#27 邂逅〜THE WEST EATERS MEETING THE EAST EATERS〜
「はああ!」
「くっ! ……嬢ちゃん、夏加って名前なのかい?」
「ふん、何を今さら!」
「くっ!」
右手に蒼き殺気の爪を生やし。
自らに斬りかかって来た夏加の攻めを、半兵衛は紫丸にて受け止めつつ問う。
夏加という名なのかと。
それは、呼びようによっては"夏ちゃん"――半兵衛の夢に出てきた女子――の名ではないか。
ひいては仲間になれるのではなかろうかと半兵衛は思い、問うている。
水上兄弟と影の中宮一派の戦いより、十日余り後。
維栄率いる、官軍の大義名分を賜った静氏軍は。
頼暁を討つべく、その足を進めていた。
しかし水上兄弟と半兵衛の戦の後。
それによる乱れや、また総大将たる維栄と次将との諍いにより。
この静氏軍が京を発つ日は遅れてしまい、その間に頼暁の安房での再挙と兵を整えての鎌倉入りを許してしまったのである。
更には甲斐や木曽でも、泉氏の蜂起が進む中。
頼暁の弟・九郎義角も兄に合したいと思い進軍した矢先に妖の群れに遭い、戦っていた。
しかし、その行手を阻んだのは半兵衛を装った天狗面――帝に仕える楽士でもある、氏原弘人だった。
戦いの後天狗面は、義角に手傷を負わせてひとまずはその場を後にする。
が、またも義角の軍勢の前に現れ。
夏加と戦った後、彼らを誘い出すべく逃げる。
その天狗面が、誘い出した先が。
先ほどまで泡麿と、半兵衛・頼常が戦っていた所だったのである。
「いや、今さらって……俺は、初めて会うんだがな!」
半兵衛は夏加に、尚も言う。
「初めて会う? ……ふん、よくもまあ左様に抜け抜けと戯言を!」
「いや、だから! ……ん!?」
「何だ、話はもう終わりか? ……まあ、もはやそなたと話すことはないがな!」
「くっ!」
半兵衛の言葉を全く聞かぬ夏加だが。
半兵衛は夏加の、斬りかかって来た右手を見て驚く。
そこより生えているは、蒼き殺気の爪。
「こいつは……間違いなく妖喰いか! やっぱり」
夢に出て来た通り、この娘はやはり"夏ちゃん"であると彼は確信を持つ。
「ふん……どこまでも白々しき男め!」
半兵衛の独り言に、夏加は顔を歪め。
先ほど天狗面に対しそうしたように、左手にも殺気の爪を生やし斬りかかる。
「くっ! ……こりゃ、一筋縄じゃいかねえか!」
「ぐっ!」
半兵衛はすんでの所にて夏加の右手に紫丸の刃を打ちつけ。
間合いを取る。
「なるほど……先ほどと同じ手か! どこまでも小賢しい!」
「いやだから……先ほどって何だよ!」
夏加は右手で口元を拭いつつ、半兵衛に言う。
「白々しいと……言っているであろう!」
「ああ……ま、刃を交えなきゃ分かり合えねえのは誰しも同じってかい!」
それでも尚、向かい来る夏加を。
半兵衛は、かつて水上兄弟と刃を交えた時を思い出し身構える。
ならば、戦いにより分かり合わんとするまで。
◆◇
「半兵衛殿! ……ん?」
夏加と半兵衛の身を案じる頼常であるが。
ふと自らが半兵衛に対しそうであるように、夏加を案じる目で見つめる義角らの軍勢が目に入る。
「彼奴らは……」
頼常ははっとする。
そう言えば。
先ほど、泡麿は何か言っていなかったかと。
そう、確か――
―― 後は、泉氏の妖喰い使いらが遊んでくれるでえ!
「! 泉氏の、妖喰い使い……!」
頼常は息を呑み。
そして、思わず。
「たのもう! ……そなたら、泉氏が軍勢とお見受けする!」
「! ……如何にも。そなたは何者か?」
思わず、叫んでいた。
その叫びには、義角が応じる。
「名乗り遅れ、申し訳ない! 我は静氏方の侍、……尾張守水上太郎頼常である!」
「!? せ、静氏方だと!」
義角の叫びに、更に頼常が応じる。
すると、義角の軍勢よりざわめきが返る。
「皆、静まれ! ……なるほど、そなたら静氏の回し者か! それで先ほども今も、我らの行手を!」
「先ほど? ……何のことか?」
義角は皆を宥め、頼常に叫ぶが。
当たり前であるが頼常も、先ほどまでの天狗面と義角らの戦いを知らず首を傾げる。
「ふうむ……どうやらとぼけるつもりのようであるな! まあよい……ならば、お相手願う!」
しかし、何にせよ泉義角と水上頼常――泉静の妖喰い使いが出会ってしまった。
よって争いを、避けられるはずもなく。
「ふうむ……止むを得ぬな!」
義角の求めに、頼常は応える。
◆◇
「おい、頼常さん!」
半兵衛は、今夏加を相手取りつつ。
義角の戦いの求めに応える頼常に、苦々しく叫ぶ。
気持ちは分からなくもないが、ここで徒らに戦を増やしても仕方ないだろうと。
しかし。
「ふん、人のことを案じている場合か!」
「いや……そんな、忘れた訳じゃねえよ!」
夏加は頼常を案じる半兵衛に、苦々しく言い。
そのまま半兵衛へと、右手左手と次々にその爪を叩き込んで行く。
半兵衛も、守りに徹する形となりつつも。
それらの攻めを尽く防ぐ。
「何か分からねえが……吹っかけられた戦は、受けるしかねえな!」
半兵衛は、夏加に言う。
「ふふふ……先に私たちの行手に立ち塞がったはそなたであろう!」
「ああ……それが分からねえって言ってんだけどな!」
夏加の笑いつつの怨嗟に、半兵衛は苦笑いを浮かべまたもその攻めを紫丸にて受ける。
「ふん……守ってばかりか? 情けなき奴め!」
夏加は、尚も守りに徹する半兵衛を嘲る。
「ああ……まああんたの技もようやく読めて来た所だし、そろそろ攻めるか!」
「くっ! ……ふん、私が手でのみ攻めると思うてか!」
「何? ……くっ、何を!」
半兵衛も負けじと、夏加を煽るが。
素直にも夏加も、煽られて更に負けん気を見せ。
にわかに、両の手にて殺気の爪を纏ったまま紫丸の刃を握り。
そのまま逆立ちをする。
そして、その足には。
「くっ! ……足にも殺気か!」
半兵衛が驚いたことに、夏加の足にも蒼き殺気の爪が生え。
そのまま、一息に夏加は腰を曲げる。
「はっ!」
「うおっと! ……おうりゃ!」
「くっ!」
夏加はその勢いを足に乗せ、半兵衛に蹴りを見舞いかけるが。
その刹那かすかに夏加の刃を握る手の力が緩んだ隙を突き、半兵衛は紫丸の刃を横へと引き抜きその攻めを避ける。
「くっ! ……またも避けるか!」
「ああ……まあ、甘いって誹りはご尤もなんだが……この期に及んでも、俺あ夏加ちゃん――"夏ちゃん"と刃を交える気はないんでね!」
「……何? ……ふん、白々しいと言っている!」
間合いを取りつつ、夏加に呼びかける半兵衛だが。
夏加はやはり聴く耳を持たぬとばかり、尚も手足に妖喰いの爪を生やし。
そのまま、半兵衛に向かって来る。
「……そうだな、さっき腹を決めたつもりだってのにこのザマじゃなあ!」
半兵衛も、自らをやはり甘いと誹り。
そのまま、腹を決め。
夏加へと向かって行く。
「ふんんっ!」
「はああ!」
夏加は右手の爪を振り上げ。
半兵衛もまた、紫丸を振り上げる。
これで、終い――
が、その刹那である。
「……ふむうう!」
「! な、何だあんた!」
「!? ば、盤慶!」
夏加と半兵衛の間に割って入った者は、武蔵坊盤慶であった。
盤慶はその手にもつ槌にて、夏加の爪と半兵衛の紫丸が互いに触れる前に防ぐ。
その勢いにより半兵衛と夏加は、弾かれ。
間合いを大きく取る。
「一国、半兵衛……だな?」
「……ああ、そうだが……!?」
半兵衛は身構え直しつつ盤慶の問いに答えるが。
その槌を見て、息を呑む。
それは、黄の殺気を纏っていた。
「それは……まさか、妖喰いか!」
「ん? ……ああ、これは拙僧に貸し出されし力よ!」
盤慶は、殺気を纏った槌に目をやり。
すぐに半兵衛へと、目を移す。
「我が主人・泉九郎義角の命により! ……夏加殿を守り! 一国半兵衛、そなたを滅する!」
「くっ、庶那が!?」
盤慶の言葉に、夏加は少しばかり心を乱す。
義角が、自らを守れと?
それは、義角に気にかけられて喜ぶべき所かとも思えるが。
却って、自らを甘く見られているとも見える。
「……ああ、分かった! あんたとも、一度は刃交えねえといけねえってか!」
「ああ……行くぞ!」
夏加の揺れる心をよそに。
半兵衛と盤慶はぶつかり合うべく、駆け出す。
◆◇
「ふふふ……ははは! 策はまずは成ったでえ……さあさ、妖喰い使いで互いにぶつかり合ってくれな!」
泡麿は高みの見物とばかり、この様を木の上より見て笑う。
「ああ……さて。ここで先々邪魔立てをしよう者が、全て消えてくれればな……」
天狗面――を、脱ぎ捨てた弘人も。
この有様を同じく木の上より見て、ため息を漏らす。
「しかし……驚いたなあ、氏原弘人殿よ! あんたの顔がまさか、そないなことになっとるとは……」
泡麿は、面なき素顔の弘人を見てため息を吐く。
「ふふ……ああ、この顔こそそなたらの! ひいては、我が策の要である! ……そなたらも、存分に使うとよい!」
「いやいや、そんな使うやなんて……影の中宮様は、単に善意からあんたを助けとるんやで。」
弘人より、笑った素顔を向けられ。
泡麿は、徒らと知りつつも建前を言う。
「ああ、そうであったな……重ね重ね、礼を言うぞ。」
「いやいや、そんなそんな……」
弘人も、泡麿に建前を返す。
「(ふん、妖使い共よ……精々使い潰させてもらうぞ。我が、望みのために……)」
しかしその腹の内は、やはり違っていた。
◆◇
「急げ……我らも官軍の栄誉を賜りに行くぞ!」
「応!」
その頃。
駿河へ向け、道を突き進む軍が。
石橋山にて頼暁を追い詰めた静氏方の侍・大場景近の率いる軍である。
義角が合するべく今目指しているのは、まさにその頼暁の下であるが。
この景近は、その頼暁に仇なす維栄軍の下へ馳せ参じようとしていた。
「くっ……もしやあの時、頼暁めが……」
兵を進めつつ、景近は歯軋りする。
石橋山にて、もしや自らは。
頼暁を討つという千載一遇の機を、逃したのではあるまいかと。
それは、石橋山の隣の山峯にて妖の害ありという報があったこともある。
しかし。
「……樫原、景刻……!」
景近はその時、自らをやたらと隣の山峯に誘わんとしていた侍の名を口にし尚も歯軋りする。
あの男は、あの時洞穴の中に入った後。
誰も中にいないと言い、景近の軍を促していたのである。
もしやあの男は――
「……まあ、今は内輪揉めをしている場合ではあるまい。ここにて、私がその時の汚点を」
景近が駿河の維栄軍に思いを馳せた、その時であった。
「か、景近様!」
「! 何事か!」
従者の叫びに、景近はふと我に返る。
「す、駿河の静氏方武将らが甲斐泉氏めに敗れ……す、駿河は泉氏の手に落ちているとのことです!」
「何!」
景近はその報せに、耳を疑う。




