀬川駅での頼暁・義角の兄弟二人の涙の再会より更に後。
頼暁はそのまま、静氏を追撃すべく京へ攻め込まんとするが。
上総氏や千場氏の進言により、まずは東国の平定に専念することとする。
しかし、その間にも。
泉氏は各地で蜂起を続けていた。
そうして美濃に続き、山元義恒率いる近江泉氏まで蜂起するが。
盛り返した静氏により、どうにか鎮められる。
と、このように静氏には気の抜けぬ有様が続いていたのだが。
そのような時に、帝より。
法皇による再びの院政が始められることが告げられた。
清栄はそれに対し。
少しでも法皇の力を削がんとして、南都の寺社に焼討を行う。
しかし、そんな中。
にわかに静氏の屋敷に、姿は獅子に似て恙虫なる妖の群れを数多生み出せる妖・恙が現れた。
半兵衛と遅れてやって来た水上兄弟により、からくも妖は屠られるが。
それから間もなく清栄は、謎の熱病に罹り亡くなったのだった。
「改めて……私の傍らにて、政を助けてくれしこと大儀であった……」
帝は、少し言葉に詰まりつつも。
尚も弔辞を読み続ける。
「くっ……まさかこんなことになるなんてな。静氏屋敷であの妖たちを倒した時は、あんなに丈夫そうだったってのに……」
「うむ、清栄様……」
「う、うむ……」
「? 頼常さん?」
が、半兵衛の小声での呟きに。
頼常は、何やら思い詰めた有様である。
「どうしたんだ、頼常さん?」
「そうだ、どうしたのだ兄者?」
「……いや、何でもない。」
頼常は半兵衛と実庵の問いに答えない。
それもそのはずである。
あの時の妖――恙と恙虫を倒した時。
何やら、恙虫の中に一つだけおかしな方より来たものがあったような。
もしや、それは――
それを頼常は、あの静氏屋敷で妖を倒した時より長々と考えていたのであるが。
その考えが正しいのか確かめる術はもはやなく。
あくまで胸の支えほどのものでしかないからである。
「あっ、中宮様!」
「!? え?」
半兵衛の声に、頼常が顔を上げれば。
前には、聴子が。
「そなたらがこの前、我らが屋敷を襲いし妖らを屠ってくれた時。父上は大層お喜びであったぞ。」
「ああ……俺たちにも、ありがたかった。」
「は、ありがたきお言葉!」
「……ははあ!」
聴子の言葉に、半兵衛と水上兄弟も礼を返す。
「それが終いの思い出になったこと、それのみにても父上にはよい冥途のお土産となられたであろう……大儀であった。」
「ああ……ありがたいお言葉だ。」
「ははあ!」
「……はっ!」
聴子はまた、礼を言う。
しかし、他の者たちをよそに頼常は。
先に述べた胸の支えがあるために、素直には喜べない。
かくして、葬儀は進んだ。
◆◇
「ううむ……皆の者よ! これまで静氏を支えてきた清栄殿の死……私もまた、無念である!」
「法皇様……」
葬儀の次の夜。
法皇は弔いの儀を行うとの呼びかけにより、聴子や帝、静氏一門や妖喰い使いらを大内裏の清涼殿に呼び寄せていた。
「しかし! ……案ずることはない。静氏一門は、嫡男である宗栄殿が継がれる!」
「はっ……皆よ!」
法皇の呼びかけと共に、宗栄は前に出る。
「私は清栄が三男、静宗栄である! 父を失いしこと、我が一門にとりて大きな痛手となろう……しかし! これからは私が、強き静氏を作って行く。だから皆の者……心して、付いて来よ!」
「応、応!!」
宗栄の呼びかけに、一門は力強く応える。
「……そして、これからは法皇たる私が! 今は帝、そして幼き言人皇子が帝となった暁に院として政を執り行なう! 皆の者……心せよ!」
「……ははあ、法皇様!」
この法皇の呼びかけには、今清涼殿にいる皆が応える。
「(どっちかってえと……清栄様の弔いよりは、そっちを宣いたかったんだよな法皇様?)」
半兵衛も、頭を下げつつ。
心の内では、そんな冷めた思いを抱く。
そして。
「(……はざさんはどこ行ったんだ? 近頃見ねえが。)」
半兵衛には、恙らとの戦にすら出ていなかった刃坂麿のことも気がかりであった。
「……では、楽士たちよ! 今こそ謡にて、清栄の魂を弔うように!」
「はっ!」
法皇の呼びかけに、弘人を初めとする楽士たちが出て来る。
彼らは五人出て来るや、そのまま奏で始める。
それぞれに笛、大鼓、小鼓、太鼓、扇を持っている。
そうして扇を持つ弘人は、謡を始める。
「(氏原、弘人さんか……"ヒロト"……うん、違うんだよな……)」
半兵衛は弘人の、笑った公家のような面を見つめる。
思えば、弘人が出て来たことにより。
半兵衛は自らの夢を、正夢であると気づいたのであった。
その時は、"夏ちゃん"がいなかったこと。
何より、弘人自らが刀など触れたこともない楽士であると言ったために一度は諦めていたのだが。
やはり夏加が出て来たことにより、再び望みを抱き。
更に"ヒロト"も、探したいと思ったのである。
「おお……」
「うむ、兄者……相変わらずの美しき弦楽よのお……」
「う、うむ……」
が、考えを廻らせていた半兵衛はその見事な謡に、聞き惚れる。
一門や聴子、帝に実庵も。
更に頼常も、酔い痴れる。
まるで胸の支えが、取れるかのような――
が、その時であった。
「! おい、何故謡を止める?」
「ん?」
酔い痴れていた皆が、驚いたことに。
弘人はにわかに、謡を止めたのである。
「申し訳ございませぬ……弔う心もないのに、謡などしてもと思いまして。」
「な……!?」
が、弘人は悪びれつつ。
とんでもないことを言う。
「そなた、何のつもりか!」
「ほほ……このつもりよ!」
「なっ!」
弘人は宗栄の怒声に、面を脱ぎ捨てて応える。
果たして、その姿は。
「……私こそ、天狗面よ!」
「な……ま、まさか!?」
皆、息を呑む。
現れたのは、面の下の素顔――ではなく。
天狗面の、男の姿である。
◆◇
「なっ……あんたが、天狗面だって!?」
半兵衛は立ち上がりつつ、叫ぶ。
「ひいい!」
「うわああ!」
一門はその姿に、恐れを抱く。
「ああ……これを、知っておろう?」
「くっ!」
天狗面は徐に、刀を抜く。
その刃は、暗き紫の色に光る。
「……なるほど、そなたであったか!」
「! ま、待て!」
実庵はその姿を見咎めるや否や。
天狗面へと、刃を抜き斬りかかる。
「ふん!」
「くっ! ……謡の楽士、そなたが、我らの父を!」
天狗面は実庵の刀を容易く受け止める。
「ああ……そなたらの父とは弱き者よのお。手応えがなく、物足りなかったぞ!」
「くっ……そなたあ!」
「ふん!」
「ぐっ!」
天狗面は実庵を、その刃ごと飛ばす。
「実庵!」
「あ、妖喰い使いらよ! 我らを守ってくれ!」
「……ああ。言われるまでもねえ。」
これを見ていた帝は、半兵衛に声をかける。
半兵衛はこれを受け、少し間を置いて応える。
が、半兵衛には気になることが。
「(ふーん……もしかして)」
「くっ……天狗面め!」
半兵衛が考えていると、彼はその目の端にて頼常が動き出した様を捉える。
「(そうか!)……悪い!」
「な……モガっ、何をする半兵衛殿!」
半兵衛は徐に何かを思いつき、自らの横にいる頼常の口を塞ぎ。
そのまま、天狗面が左を向いている内にその右に再び来た実庵に声をかける。
「頼常さん! 天狗面を右から攻めろ!」
「!? え?」
頼常、と呼びかけられた実庵は首を傾げるが。
天狗面が右を向いたその時、実庵と天狗面の間に割って入るは。
「はっ!」
「くっ! 水上、頼常ではなくそなたか!」
半兵衛である。
「ああ……さあ、死合わねえとなあ!」
「くっ!」
そのまま半兵衛は、天狗面を清涼殿の外へ押し出し自らも出る。
「さあて……ここなら、思うがままに暴れられるな!」
半兵衛は天狗面を睨み、刃を構える。
さあ、ここから――
が、その時である。
「静清栄を……そなたらは守れなかった。」
「! ……何だって?」」
にわかに耳元に響いた呟きに、半兵衛は首を、かしげる。
それは、天狗面より聞こえた言葉である。
「……それ!」
「! おい、逃げるのか!」
が、半兵衛の隙を突き。
天狗面は、飛び上がり近くの屋根に降り立つ。
「元より、此度は顔見せよ……楽しみは、とっておけ!」
「あ、待て!」
天狗面はそのまま、夜の闇に消える。
「俺たちが、清栄さんを守れなかった……? どういう」
「! どうした、半兵衛殿?」
「! え?」
再び考え込む半兵衛であるが。
後ろより頼常に声をかけられ、驚く。
「そうだ、先ほどのあれは何だ? 我らを邪魔しおって!」
「あ、ああ……悪い。」
頼常の誹りもそこそこに。
半兵衛は、またも考え込む。
「ううむ……あの楽士が、水上兄弟の仇たる天狗面であったとは……なんと、嘆かわしい!」
法皇が清涼殿の中より、声を上げる。
「はっ、法皇様。……宗栄よ、多難な中での後継ぎであるが……」
「……はっ、帝! お気遣いありがたき幸せ……」
帝の言葉に、宗栄は頭を下げる。
「……皆の者! 我ら静氏一門は今こそ、威容を示さねばなるまい。さあ……我らに楯突く者、許すまいぞ!」
「応!」
宗栄の呼びかけに、一門はまた力強く応える。
◆◇
「雪家様! 静氏共が迫って参ります。」
「うむ。」
清栄が死んでより、幾月か後。
尾張・美濃国の境目にあたる墨俣川で。
かつて以人王より”令旨“を津々浦々に伝える役を担った泉雪家は、静氏を迎え討つべく待ち構えていた。
「維栄様、重平様! あれぞ墨俣川です!」
「おお! ……さあ皆の者、心してかかるぞ!」
「応!」
維栄率いる静氏一門も、富士川での醜態はどこ吹く風とばかりに。
勇ましく、墨俣川へと迫っていた。
全ては、亡き清栄を弔うため――




