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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 影侍(氏原弘人編)
38/62

#38 危篤〜THE GENERAL SEISI FALLING INTO A CRITICAL CONDITION〜

「次のお話は?」


 幼い日の今上の帝は、祖母たる建礼門院に話をせがむ。


 が、建礼門院は何やら憂いを帯びた目で外を見つめる。


 外は、既に夜であり。

 雲の絶え間より、月明かりが差していた。


「……どう、されたのです?」


 今上の帝は、幼いながらもその有様に何かを感じ。

 恐る恐る、建礼門院に尋ねる。


「……ああ、すみませぬ。……では、お話を。」


 建礼門院は目元を拭い、改めて話し始める。


 ◆◇


「まったく……屋敷を襲うたあ中々じゃねえか!」

「がああ!」


 半兵衛は目の前の妖・恙に言う。

 無論、妖はそれには答えず。


 ただただ、唸るのみ。


 富士川にて静氏・甲斐泉氏、そして頼暁らが対峙した戦の後。


 黄瀬川駅での頼暁・義角の兄弟二人の涙の再会より更に後。


 頼暁はそのまま、静氏を追撃すべく京へ攻め込まんとするが。


 上総氏や千場氏の進言により、まずは東国の平定に専念することとする。


 しかし、その間にも。

 泉氏は各地で蜂起を続けていた。


 そうして美濃に続き、山元義恒率いる近江泉氏まで蜂起するが。


 盛り返した静氏により、どうにか鎮められる。

 と、このように静氏には気の抜けぬ有様が続いていたのだが。


 そのような時に、帝より。

 法皇による再びの院政が始められることが告げられた。


 清栄はそれに対し。

 少しでも法皇の力を削がんとして、南都の寺社に焼討を行う。


 しかし、そんな中。

 にわかに静氏の屋敷に、妖が現れたのであった。


「おいおい……何とか言ったらどうだ?」

「がああ!」


 半兵衛は再び、恙に語りかけるが。

 恙は尚、ただ唸るのみである。


「そっか……あくまで答えちゃくれねえか!」

「がるる……がああ!」

「ひいい!」

「おっと! 皆、下がっててくれ!」


 恙が動き出した。

 半兵衛は紫丸を抜き、立ち向かう。


「がああ!」

「おうりゃ!」


 飛び上がり、口を開いて恙が剥いてきた牙に。

 半兵衛は紫丸の刃を打ちつける。


 紫丸の刃は、恙の血を求めてか蒼く光る。


「ほう……見ろ! あんたも喰いたがっているみてえだが、これもあんたを喰いてえって言ってるぜ!」


 半兵衛は自らの刃を見て、恙に叫ぶ。

 恙は唸りながら、自らの牙を立てている。


 よし、このまま――

 しかし、その時である。


「くっ!? これは」


 半兵衛が、驚いたことに。

 恙の身体からは、何やら夥しく虫が飛び出す。


 どうやら身体に生える毛の林に潜んでいたようである。


 それは小さな妖・恙虫(つつがむし)

 言うなれば、雑魚であるが。


「こりゃ……このために今刃咥えられてんのかい!」


 半兵衛は迎え討とうにも紫丸の刃を恙に咥えられており、身動きが取れない。


 が。


「はあ!」

「たあ! ……半兵衛殿、手柄の横取りは許さぬぞ!」

「おやおや……水上の兄弟方かい!」


 そこへ放たれたのは数多の殺気の矢と伸ばされた殺気の刃である。


 それらを放った主である、水上兄弟も戦場へと降り立つ。


 たちまち殺気の矢と刃は、飛び出した恙虫の群れを悉く葬って行く。


「おお……やるねえ!」


 半兵衛は尚も恙と鍔迫り合いとなりつつ、兄弟を讃える。


「半兵衛殿! この虫共はキリがない!」

「くっ! 悔しいが、そなたが大元たるその妖を叩くのだ!」

「おお……まあお易くはねえが悪くもねえ御用だな、えい!」

「があ!」


 水上兄弟よりせがまれ。

 半兵衛は嬉々として紫丸の刃を伸ばし。


 それにより恙の牙から紫丸を抜き、大きく振るう。

 恙は、弾き飛ばされる。


「ぐるる……があああ!」


 が、恙もすぐに起き上がり。

 半兵衛を睨み、先ほどよりもさらに数多の恙虫を放つ。


「くっ、兄者! 屋敷の中へは入れさせまいな?」

「ああ、その通りよ!」


 水上兄弟は屋敷の門の上に登り。

 あわよくば中に入らんとして迫り来る恙虫を、また屠って行く。


「さあ改めて……死合おうぜ!」


 半兵衛も、恙を見つめて構え直し叫ぶ。


 ◆◇


「おやおや……まさか、いきなり静氏屋敷へ直々に攻めるとは。」


 この戦場を少し離れた高みより、影の中宮が見つめていた。


「ああ……まあ()()()()()、静氏屋敷諸共一門を潰したい所やな。」

「あらまあ。」


 泡麿の言葉が引っかかり、影の中宮は彼に狐面を被った顔を向ける。


()()()()()……ですか。いつものあなたにしては、なんと弱々しきお言葉。」

「ははは……まあこいつは、雑魚やからな!」


 泡麿は、手に乗せた恙虫を見せつつ言う。


「……まあとはいえ、案じなさんなや! 雑魚には雑魚の、やり方っちゅうもんがあるさかいな!」

「ほほほ……まあ、楽しみにしていますわ。」


 泡麿の言葉に、影の中宮は微笑む。






「何!? 外に妖が?」

「はっ、清栄様!」


 静氏屋敷の中にて。

 清栄は従者より、話を聞き驚く。


 そうして、いても立ってもいられなくなり。


「き、清栄様!」

「ふん、我が屋敷を攻めるなどと……恐らく、狙いは私じゃ! ならば……逃げも隠れもせぬということを、見せてやらねば!」

「お、お待ちください!」


 清栄は従者が止めるのも厭わず。

 外に出ようとするが、その時。


「……くっ!」

「! き、清栄様!」


 清栄はにわかに、足裏におかしな様を覚え蹲る。


「ど、どうされました?」

「あ、いや……何か、尖物でも落ちていたようじゃ。……さあ、何はともあれ、外へ行くぞ!」

「は、はい……いえ、お止めくださいませ清栄様!」


 しかし清栄はすぐに立ち上がり。

 そのまま外に出んとする彼だが、再び従者に止められる。


 ◆◇


「はあ!」

「がああ!」


 再び、屋敷の外では。

 半兵衛は、恙と戦う。


 恙が牙を剥けば、敢えて紫丸を咥えさせ鍔迫り合いをし、殺気の刃を伸ばして斬り払い。


 爪にて向かってくれば、そこに紫丸の刃を打ちつけて斬り払い。


 と、なかなかに恙はしぶとい。

 何より。


「くっ! 兄者、くたばっていないか!」

「ふん実庵、そなたそれが兄に聞く言葉か!」


 水上兄弟も尚、苦しむ通り。

 恙より湧き出る恙虫もまた、一つ一つは弱いながらもしぶとさを持ち。


 尚且、群れればそれなりに相手を苦しめるのである。


「頼常さん、実庵! そうだな……俺が、大元になるこいつを叩けばそれで済む話なんだが……」


 半兵衛も、恙に苦しみつつ。

 水上兄弟が苦しむ恙虫をもどうにかせねばと、考えをめぐらしている。


「くっ、どうすればいい? ……くっ!」


 恙とは間合いを取り、考えあぐぬく半兵衛であるが。

 半兵衛とて、戦わねばならぬのは恙のみではない。


 恙虫も、水上兄弟にばかり向かう訳ではなく。

 恙を守らんとしてかその周りに多くはないものの群がり。


 恙と共に、襲って来るのである。

 半兵衛はそれらの恙虫も、紫丸にて斬り払って行く。


「くっ、せめてあいつだけに力を放てれば……ん?」


 と、その時。

 恙が、空へと飛び上がり。


 半兵衛めがけ、襲いかかって来る。


「くう……もうこうなりゃ、破れかぶれだあ!」


 半兵衛は、意を決し。

 徐に、紫丸にて地に円を描き出す。


 いや、一回りのみではない。

 幾度も回り回って、やがて風を――旋風を起こす。


 それはそのまま、空に飛び上がった恙を捉える。


「さあ、妖よお……! こっからは……俺と、あんただけの戦場だよ!」

「がああ!?」


 恙も、戸惑ったことに。

 その周りに群れていた恙虫共は、旋風により引き剥がされ。


 恙自らも旋風に捉えられ、空に括り付けられる。

 半兵衛は、その間自らが起こした旋風を足場に空を走り。


 恙のみを狙い、紫丸を振り上げる。


「おうりゃあ!」

「ぐるる……があああ!」


 半兵衛はそのまま恙を、すれ違い様に紫丸にて一閃する。


 たちまち恙は上下に裂かれ。

 血肉となり、殺気纏う蒼き旋風を、紫丸の蒼き刃を。


 紫に染める。


「おお! お見事じゃ!」

「実庵、気を抜くな! 未だ虫共は、数多いるぞ!」

「お、応!」


 実庵はその有様に、歓声を上げるが。

 兄に窘められた通り、未だ恙虫は数多残っている。


 が、兄弟には既に()()()があった。


「実庵、今よりそなたを飛ばすぞ! ……分かるな?」

「む! ……まったく、人使いの荒き兄者め!」


 兄弟は、軽口を叩きつつも。

 頼常は徐に、回り出す。


 それにより先ほどの半兵衛のごとく、旋風が起こり。

 やがてその旋風は、先ほどの半兵衛の如く実庵を取り込み飛ばす。


 いや、それのみではない。

 旋風には、頼常が放った殺気の矢も数多乗る。


 更に、先ほどの半兵衛よりも勢いを増し。

 残りの恙虫を、全て引き寄せて行く。


「ん?」

「!? どうした、兄者?」

「あ、いや何でも。さあ……実庵!」

「う、うむ! ……さあ、喰らえいや、喰らう、妖共!」


 少し何かを訝った頼常を、訝りつつも。

 実庵はそのまま兄の導きにより、旋風の中で翡翠の殺気纏わせた刃を振るう。


 たちまちその刃と、数多の殺気の矢により。

 恙虫は全て血肉となり、緑の殺気の色に染められて行く。




「頼常さん、実庵!」

「うむ、半兵衛殿!」

「うむ……」


 かくして、全ての妖を屠った妖喰い使いらは。

 互いに駆け寄り、笑う。


 しかし頼常だけは、浮かない顔である。


「まったく、人の技物真似したな!」

「はは、いいのだ! 守・破・離……すなわち、全ては真似から来ているのだからな!」

「ったく、調子いいな……いや、待て? それって、"師の"教えを守・破・離するってことだろ? すなわち……俺はあんたらの、師ってことか!」

「な……図に乗るな!」

「ううむ……」

「? 兄者?」


 尚も戯れ合う半兵衛と実庵であるが。

 実庵は、未だ何かを訝っている兄を案じる。


「! あ、いや……何でもない……」

「おお、妖はすっかりいなくなったか。」

「! き、清栄様!」


 が、そこへ。

 清栄が、屋敷の中よりやって来る。


「清栄様! 此度は」

「いやいや、堅苦しきはよい! ……またも、我らを守ってくれしことありがたく思うぞ。」

「ははあ! ありがたき幸せ……」

「ああ、照れるなあ。」


 清栄は半兵衛と水上兄弟を、褒め讃える。


 ◆◇


「ふうむ……どうやらそなたの策はしくじったようですわね。」

「ああ……()()()では、そやなあ。」

「……ほう?」


 戦場を見つめる、影の中宮らだが。

 影の中宮に咎められつつも、何故か泡麿は尚飄々としている。


「まあ影の中宮様! 少し待ってはりますかいな? この策は、じきに実を結ぶからなあ!」

「……よいでしょう。」


 何やら話が読めないが。

 影の中宮はひとまず、泡麿にまだ任せることとした。





「(ううむ……旋風にて引き寄せられた虫のうち、一つのみあらぬ方から来たように見えたが……?)」


 清栄より褒められつつも。

 頼常は先ほど覚えたおかしな様を、尚も訝っていた。


 しかし、それから幾日も経たぬ内であった。


 ◆◇


「ち、父上!」

「う、く……」


 清栄は、病に倒れた。

 屋敷は、側近たる静栄国(さかくに)のものに移っていた。


 その病状は。

 あたかも身体の中に、火を焚いているがごとき熱を出して苦しむ有様であった。


「父上! お気を確かに……只今、冷水を入れました石の風呂に、父上をお入れいたします故に!」

「う、うむ……」


 枕元で清栄が三男・宗栄(むねさか)が励ます。

 三男と言っても、既に長男たる重栄は死んでおり。


 次男、宗栄にとっては次兄にあたる基栄(もとさか)も、若くして死んでいた。


 このため、宗栄が今や嫡男(跡取り)にあたるのである。


「宗栄様! 石風呂の支度が整いました!」

「うむ! ……さあ、父上。」

「う、うむ……」


 従者らは清栄を、石風呂まで運び。

 その冷水の中に、清栄を入れる。


 これで、少しばかりは身体が冷えるであろう――

 宗栄は、そう考えた。


 しかし。


「うあああ!」

「!? ち、父上え! 何だ、冷水を張れと申したであろう?」


 宗栄や従者らが、驚いたことに。

 清栄の入った石風呂の水は、ごぼごぼと湧き立った湯である。


 が。


「い、いえ! 私めらは確かに冷水を」

「く、もうよい! 早く父上をお引き上げせよ、石風呂の水は次こそ、冷水にせよ!」

「は、ははあ!」


 従者らも、訳が分からぬが。

 宗栄の叱りにより、再び動く。


 しかし。


「うあああ!」

「父上! ……くっ、確かに此度は冷水であったはずであるのに……?」


 宗栄はついに、首を傾げる。

 確かに今入れ替えられた水は、自ら冷えていることを確かめたのだが。


 清栄の今、改めて入った水からはごぼごぼと泡が出ている。


 やはり、湯である。

 これは――


「これはまさか……父上のお身体が、そこまでお熱いということなのか!?」


 宗栄は、未だ信じられずにいた。

 だとすれば、どうすればよいのだ――



 そのまま、幾日か経った頃。


「うう……宗、栄……」

「! はっ、父上……あなた様が愚息、宗栄はここに。」


 清栄の言葉に、宗栄は耳を傾ける。


「……わしは、この世に何も……思い残すことはない。」

「……はい、父上。」


 宗栄は清栄のこの言葉に、腹を決める。

 父は、最期を悟っている。


 ならば、私がこの静氏を――


「……ただ一つを、除いてはな。」

「!? 父上。」


 しかし宗栄は。

 父からの次の言葉に、驚く。


「……我らに楯突く泉氏が総大将・頼暁……あの者め、命を救ってやった恩も忘れおって……その首を、見れずじまいであったことよ……」

「ち、父上!」


 清栄は尚も喘ぎつつ怨嗟を口にする。

 それは、頼暁が挙兵したと聞いた時より思っていたことではあったが。


 かつて、彼を捕らえて一度は殺さんとした時のことを思い清栄は歯軋りする。


 しかし、そこへ継母たる禅尼の『子まで斬っては仏の道に背く』との言葉があり。


 止む無く、伊豆への配流としたのである。


 あの時、禅尼の言葉を受けて情けをかけたりしなければ――


 千載一遇の機を逃したという悔いは、禁じ得ない。

 が、もはや自らにその尻拭いは出来ないとも悟っており。


「……左様である、宗栄。」

「は、はい? 父上」

「宗栄。……わしの墓前に、必ずや頼暁の首を取り備えよ。その他に、我が魂を供養する術はもはや、ない……」

「ち、父上!」

「……よいな、宗栄……」

「……は、はい! 必ずや、私が!」


 清栄は思いを、宗栄に託す。

 そうして。


「……父上?」

「……」

「父上!」


 それが清栄の、遺言となった。


 ◆◇


「何!? ち、父上が……?」

「はい、中宮様……」

「そ、そんな……」


 大内裏にて。

 氏式部より清栄についてを知らされた聴子は青ざめ。

 扇を、取り落とす。


「ははうえ?」

「……皇子。」


 落とした扇を訝り、近づいて来た皇子――我が子を。

 聴子は、しかと抱きしめる。

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