#17 容疑〜AN ASSASINATION SUSPECT〜
「一国半兵衛を、捕縛し牢に入れました。」
「うむ、大儀である……」
清涼殿にて、半兵衛捕縛の報を受け。
帝は自らの言葉とは裏腹に、大いに戸惑いの色を浮かべている。
半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。
その後、乱に与した大寺社らの処遇の話し合いなどで、宮中は乱れていた。
そんな中、以人王の令旨により。
東国は伊豆にて、泉頼暁は積年の屈辱を晴らすべく蜂起していた。
彼は手始めに、伊豆を治める山樹兼高を討ち取る。
が、静氏方に攻められ。
石橋山に逃げ込み、静氏方に見つかりかけるも事なきを得た。
しかし、この東国の戦にて妖の害があり。
その知らせは、都にももたらされた。
それにより、半兵衛が東国に行かされる話も出かけていたのだが。
いかんせんただ一人の妖喰いが京を後にする訳にも行かず、動けぬまま時が過ぎ去ろうとしていた。
そこへ水上兄弟が、新たな妖喰い・翡翠を持ち都へと舞い戻ったことにより。
半兵衛の東国行きは、ようやく果たせるようになったのである。
が、その矢先であった。
東国へ出立せんとした半兵衛らを、妖・胴面の群れが襲った。
それらを結界にて防いでくれた者が、陰陽師・阿江刃坂麿である。
その刃坂麿と水上兄弟の助けにより、半兵衛は静氏の従者らと共に刃坂麿の式神に乗り東国に向かっていた。
左様な中、石橋山にて事無きを得ていた頼暁は安房国に落ち延びた後、下総国府を経て亡き父・義暁の故地たる鎌倉へ行かんとしていた。
しかしそのさなか妖に襲われた所を。
半兵衛に、守りに入られたのである。
が、頼暁は強き者と刃を交えたいと言い。
恩人たる半兵衛に、あろうことか刃を向ける。
と、そのさなかである。
半兵衛は陰陽師たる刃坂麿の結界に守られ。
そのまま彼に操られる式神に連れ去られ、帝が待っているから早く帰って来るようにと京へ連れ戻された。
そして今半兵衛は、先ほど帝と水上兄弟の話に出て来た通り捕縛されている。
「……さて、では詮議せねばならぬな。」
「はっ、帝!!」
「……はい、帝。」
帝の前には、集まった静氏一門や水上兄弟らがいる。
彼らが集まった訳は、無論。
半兵衛が捕縛されたきっかけである、帝の襲撃と水上兄弟の父を殺したという彼の疑いについて詮議するために他ならない。
「ううむ……半兵衛殿につかせし兵らよ! 半兵衛殿は、そなたらと共にいたのであろう?」
「は!」
「間違いございませぬ!」
清栄の言葉に、兵らは揃って肯じの言葉を返す。
「……帝、此奴らはこう申しております! 半兵衛殿と、共にいた者たちの言葉にございます!」
「うむ……」
清栄は帝に、訴える。
清栄としては、(自らの手駒となるであろう)半兵衛を咎人にしたくないという心持ちなのである。
しかし。
「……帝! 恐れながら……その兵らは、誠に一国半兵衛めと、片時も離れずにいたのでありましょうか?」
「! ううむ……」
「な……そなた!」
にわかに声を上げたのは、水上兄弟が弟・実庵である。
「申し訳ございませぬ、清栄様。……実庵! 主人がお話ししていらっしゃる間に、勝手に話をしてはならぬ!」
「も、申し訳ございませぬ……」
弟の無礼を、頼常は咎める。
「後ほど、言い聞かせておきます故どうか……」
「……うむ、よい。」
「はっ、ありがたき幸せ……しかし、清栄様。兵の方々には私も聞きとうございます。誠に、一国半兵衛と片時も離れなかったのですか?」
「うっ……」
清栄に詫び、頼常は許してもらいつつも。
兵らに、改めて半兵衛のことを問い質す。
「うむ。……そこはどうなのじゃ、兵らよ?」
「はっ、それは……」
兵らは、言葉を濁す。
彼らがそうする訳は。
実を言えば、半兵衛が少し長く彼らの下より消えた時があったからである。
◆◇
時は、半兵衛や護衛の兵らが式神にて京を出立したその夜に遡る。
「おお……これが、式神に乗るってことかい! こりゃすげえや!」
半兵衛は子供のごとく、燥ぐ。
「こ、これ半兵衛殿!」
「左様に燥ぐと、落ちてしまわれますよ!」
これを見ていた静氏の兵らは、彼を咎める。
と、その時であった。
「……ん? ……皆、固まれ!」
「え?」
「ど、どうしたのですか半兵衛殿?」
兵らが、驚いたことに。
半兵衛は先ほどまでの燥ぎようが嘘のごとく、険しい目つきで周りを見渡している。
兵らも何やら分からないが。
言われた通り、自らを支えている折鶴の式神を動かし、身を寄せ合う。
と、次の刹那。
「……固まったまま、動かねえようにな!」
「え……? ……くっ!」
半兵衛の叫びのすぐ後である。
にわかに、風が激しくなったのだ。
そして。
「……はっ!」
「うわっ! は、半兵衛殿?」
半兵衛は、式神を促し。
そのまま紫丸を抜き、飛び回る。
どうやら、妖がいるようである。
「あ、妖が?」
「ああ……紫丸は嗅ぎつけてるけど、速すぎてまだ姿は拝めちゃいねえんだ……うおっと!」
「くうう! 半兵衛殿!」
半兵衛は兵らに、訳を話すが。
妖は待つつもりなどないと言わんばかりに、再び一行の近くを飛び抜ける。
「こうなりゃ止むを得ねえな……皆、ここを動かねえでくれ! 俺が引きつけて、奴を屠る!」
「は、半兵衛殿……承知した。」
半兵衛の歯軋りしつつの言葉に、兵らは頷くより他なかった。
今のこの妖は、あからさまに半兵衛でなくば倒せはしないだろう。
「さあて……えっと、すげえ速い奴よお! 死合おうぜ!」
半兵衛は再び、式神を促し。
追いつけるはずなどないと分かりつつも、妖に追いつかんと試みる。
すると。
「くっ! こりゃあ……やはり早いか!」
半兵衛が、妖の居所を掴んだ頃には。
既に妖は、目の前より消えている。
「今は通り過ぎるだけなんだが……これがあっちから攻めて来た暁にゃあ、恐ろしいな……」
半兵衛は、足元の式神を見る。
これがもし、あの妖に潰されてしまえば――
その刹那、半兵衛はこの空高き所から地へ真っ逆さまである。
が、そうする間にも。
「おっ! ……こりゃあ、四の五の言ってはいられねえってかい!」
半兵衛は再び、あの速き風を感じる。
「……こりゃ、目で見てはいけなそうだな……よし、だったら!」
半兵衛は目を瞑る。
そうして、風を感じ取らんとする。
「さあ、どこだい……妖よお!」
半兵衛は目を瞑っての暗闇の中。
耳や肌により感じ取った風のみにて、頭の中でその景色を組み立てていく。
そうして。
「……ようし! そこか!」
尚も目を瞑ったまま、半兵衛は足元の式神を促す。
式神は半兵衛の命じるがまま、速く飛ぶ。
そうして。
「!? 皆……そこから動くなよ!」
「えっ……? ……くっ!」
半兵衛が、妖を追い辿り着いたのは。
先ほどの、静氏の兵らが式神諸共固まっている所であった。
半兵衛は式神をより促し、自らは紫丸を構える。
そうして。
「……そこかあ!」
「!? くっ!」
僅かに速く、半兵衛が兵らの前に入り。
そこへと突き進む蝙蝠のごとき妖・飛倉を紫丸にて、一刀の元に伏す。
たちまち飛倉は、血肉と化し。
紫丸の青き刃を、紫に染める。
◆◇
「なるほど……その、妖よりそなたらを守るべく離れし間ならば、私を襲うこともできるであろうと?」
「……はっ。恐れながら。」
再び、半兵衛についての詮議に戻る。
帝は、半兵衛についていた兵らから先ほどまでの話を引き出した水上兄弟に問う。
「おそらく……半兵衛があの以人王に毒されしとなれば、その妖をも引き継ぎ。兵らを惑わせることも、妖を使い早く遠くの地へと行くこともできましょう。」
「うむ……」
水上兄弟の言葉に、帝は頭を抱える。
あの以人王の挙兵に際し、確かに半兵衛は以人王に一度捕らえられた。
その時に毒されたというのか?
「し、しかし帝! 水上兄弟の父が襲われし時」
「ああ、それこそ! ……いついかなる時も、そなたは半兵衛を見ていたか?」
「……それは……」
弁解せんとした清栄にも、帝は問う。
清栄は、言葉に詰まる。
確かに、それは今より幾月か前のことである。
が、その時半兵衛がどこにいたかは誰も預かり知らぬことである。
それこそ、先ほど水上兄弟が推し量った通り。
妖を使えるのならば、京と尾張を早く行き来することもできぬことではないだろう。
しかし、そこで。
「……しかし、水上兄弟よ。私を――この日の本を形ばかりとは言え治めるこの帝を殺さんとするは、確かに以人王の意には沿うやも知れぬ。……だが、そなたらの父を殺すとは、果たしてどのような意があったのか?」
「! そ、それは……」
実庵は言葉に詰まる。
そう、帝はともかくも。
水上兄弟の父を殺す。
そのことに、以人王の意はどう関わっているのか?
それは解せない。
「……それは恐らく、我らに妖喰いを持たせるきっかけを作るためかと存じます。」
「ほう?」
「!? あ、兄者!」
が、頼常が声を上げる。
「我らに妖喰いを持たせ、後ほど自らに抱き込むつもりであったのではないでしょうか? ……現に半兵衛は、夢を見たなどと宣い。我らよりこの妖喰いの弓について聞き出さんとしていましたから。」
「……ううむ。」
頼常の言葉に、帝は考え込む。
頼常はその有様を見て、埒が明かぬと焦り始める。
そして。
「……帝。一つ、お願いがございます!」
「……? 何じゃ?」
頼常の言葉に帝は、首を傾げる。
◆◇
「……出よ、半兵衛殿。」
「……ああ、頼常さんと実庵さんかい。」
その日の夜、牢の中にて。
やって来た水上兄弟を柵越しに眺めつつ、半兵衛はため息を吐く。
心なしか、少し痩せたように見える。
今紫丸とは引き離され。
手鎖をかけられている。
妖喰いの力を封じる、術の施された手鎖である。
「……とにかく、出よ。」
「ああ……何だ? これから、刑場にでも向かおうってかい?」
「ああ、まあ……そんな所よ。」
半兵衛の問いに、頼常は曖昧に答える。
「ふん! ……罪人め」
「……今は止めよ、実庵! 後、少しのみ耐えればよい。」
「……うむ、すまぬ兄者。」
半兵衛に悪罵を言う弟を、頼常は宥めつつ。
半兵衛の手鎖を引き、外へと連れ出す。
着いた所は。
「……ここは……?」
半兵衛は周りを見渡し、首を傾げる。
そこは、大内裏の庭であった。
が、見た所何もない。
半兵衛と水上兄弟の他は、人も見当たらない。
が、水上兄弟は。
「半兵衛! そなたは……我らが裁けとのことじゃ!」
「え? ……な、何だって!」
頼常の言葉に、半兵衛はまず呆けてから驚く。
が、水上兄弟は。
頼常は手元に、緑に光る弓を構え。
実庵は、緑に光る刃を構える。
「まず、そなたに問う。……我らが父を殺し、帝の御命を狙いしはそなたか?」
「それは前に言ったが……知らねえ! 俺は違う。」
頼常からの問いを、半兵衛は否む。
「おのれえ、この期に及んで!」
「よい、実庵! ならば……我ら自ら、問わせてもらうのみよ! これより始まる、命のやり取りにてな!」
頼常は実庵を宥めつつ、半兵衛を睨む。
「さあ……心置きなくやり合おうではないか、一国半兵衛!」
「我らが父の……仇!」
水上兄弟は、構える。
兄は弓を。
弟は兄が矢を番える時を稼ぐべく、刃を。
「違うって言ってんだがな……ま、いっか!」
半兵衛は水上兄弟を前に、逃げはせず。
そのまま、兄弟と対峙する。




