99『リベンジダンス』
豪華絢爛な会場には制服から色鮮やかなドレスへ着替えた紳士淑女の笑い声で溢れていた。
貴族の子息令嬢が多いこともあって、立食パーティー形式の歓迎会は、それなりに賑わいを見せている。
「はぁ、行きたくない……」
「奇遇だな、俺もだよ……」
人をドナドナしておいて何を言うのか、張り切ったクリスティーナ様とメイド達によって着替えたのはこれまたフレアルージュ王国とデザインは違うが、同じ綺麗な青いドレスだ。
隣にたつカイザーは白い軍服のような礼服を見に纏い、染めるのをやめたらしい黒髪を後ろに撫で付けていて全体の印象をキリッと引き締めている。
「さあ、お二人とも会場へ入ってください」
私達の後ろから同じく白い軍服を着たルーベンス殿下の腕にエスコートされたクリスティーナ様がニコニコと笑みを浮かべている。
豊満な胸元が下品にならないデザインのプリンセスラインの淡い黄色のドレスが裾に向かってオレンジ色にグラデーションされているドレスはまるで妖精のように愛らしい。
「なにもお二人が先に入場していただいて一向に構わないのですよ?」
「そうですよね!」
ルーベンス殿下とクリスティーナ様が先に入場してくれれば体調不良と言うことにしてトンズラでき「駄目ですわよ?」あっはい。
「お気になさらず、二人が会場入りしたのを確認したら俺たちも入りますから」
「「……」」
なんだろうな……ここに来てルーベンス殿下とクリスティーナ様が似てきたような気がするのは。
「はぁ、ほらリシャ。 ごねるだけ無駄だ行くぞ?」
そう言って自分の左腕を差し出してきた。
内心ため息を吐きつつ渋々カイザー様の腕に自分の手を絡めるようにして置く。
王子様に戻ってからも鍛練を続けているのだろう、手のひらから伝わる腕はしっかりと筋肉がつき逞しい。
ソルティス兄様やソレイユ兄様にはまだ及ばないけど……。
「入るぞ……」
断りを入れて一歩を踏み出したカイザー様に続いて足を踏み出せば、あれだけ騒がしかった会場が静まり返った。
余りの変化に二の脚を踏みそうになっていると、カイザー様が強引に会場を横切りダンスのために開けている会場の中央部まで進んでいく。
「大丈夫です、貴女は一人じゃない。 それに今まで表に出なかった俺が美女を引き連れて歩けばこうなることは分かってましたから」
私にしか聞こえないような小声で耳元へ顔を寄せたカイザー様に囁かれた。
近い近い! 近いって。 はぁ、とうとうカイザー様までお世辞をいい始めたよ。
囁くカイザー様の目線は相変わらず前方を見ているが、会場入りした途端に距離が近いような気がする。
視線が振れないので何を見ているのかと同じ方向を向けば、年頃のご令嬢に囲まれて、頭一つ分の高いアラン様の姿が見えた。
アラン様が何かしたのかしら。
続いて会場入りしたルーベンス殿下とクリスティーナ様が私達の近くまでやって来るとそのままファーストダンスとなる。
貴族家でのファーストダンスは主催者の家族が行うのが一般的だが、参加者に自国の王族がいればファーストダンスは王族に譲られる。
楽団の奏でる三拍子の旋律にのってカイザー様の手が私の腰に回りすべらかに踊り出す。
うむ上手い。 フレアルージュ王国でカイザー様と踊った時も思ったが、カイザー様のリードが上手いお陰で踊りやすい。
無事に一曲踊り終えて、カイザー様と礼をすれば会場内から無数の拍手を頂いた。
ここからが歓迎会の本番だ。 直ぐに挨拶に来る貴族の子息令嬢に囲まれてしまう。
それはそうだ。 カイザー様のお披露目な訳だし、その隣にいる私も完全に巻き添えのもみくちゃだ。
カイザー様に御近づきになりたい令息がお世辞もかねて隣にたつ私にも声を掛けてくるので、礼儀としてそれなりに対応する。
本心でもないだろうに綺麗だの美しいだの言ってダンスに誘い出そうとしてくる。
そうかそうか、私がカイザー様の側にいるのはそんなに邪魔か。 そんな子息達に飽き飽きしながらいい加減辟易し始めたころ自分の愛称を呼ぶ声がして顔を上げた。
「リシャ」
まるでザッと幻聴が聞こえそうなほど、綺麗に割れた人壁の間を通って現れたアラン様に、それまで大挙して押し寄せていた子息と令嬢が遠巻きに離れていく。
しかしこちらの様子がわかる程度の距離までしか離れていないので面白がっているのは明白だった。
ローズウェルの王子様達とは対照的な濃紺の軍服を纏ったアラン様はカイザー様と二、三話をされたあと、隣にたつ私の前に右手を差し出してきた。
「一曲ダンスのお相手をお願いできますか?」
えっ、ダンスですか。 正直言えばやりたくない。 相手が誰とか関係なくダンスは苦手だ。
「……はい、喜んで……」
相手は他国とはいえ王族様だ。 公爵令嬢の私に拒否権はない。
笑顔がひきつらないように気を付けて差し出された手を取れば、オーディエンスから小さな悲鳴やら嘲笑やら分からないざわめきが起きた。
「あれ? この曲って……」
アップテンポの曲調が変わったのを確認して内心冷や汗が出てくる。 駄目だ、この曲は……、アラン様と向き合えば、抱き締めんばかりにホールドされてしまう。
もともと今流れている曲はダンスの際に身体を密着させる曲だ。
恋人達からは人気が高いが、いかんせん距離が近い。
カイザー様も上手だったが、アラン様のリードもお見事で曲の見せ場になる男性が女性を横抱きにしてくるりとターンを決める所もふらつくことなく決めていく。
このダンス、実は私は避けてきた。
一応貴族の嗜みとして練習はしてきたが、兄様達としか練習したことはない。
いや、昔このダンスに当たってしまった時に、相手をしてくれた同年代の少年が重さに耐えかねて転んでからと言うものの、完全にトラウマと化していたのだ。
「ふふふっ、そんな不安げな表情をしなくても俺はもう落とさないよ?」
にやにやとしながら私の顔を覗き込んでくるアラン様の言葉に首をかしげる。
俺はもう落とさない? あれ? 幼い頃のダンスの相手はアラン様だっけ?
「初めて二人でダンスを踊った時は醜態をさらしてしまったからね、再会した時からずっと考えていたんだ。 リシャとダンスを踊るならこの曲でと決めていたんだ。 だから楽団皆に俺がダンスに出てきたらこの曲を演奏してもらえるように頼んでおいたんだ」
ふわりと舞う浮遊感に驚いて咄嗟にアラン様にしがみつくと、くつくつと小さく笑っているのがわかる。
「あの時はよくも落としてくれましたわね」
「もう二度と落とさないと約束しましょう。 我が姫?」
なぁにが我が姫よ。 どれだけトラウマになったと思ってるんだか。
一曲踊り終えれば、周りには他に踊っている人は居らず、アラン様と私だけが真ん中に残っていた。
えっ!? いつの間に居なくなってたの。どうやらいつの間にかダンススペースを占領する形になってしまっていたらしい。
うわぁー、恥ずかしい。 悪目立ちも良いところだ。
そそくさとアラン様を引き摺るようにして部屋の壁際へ移動すれば、ルーベンス殿下とクリスティーナ様、カイザー様が合流してくる。
王子三人もいりません。 貴族との交流はどうした王子達よ。 貴女がたが一緒だと目立つからクリスティーナ様だけで良いんだけど……
渇いた喉を果物を搾ったジュースで潤していると、人混みから二人の人物がルーベンス殿下へと近づいてくる。
「ルーベンス殿下お久し振りです」
「ん、イザークとレブランか、変わりはなかったかい?」
青年貴族が二人、金色の巻き毛に大きな水色の瞳をしたお人形のように顔が整った令嬢を守るように立っている。
見覚えがある青年は軍閥クワトロ侯爵家の長男のイザーク・クワトロ様と軍閥グラスティア侯爵家の次男レブラン・グラスティア様、今はフレアルージュ王国に嫁がれたマリアンヌ様の愛を得んためにルーベンス殿下と共にクリスティーナ様を冤罪にかけたうちの二人だ。
「学院は変わり有りません。 ですが、ルーベンス殿下とカイザー殿下、アラン殿下にお引き合わせしたい者がおりまして、失礼とは思いましたがお声掛け致しました」
レブランはあえてクリスティーナ様の名前も私の名前も呼ばなかった。そうして許しもなく王子様がたの前に引き出されたのは、先程から彼らの後ろに控えていた金髪の美少女。
「ご紹介します、彼女はシャノン・フリエル様。 フリエル公爵のご令嬢です」




