#13 喰弓〜THE EATING BOW〜
「あ、あんたらは……」
「改めて……我が名は、水上太郎頼常なり!」
「同じく、弟の水上次郎実庵なり!」
驚く半兵衛をよそに。
水上兄弟は、意気揚々と名乗りを上げる。
半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。
その後、乱に与した大寺社らの処遇の話し合いなどで、宮中は乱れていた。
そんな中、以人王の令旨により。
東国は伊豆にて、泉頼暁は積年の屈辱を晴らすべく蜂起していた。
彼は手始めに、伊豆を治める山樹兼高を討ち取る。
が、静氏方に攻められ。
石橋山に逃げ込み、静氏方に見つかりかけるも事なきを得た。
しかし、この東国の戦にて妖の害があり。
その知らせは、都にももたらされた。
それにより、半兵衛が東国に行かされる話も出かけていたのだが。
いかんせんただ一人の妖喰いが京を後にする訳にも行かず、動けぬまま時が過ぎ去ろうとしていたのだが。
「さあて……睦み合いもしてはおれぬでしょう?」
「ああ、まあ……そうだな。」
呆ける半兵衛をよそに、水上兄弟は再び妖・彭侯を睨む。
先ほど増えたものたちは屠ったが、未だ元締めたる彭侯は生き残っている。
たちまち彭侯は、再び吠える。
そうして、尻より糞を再び撒き散らす。
「くっ! おい、行儀悪いっての!」
「半兵衛殿! 妖に左様なことを言おうとも仕方ありませぬ!」
相変わらず、自らを棚に上げ妖を責める半兵衛だが。
頼常は半兵衛を宥め、またも矢を弓に番え彭侯を狙う。
弓の形をした妖喰い・翡翠。
それが頼常らの持つ妖喰いの、名である。
「くっ……ああ、そうだな!」
半兵衛も紫丸を構え、彭侯を睨む。
やはり撒き散らされた糞からは、木が生え。
やがてそこからは、妖気が立ち上り。
これまたやはり、それらは彭侯の形を取る。
「また、増えちまいやがって! クソは廁でするもんなんだぞ!」
半兵衛は増えた彭侯を見渡し、悪罵を漏らす。
「……がああ!」
「何だ? ……言われて当たり前のことを言われて、怒ってんじゃねえぞ!」
彭侯の群れは脅すように吠え。
牙を剥き出し、今にも襲いかからんとしている。
「……半兵衛殿、少し退かれよ!」
「え……? うおっと!」
後ろより声がして、振り向けば。
頼常が番えていた矢を射り。
矢が数多分かれ、雨のごとく彭侯の群れに降り注ぐ。
矢が当たった彭侯は血肉と化し、やがて緑の殺気の色に染め上げられる。
「がああ!」
「おお……やはりすごいな!」
「半兵衛殿! 妖は散らばりましたため、そうそう屠れておりませぬ!」
「お、おお……よし!」
半兵衛は、またも彭侯を数多葬った頼常を褒めるが。
奴らも一度喰らった技は学んだのか、散らばり群れが全て屠られるは避けたのだった。
「矢を放つには少しばかり時が要ります……さあ、実庵と共に!」
「わ、分かった!」
頼常は手に、殺気により緑の光矢を作り出して持ち。
そのまま、同じく緑に光る弓に番える。
「がああ!」
「このっ! 近づくな!」
半兵衛は、頼常に喰らいつこうとする彭侯に紫丸を振るう。
その刃は、妖の匂いによりその血肉を求める蒼き殺気を纏う。
半兵衛はその刃にて妖をそのまま斬り伏せ、血肉へと変えていく。
「あの刃……まさか……」
頼常は半兵衛の刃を見つつ、少し考える。
「がああ!」
「はあっ!」
「うおっと! あ、あんたは実庵さんか……」
水上弟・実庵が。
半兵衛の後ろより迫った彭侯を、自らの刃により斬り伏せる。
「半兵衛殿、不覚召されましたな!」
「お、おう……でも、なんで刀で?」
半兵衛は実庵の刀を見る。
何とその刃も、緑の殺気を持っており。
斬られた彭侯が血肉となり、緑の殺気に染め上げられたのである。
「ああ、これは」
「おっと、危ねえ!」
「うおっ!」
得意げになる実庵であるが。
先ほどとは逆さまに、半兵衛が彼の後ろより迫る彭侯を屠る。
「おいおい……不覚召されましたな!」
「ええ……そうですね……」
半兵衛の刃を睨みつつ、実庵は少し考える。
その刃は妖の血肉を吸い、その赤と混じり合い既に紫に染まっていた。
「? 実庵さん?」
「あ、すみませぬ……妖喰いの殺気は、他の武具にも纏わせることができます故に、この刀でも妖を喰らうことができるのです!」
「あ、ああ……教えてくれてかたじけねえ。」
半兵衛は実庵を、少し訝りつつも。
尚も襲いかかる彭侯の群れを、再び睨む。
「……さあ、半兵衛殿! 実庵! まだ戦は終わらず。……実庵! そなたはまだまだ、なっておらぬぞ!」
頼常は弟を窘める。
「う、うむ……面目ない兄者……」
「おうらよっと!」
「!? おっと!」
が、戦は待ってはくれない。
半兵衛も実庵も、気を取り直し。
彭侯の群れを、尚も斬り伏せていく。
「……半兵衛殿、実庵! よくぞお守りいただいた、ここから先は我が領分故、任せよ!」
「! お、おう、兄者!」
「分かった、任せたぜ!」
やがて頼常の声が、響き。
半兵衛と実庵は、戦場より離れる。
「……さあ、喰い尽くせええ!」
頼常は番えていた殺気の矢を、十全に弾きしばった翡翠より放つ。
「が、がああ!」
すると、滾っていた殺気の矢は数多に分かれ。
雨のごとく降り注ぎ、彭侯の群れを瞬く間に血肉へと変えてしまう。
赤き血肉はたちまち、緑の殺気の色に染められていく。
「……すげえな、ありゃ。」
半兵衛は、紫丸ともまた異なる翡翠の力に感じ入る。
「……いや、兄者! まだ残っておる!」
が、実庵が声を上げる。
元締めたる彭侯は、未だ残っており。
それは新たな糞を垂れることなく。
一度ならず二度までも自らの分身を葬った頼常への怒りか、グルルと唸りまっすぐに彼へと向かう。
「いかん! 兄者、私が」
「いいや、来るな! 無論、半兵衛殿も!」
「!? な、何?」
実庵が兄の前に守りに入らんとするが。
頼常は左様な弟と半兵衛を制する。
するとすかさず、先ほど番えていなかった矢を取り出だす。
そのまま翡翠に番え、狙うは自らに向かい来る彭侯だ。
「兄者!」
「さて、この矢……外させたもうな!」
頼常は少し楽しむかのごとく、口元を綻ばせ。
そのまま彭侯を睨み、狙う。
「ガルル!」
「さあ……どちらが死ぬか!」
やがて彭侯の牙が爪が、頼常に迫る。
そのまま頼常は、弾きしばった弦を放し――
「……がああ!」
「おお!」
「おお……兄者あ!」
半兵衛と実庵が、喜んだことに。
彭侯の牙や爪は、そのまま頼常を捉えるすんでの所にて。
その身体が頼常の放った殺気の矢に貫かれたことにより、身体諸共に血肉となり。
やがて緑の殺気に包まれ、消える。
「すごいな、あんたら!」
半兵衛は水上兄弟を、讃える。
◆◇
「ううむ……よく戻ったと言うべきか戻りが遅いと言うべきか……」
「はっ、申し訳ございません!」
「申し訳ございません!」
戦の後、大内裏にて。
腕組みをしてため息を吐く清栄を前に、水上兄弟は深々と頭を下げる。
「まあよいではないか! 水上兄弟よ……よくぞ戻った!」
「はっ、帝!」
「ありがたきお言葉……」
清栄とは違い水上兄弟の戻りを単に喜ぶ帝に、兄弟はまたも頭を下げる。
「ううむ、まあ帝がおっしゃるならば……それに、何はともあれ二つ目の妖喰いが都に来たことであるしな!」
「はっ! 清栄様、帝……こちらが我が水上家が守って参りました、翡翠と申します。」
兄弟は清栄の言葉に、翡翠を差し出して見せる。
それは、見た目には鉄で出来た弓。
何の変哲もないが。
「我らの父は、何者かにより斬られ死にましたが……幸いにも、我らは死ぬ前の父の元へと駆けつけ、その死に目に遭うことができました。」
そうして今際の際の父より、この弓の所以を聞くことができたという。
水上の家には百年あまり昔より、受け継がれし弓がある。
但し、それを使った頼常たちの高祖父は死んでしまい、その弓は呪われしものとして忌まれるようになったと。
「……その弓を取れ。使い方を書き留めし書も、共にある。そなたらでそれを使い、水上の家を守れ……そう言い残しまして、父は……」
頼常はそこまで言い、目頭を押さえる。
「兄者……くっ!」
実庵もその言葉に、目を赤くする。
「水上兄弟さん方……まあ、お悔やみ申し上げる。」
半兵衛はありきたりと思いつつも、兄弟に言葉をかける。
しかし。
「……くっ!」
「……え?」
半兵衛が、驚いたことに。
実庵が半兵衛に向けた目には、何やら穏やかならぬ光が宿っていた。
「……実庵! ……ありがたきお言葉、半兵衛殿。」
「あ、ああ……」
しかし頼常は、弟の頭を下げさせ。
半兵衛に、礼を言う。
「……うむ、私からも悔やみの言葉を申し上げるぞ水上の兄弟よ。しかし……すまぬが、今は。」
「……ええ、申し訳ございませぬ。心得ております。……今は、半兵衛殿を東国へお送りせねばと。」
「……うむ。」
清栄の言葉に、水上兄弟は答える。
どうやら、訳は知っているようである。
「……我ら、水上兄弟! 半兵衛殿がいらっしゃらぬ間、この都の守りを務めさせていただきます!」
「何卒、よろしくお願い申し上げます!」
兄弟は、またも頭を下げる。
「……うむ、さすがは妖喰いを持つ一族の出である! では、半兵衛殿よ……東国に降り、噂に聞く妖を滅していただきたい!」
清栄は水上兄弟を褒め、次に半兵衛に頼む。
「ああ、言われなくとも……どうか、こちらもそうさせてもらいたい!」
半兵衛も、深々と頭を下げる。
かくして、半兵衛は東国へと行くことになった。
◆◇
「なるほど……あの兄弟が、帰って来ましたか。」
水上兄弟の帰って来た日の夜。
大内裏の一室にて、影の中宮は泡麿より話を聞いた。
「妖喰いが増えるとは……これは、何とも厄介な。」
「ようおっしゃりますわ……あんた様が、御自ら仕組まれたことやのに!」
泡麿は影の中宮に、呆れ顔をする。
「ほほほ……そうでしたわ、私としたことが。」
影の中宮はその狐面の下に、笑顔を浮かべている。
「まったくであるな、相変わらずそなたは!」
「おや……あなた様方も、お帰りでしたか。」
その時。
にわかに声がし、部屋に誰か入る。
それは翁面の男と、尉面の男。
彼らは。
「……兄上方。」
「……ふんっ、出来の悪き妹よ! そなたが気がかりであったが故帰って来てやったぞ!」
「そ、その通り!」
影の中宮の、兄であった。
◆◇
「結界封魔、急急如律令!」
「はざさん……かたじけない!」
妖の群れが、迫る中。
"はざさん"と呼ばれたその陰陽師は結界にて妖の攻めを防いでいる。
「よし……行くぞ水上兄弟! 夏ちゃん、ヒロト!」
「応!!!!」
結界の中にて、妖喰い使いらが叫ぶ。
「……! また、あの夢か……」
半兵衛は飛び起きる。
やはり妖喰い使いとして、水上兄弟と。
”夏ちゃん"なる者と、ヒロトなる者。
そして、それに加えて。
「"はざさん"……か。そいつは、初めて聞く名だな。」
半兵衛は、少し笑う。
と、その時。
「半兵衛殿、起きていらっしゃいますか?」
「! あ、ああ……氏式部さんか。」
襖の向こうより、氏式部の声が。
「朝餉の支度が整いました。……さあ、いらっしゃいませ。」
「ああ、今行く。」
半兵衛は立ち上がる。
そう、今日は都を発たねばならない日である。
「では半兵衛殿……頼むぞ!」
「ああ……任せてくれ!」
清栄や、その他静氏一門に見送られ。
着慣れぬ鎧を身に纏い、守りの兵を幾人かつけ。
半兵衛は、六波羅の静氏屋敷を出立せんとしていた。
「水上の兄弟方よお、頼んだ!」
「……はっ、半兵衛殿!」
半兵衛の言葉に、水上兄弟は少しばかり間を置き答える。
と、その時である。
「!? な、これは……妖か!」
「! これは……実庵!」
「うむ、兄者!」
半兵衛は紫丸の刃が蒼く光り出した様を見て、周りを見渡す。
水上兄弟も、周りを見渡す。
すると。
「がああ!」
「!? やっぱり……おいでなすったかい!」
半兵衛は紫丸を抜き、構える。
出てきたのは、妖・胴面。
首がない代わり、胴に目鼻口のある鎧武者のごとき妖である。
それらが群れをなし。
襲いかかる。
「東国へは行かせねえってかい……こりゃあ腕がなるねえ!」
「くっ、実庵!」
「応、兄者!」
半兵衛と水上兄弟は周りに睨みを効かせる。
と、その時である。
「……結界封魔。」
「……へ?」
「……急急如律令!」
にわかにまじないが聞こえ、半兵衛が戸惑う中。
果たして、半兵衛の夢の通り。
清栄ら静氏一門と半兵衛・水上兄弟は、にわかに結界の中となる。
たちまち向かい来た胴面の群れもこれにより、弾かれる。
「こ、これは……」
「陰陽師殿か!」
「……え?」
清栄が声を上げ、六波羅屋敷の屋根上を見る。
そこには。
「ご無事ですか、清栄様! ……亜御門流宗家・阿江家初代当主阿江幻明が来孫……七代目当主阿江刃坂麿、ここに参りました!」
「!? 阿江……刃坂麿!」
半兵衛は驚く。
その者の名は、はざさんと呼べなくもなき名前。
陰陽師・刃坂麿の姿がそこにはあった。




