#19 兄弟〜THE EATERS BROTHER〜
「さあ……私を射よ!」
「ま、待てよ中宮様! あんた何言って」
「はい……仰せのままに!」
「な……あ、あんたまで!」
内裏の中庭にて。
水上兄弟と戦う半兵衛であるが、にわかに杭に括りつけられた中宮の姿を見つけ驚く。
そして、更に彼が驚いたことに。
中宮・聴子は、自らを射抜くよう命じ。
頼常も、殺気の矢を番え翡翠の弦を引き絞る。
半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。
その後、乱に与した大寺社らの処遇の話し合いなどで、宮中は乱れていた。
そんな中、以人王の令旨により。
東国は伊豆にて、泉頼暁は積年の屈辱を晴らすべく蜂起していた。
彼は手始めに、伊豆を治める山樹兼高を討ち取る。
が、静氏方に攻められ。
石橋山に逃げ込み、静氏方に見つかりかけるも事なきを得た。
しかし、この東国の戦にて妖の害があり。
その知らせは、都にももたらされた。
それにより、半兵衛が東国に行かされる話も出かけていたのだが。
いかんせんただ一人の妖喰いが京を後にする訳にも行かず、動けぬまま時が過ぎ去ろうとしていた。
そこへ水上兄弟が、新たな妖喰い・翡翠を持ち都へと舞い戻ったことにより。
半兵衛の東国行きは、ようやく果たせるようになったのである。
が、その矢先であった。
東国へ出立せんとした半兵衛らを、妖・胴面の群れが襲った。
それらを結界にて防いでくれた者が、陰陽師・阿江刃坂麿である。
その刃坂麿と水上兄弟の助けにより、半兵衛は静氏の従者らと共に刃坂麿の式神に乗り東国に向かっていた。
左様な中、石橋山にて事無きを得ていた頼暁は安房国に落ち延びた後、下総国府を経て亡き父・義暁の故地たる鎌倉へ行かんとしていた。
しかしそのさなか妖に襲われた所を。
半兵衛に、守りに入られたのである。
が、頼暁は強き者と刃を交えたいと言い。
恩人たる半兵衛に、あろうことか刃を向ける。
と、そのさなかである。
半兵衛は陰陽師たる刃坂麿の結界に守られ。
そのまま彼に操られる式神に連れ去られ、帝が待っているから早く帰って来るようにと京へ連れ戻された。
が、京へと戻るなり。
半兵衛を待っていたのは、身に覚えなどあるはずもない水上兄弟の父殺害と帝殺しを企てた疑いをかけられての捕縛であった。
そして水上兄弟は、自ら父の仇を討つと言い。
半兵衛を引き立て、彼と戦っているさなかに。
今に至る。
「中宮様……お覚悟!」
「ああ……遠慮は要らぬ!」
「いや……待てよ!」
尚惑う半兵衛を他所に。
中宮の煽りを受け頼常は、番えていた殺気の矢を放つ。
矢は、宙を飛び。
まっすぐ、中宮へと飛んで行く。
「くっ……待てって、言ってんだろ!」
「! くっ、兄者、行ったぞ!」
半兵衛は、自らを押さえていた実庵を突き飛ばし走り出す。
無論、中宮を守るために。
「(! は、半兵衛……!)」
「(一国、半兵衛よ……見せてもらうぞ。そなたの……守心とやらを!)」
矢が中宮に迫る中。
中宮も頼常も、半兵衛のことを考えていた。
果たして、半兵衛は――
◆◇
「おお! こりゃあ、見物やないか!」
「ええ……今の所は、うまくいっているようですわね。」
内裏の、この戦場を見つめる影は。
狐面を被り鎧を纏う女・影の中宮と。
影の中宮らに付き従う薬売り・泡麿である。
「何や? 今の所はてえ、何やら含みある言い方と違うか?」
泡麿は影の中宮の言葉尻に、首を傾げる。
「いいえ、私は別に。……さあ、兄上方。どこまで策が成りますことやら……」
影の中宮は狐面の下に、笑みを湛える。
◆◇
「うおりゃあ!」
半兵衛は、中宮の前へと守りに入る。
そうして、襲い来る矢を睨む。
構えたのは、自らの手に嵌められた鎖である。
そして。
「ぐっ! ……ぐぐぐ!」
「は、半兵衛!」
「……ほう?」
半兵衛はその鎖にて、殺気の矢を受け止める。
が、矢の勢いは強く。
半兵衛も、じりじりと押されて行く。
鎖も、やはり軋みを上げている。
「一国半兵衛! 鎖一つにて我が矢を受けるとは見上げた物である! ……しかし、いつまで保つかな?」
「くっ! ……舐めんなっての!」
頼常はこれ見よがしに、煽る。
半兵衛は怒り心頭とばかり。
負けてなるものかと、矢を押し返さんとする。
「兄者! 今の内に私が彼奴を!」
「待て、実庵! ……今は、まだじゃ!」
実庵がこの隙を突き半兵衛を討たんとするが。
兄はそんな弟を、制する。
そう、まだ足りぬ。
まだ――
「……信じるには、未だ足りぬぞ一国半兵衛え!」
「兄者!」
「え? ……何だって?」
頼常の言葉に、半兵衛はちらりと首を傾げるが。
矢は隙を突いたとばかり、半兵衛を押す。
「ぐうう!」
「ははは! どうした……そんなものか!」
頼常は、半兵衛を尚も煽る。
「ああ……情けねえよなあ!」
「……何?」
が、水上兄弟が驚いたことに。
半兵衛は、自嘲の言葉と笑みを漏らす。
と、その時である。
「……ぐがあっ! ……えいや!」
「!? な……何!」
水上兄弟を、いや彼らのみならず。
中宮を、更に驚かせたことに。
何と、今殺気の矢を受け止める半兵衛の手鎖は切れ。
そのまま、殺気の矢が半兵衛の腹に刺さる。
しかし、半兵衛はそこでは終わらず。
そのまま跳ね、飛び上がる。
矢の勢いを、上へと逃がすためである。
「は……半兵衛え!」
聴子は、思わず叫ぶ。
見上げた聴子の目には、空に鮮血の迸る様が。
無論、半兵衛の腹より出た物である。
まさか、半兵衛は――
聴子が驚き、涙目になりかけた時であった。
「……あいよ! お呼びかな中宮様よお!」
「……半兵衛!」
軽口を叩きつつ、殺気の矢を片手に地に降り立った半兵衛の姿が目の前に。
「な……あの男は正気なのか!」
実庵は、目の前の凄まじさに思わず叫ぶ。
「うむ……実庵よ、私も同感である。」
頼常も、実庵に頷く。
「……かはっ!」
「! は、半兵衛!」
が、さしもの半兵衛も。
腹から血を流している有様からも見て取れる通り、すでに力を使い果たしつつあった。
「さあて……俺をどうする?」
「……一国半兵衛よ、一つつかぬことを聞く。」
「……何、だ?」
頼常は半兵衛を見据える。
「……そなたが、我らの父を殺したというのは誠か?」
「え?」
彼が問うたのは、そのことであった。
「……すまん、その答えは変わらねえ。俺は、身に覚えがない。」
半兵衛は、否む。
そうして、頼常を見る。
さぞかし、怒っているだろう――
が、頼常は。
「……分かった。そなたを信じる。」
「……え?」
「……うむ、兄者。」
「……ええ?」
半兵衛が、戸惑ったことに。
頼常は翡翠を、実庵は刃を下ろし。
しおらしい顔で半兵衛を見る。
「……ああ、水上兄弟よよくぞ。」
「……え?」
半兵衛は、聴子のその言葉にも首を傾げる。
「うむ、半兵衛……殿。中宮様を、そなたがお救いするか試せと……それにて守り切れれば、半兵衛殿を信じるようにと。……他ならぬ、中宮様御自らおっしゃってな。」
「な……!? じゃあ、さっきまでのは」
半兵衛は驚き、水上兄弟と聴子とを見比べる。
「……うむ、すまぬ半兵衛殿! 矢は寸止めで行くはずだったのであるが……そなたが思いの外大胆な手に出てしまったが故に揺らいで……」
頼常は、気恥ずかしげに言い訳する。
「何だよ、それ……痛た!」
「は、半兵衛!」
半兵衛の痛がりに、聴子は彼を案じる。
「ああ、案じなさるな! 腑には届いておらぬ、肌を切っただけじゃ。」
「え? ……あ。」
が、半兵衛は。
頼常のこの言葉に、気恥ずかしげに手を見る。
そう言われれば、さほど血は流れていないことに。
痛みも、さほどないことに。
「……半兵衛。」
「ま、まあまあ中宮様……うっ。」
人騒がせな、とばかりの聴子の痛々しい目を受け半兵衛は目を逸らす。
「しかし兄者……この者を」
「これ、実庵! 人を指差すな!」
半兵衛を指差した実庵を、頼常は叱責する。
「あ、ああすまぬ……して、何故信じられるのだ?」
実庵は詫びつつ、兄に尋ねる。
すると、兄は。
「……半兵衛殿の、妖喰いよ。」
「妖喰い?」
実庵は首を傾げる。
「半兵衛殿の妖喰いは……紫丸、であったな?」
「……うむ。……いや兄者! その紫丸は名にし負う通り紫であったではないか! やはり、この者が」
「これっ! 指差すなと言うておろうに!」
「ひいっ! す、すまぬ……」
兄の言葉に、実庵は尚もその真意を解せずに戸惑うが。
またも兄に、半兵衛への指差しを叱責される。
「まったくそなたは……妖を喰う前の紫丸は見たか?」
「す、すまぬ……ん? 妖を喰う前?」
実庵はまた、首を傾げる。
「半兵衛殿の紫丸は、確かに妖を喰いし後は紫であるが……喰う前は、青き色なのだ。」
「ああ、青き色……何!?」
頼常の言葉に、実庵は次には驚く。
まさか。
「ああ、妖を喰いし後は紫。それが紫丸であるが……父を襲いし者の刃は、元より紫であろう?」
「そ、そうか……」
実庵は聞きつつ、自らを恥じる。
まさか、そんな。
「……も、申し訳なかった半兵衛殿!」
「あ、いや……まあよかったよ、分かってくれたみてえで。」
半兵衛は、手をつき詫びる実庵を宥めつつ。
もしや、始めより紫丸について兄弟に話していればよかったのではと悔やまれてならない思いだった。
「そうであるな……これでよかった。」
「なるほど……やはり! 私の目に狂いはなかったな! ははは!」
「父上。」
聴子が安堵の言葉を漏らすと。
清栄が、物陰より出てくる。
いや、清栄のみではない。
静氏の従者らも、鎧を鳴らしながら出てくる。
「ありゃりゃ……何だい清栄さん、俺らの他ら誰もいねえのかと思ったのによ。」
半兵衛は清栄に言う。
「いやいやすまぬ! もしもの為にと待っていたのであるが……ははは! やはり半兵衛殿よ、そなたは無実であったか!」
清栄は、再び高らかに笑う。
「……その、半兵衛。」
「ん?」
半兵衛は聴子に声をかけられ、振り返る。
「まだ、そなたに礼を言っていなかったな。」
「……え?」
聴子は顔を赤らめつつ、言う。
以人王の挙兵の前に影の中宮に襲われた時も。
そして、今も助けられた時の礼を、言っていなかったのである。
「半兵衛、かたじけ……ん!?」
「!? ち、中宮様!」
が、その刹那である。
「!? な!」
「き、聴子!」
その場にいる皆が、驚いたことに。
聴子は、にわかに括りつけられた杭諸共、空へと引き上げられる。
そして、空より。
何かが、降りて来る。
「ひいい!」
「あ、妖!」
「……そなたらは。」
静氏一門が、驚き惑うそれは。
爛れた肌を持つ、半人半魚。
しかしその頭は、二つに分かれていた。
そして、水上兄弟はその頭に乗っている二つの影を睨む。
それは。
「……久しぶりであるな、水上の兄弟!」
あの翁面の男と、尉面の男であった。




