#33 川戦〜THE SEN-SEI WARS IN THE RIVER〜
「頼暁様……皆、支度は整っております!」
「うむ!」
黄瀬川の陣にて。
土井実衡からの報せに、頼暁は大きく頷く。
水上兄弟と影の中宮一派の戦いより、十日余り後。
維栄率いる、官軍の大義名分を賜った静氏軍は。
頼暁を討つべく、その足を進めていた。
しかし水上兄弟と半兵衛の戦の後。
それによる乱れや、また総大将たる維栄と次将との諍いにより。
この静氏軍が京を発つ日は遅れてしまい、その間に頼暁の安房での再挙と兵を整えての鎌倉入りを許してしまったのである。
更には甲斐や木曽でも、泉氏の蜂起が進む中。
頼暁の弟・九郎義角も兄に合したいと思い進軍した矢先に妖の群れに遭い、戦っていた。
しかし、その行手を阻んだのは半兵衛を装った天狗面――帝に仕える楽士でもある、氏原弘人だった。
戦いの後天狗面は、義角に手傷を負わせてひとまずはその場を後にする。
が、またも義角の軍勢の前に現れ。
夏加と戦った後、彼らを誘い出すべく逃げる。
その天狗面が、誘い出した先が。
先ほどまで泡麿と、半兵衛・頼常が戦っていた所だったのである。
そのまま出会ってしまった半兵衛・頼常と、義角・盤慶・夏加――言うなれば、泉静の妖喰い使いは。
自ずと、戦となった。
しかし、そこで。
影の中宮の右腕・泡麿の企みにより心の隙間を突かれた夏加は操られてしまう。
その夏加も、半兵衛・義角・頼常・盤慶の力により解き放たれるが。
次にそこへ襲いかかったのは、泡麿であった。
そうして、妖喰い使いらと影の中宮一派が戦う中。
「さて……静氏よ、どう動くかな?」
義角は間に合わぬまま、富士川の泉静合戦は始められてしまうのであった。
◆◇
「こ、維栄様……甲斐泉氏めが既に、富士川が東岸に……」
「うむ……おのれ……」
静維栄は、陣取るべく富士川の西岸を目指し兵を走らせているが。
従者からの報せに、眉根を寄せる。
甲斐泉氏からの煽らんばかりの果たし状を受け。
彼らに目に物見せるべくここまでやって来たものの。
既に大場、立花ら東国に在地の静氏方武将は泉氏により敗れ。
彼ら在地の武将を使い逆賊を叩こうという策は既に潰えている。
おまけに先にも述べた通り、飢饉により兵糧を補い切れず士気も低まっている。
もはや戦など、出来る有様ではなかったのである。
「しかしもはや……ここでのこのこと逃げ帰る訳にはいかぬ!」
が、維栄には。
もはや後戻りすることなど、選ぶゆとりがないのである。
「……皆の者! 我らに逃げ道はない……ここは持てる限りの力を振り絞り、精々足掻こうぞ!」
「……応!」
維栄は、どこまで効があるかは分からぬながらも。
兵らを、鼓舞したのだった。
◆◇
「うおりゃあ!」
「ぐっ!」
「よ、義角様!」
その頃、泡麿と戦う義角らだが。
義角は泡麿の左手に取り憑く水虎に力負けし、弾かれてしまう。
「義角さん!」
「今、矢を射る!」
そんな義角を、助けるべく。
頼常は再び矢を、泡麿に向けて射る。
「おやおや……白溶裔! 右腕からあんたは切り離すがよろしくやで!」
「がああ!」
しかし、泡麿は。
右腕より白溶裔を切り離し、半兵衛らへと改めて向かわせた。
矢を尽く防ぎ、白溶裔はそのまま半兵衛へと迫る。
「くっ! ったく……つくづく、厄介な相手だな!」
半兵衛は白溶裔の攻めを、また紫丸にて受け止める。
心無しか、前に相手取ったものよりも強くなっているようである。
「はああ!」
「うおっと! ……こりゃあ、ちいと侮ったなあ!」
そうして、そのいざこざの間に。
義角は立て直し、再び薙刀を振り回して泡麿へと迫る。
「……早風の法!」
「くっ! ……ったく、ちょこまかと!」
義角はそのまま、またも大日の法を使い。
目にも止まらぬ速さで、泡麿を翻弄する。
「えい!」
「ぐるる!」
「がるる!」
そうする内、継真らを取り囲んでいた送り狼らも。
義角により、放たれた蝦夷の神々により尽く跳ね除けられ。
さらに継真・忠真の兄弟も。
塩山の法により築かれた塩の山を土塁代わりとし、妖には効かぬと分かりながらも刃や矢でせめてもの抗いを見せる。
「濡手の法! ……よし、これならば!」
義角は尚も泡麿を攻めつつ、大日の法のまた一つを使い周りの有様を見て、少し心が安らぐ。
これで、この蛙面を――
が、その時。
「! ……これは!」
義角は濡手の法にて見ていた景色の中、盤慶と夏加の所を見て驚く。
そこには――
「化け物娘……よくもまあ、暗い紫の妖喰いの力から脱するとはな。」
「くっ……天狗面!」
天狗面を付け直した、氏原弘人の姿が。
「くっ……夏加、盤慶!」
「おやおや……よそ見しとる場合やないで!」
「くっ!」
義角は、夏加らを案じるが。
泡麿は彼らの下へは行かせぬとばかり、義角に攻めを加える。
◆◇
「ふん!」
「くう! ……ぐっ!」
「盤慶!」
盤慶は、夏加を守るべく弘人に挑むが。
盤慶の力強い槌の振りも、弘人は易々とその刃にて受け止め。
槌を押し返し、盤慶をじりじりと力負けさせて行く。
「ははは……どうした! そんなものか!」
「くう……何の、そなたごとき!」
「ほう? ……ふん!」
「はあ! たあ!」
が、盤慶も負けじとばかり。
弘人の刃を、槌を打ちつけて跳ね除け。
そのまま却って弘人に、続け様に槌を見舞って行く。
「ははは……これはよい、思いの外やるよのう!」
「ぐう……何だ、そのゆとりはあ!」
先ほどとは打って変わり、攻められる側となりつつも。
尚もゆとりを湛える弘人に、盤慶は畏れすら覚える。
「ふふふ……しかしな、坊主よ! あの化け物娘は、誠に全ての操りから解き放たれたのだろうか?」
「何!?」
「くっ……うわああ!」
「! な、夏加殿!」
が、弘人の嘯きと共に。
盤慶の後ろにいる夏加は、にわかに苦しみ出す。
その身体からは蒼と暗い紫の殺気が吹き出している。
未だ、夏加からあの殺気は取り除かれていなかったのだった。
「くっ、夏ちゃん!」
「夏加殿!」
この有様を離れた所から見ていた半兵衛と頼常も、夏加の身を案じる。
しかし彼らも、白溶裔を相手取っており。
夏加を救える有様ではない。
「はっはっは! さあ妖喰い使い共お、どう動くんや?」
「くっ……!」
こうして妖喰い使いは、またも追い詰められてしまった。
◆◇
「では……行くぞ、皆の者。」
「はっ、信良様。」
その夜。
富士川での戦のことである。
東岸に陣取る甲斐泉氏・竹田信良は維栄率いる静氏軍の後背を突くべく。
富士川の浅瀬に自らと兵らの馬を乗り入れていた。
これで、夜討ちを――
「……気をつけよ、音を立てるな。」
「……はっ。」
信良率いる軍は、ゆっくりと馬にて水を進む。
が、その時であった。
バシャリ。
「!?」
「こ、これ……! 申している側から!」
「も、申し訳ございませぬ!」
兵の一人が、誤って水音を立ててしまった。
しかも、事はそれのみに留まらず。
その水音に驚いた、富士川で羽休めをしていた水鳥らが。
瞬く間に、飛び去ってしまったのである。
「くう! これでは……」
信良は歯軋りする。
これでは奇襲の策も、水泡に帰してしまった――
◆◇
「こ、維栄様! に、にわかに水鳥らが!」
「何!? ……こ、これは?」
「ひいいっ!」
「て、敵襲ではないか!」
「き、きっとそうだひいい!」
が、富士川の西岸・静氏の陣では。
信良の落ち込みをよそに、思わぬ動きが見られた。
水鳥の群れがにわかに飛び去ったことにより、静氏軍は泉氏方の奇襲だと思い。(現に、奇襲なのだが。)
これまでにないほどに、揺らいでいる。
ある者は馬に飛び乗りそこらを回ったり。
またある者は、馬に幾度も乗り損じたり。
またある者は、鎧も捨て置いて逃げ出さんとしたり。
いずれにせよ、静氏軍は。
とても、戦どころではなかった。
「くう、皆鎮まれ!」
見かねた総大将・維栄は何とか宥めんとするが。
静氏軍はただでさえ、士気が下がっており。
一度混乱に火がつけば、それを消すことは容易ではなかった。
「維栄様! ……もはや、軍の立て直しは望めますまい。……悔しいですが、退くべきかと。」
「……くっ!」
次将たる貞清に諭され。
維栄は食い下がらんとしつつも、既に彼の言う通りであると悟っていた。
「……皆、退くぞ! ここは退くのじゃ、早く!」
維栄は、尚も悩乱が続く軍に呼びかけ続け。
自らも、退く支度をする。
しかし、やはり彼の言葉を聞く者はこの有様ではそう多くなく。
維栄はこの悩乱をまとめられぬまま、軍を退くより他なかった。
◆◇
「申し上げます!」
「うむ……何やら富士川の方が騒がしいようであるが?」
黄瀬川の陣にて。
富士川を睨んでいた頼暁は、飛び込んで来た従者に尋ねる。
もしや、泉静の軍勢がいよいよぶつかり合いを?
頼暁の頭に、そんな考えがふとよぎる。
しかし、従者からの言葉は。
「は、そ、それが……富士川の西岸に陣取りし静氏の兵共は、にわかに引き上げて行った模様で」
「……何!?」
頼暁はその言葉に、驚き富士川の方をまた睨む。
まだ、戦を交えたという話は聞いていない。
それが、にわかに何故?
頼暁は首を捻るが、まさか静氏が勝手に乱れて退いたなどとは夢にも思わないのであった。
かくして富士川の戦は、義角の到着を待たずして決する。
◆◇
「(くっ……ここは?)」
再び、所は義角らの戦場。
夏加はふと、目を覚ます。
やはり自らがいるのは、前に操られていた時と同じく海の深みのごとき所。
――四葉夏加、起きたか。
「……? 誰だ?」
にわかに響き渡る声に、夏加は首を傾げる。
操られている時、声が聞こえた。
この有様は、前と同じであるが。
この声は、聞き覚えがない。
――我が名は、光の中宮。
「……光の、中宮?」
夏加は、次にはまたも聞き覚えなき名に。
ただただ、首を傾げるのみであった。




