91『大好きな家紋』
グロ表現注意報。
自ら率いた遠征軍を捨てて自分だけゾライヤ帝国へ撤退したイーサンを昼夜問わず追い立ててもう少しで森を抜けようと言うときに、先に抜けたはずのイーサンの絶叫が私のところまで響いた。
馬を降り木の影に身を潜め様子を伺い、眼前に広がる黒旗に顔をしかめる。
「ねぇ、ディオン……ソルティス兄様は何処かなぁ? ゾロさんや、皇太子殿下って亡くなったんじゃなかったの?」
「いやぁ、俺もなにがなんだか……夢じゃないよな?」
そうか、これは夢か……、夢なら痛くないはずだよね。 展開についていけず、呆けるゾロさんの二の腕の柔らかい内側をつねれば、ゾロさんが飛び上がって避けた。
「ダーナ! いきなりなにするんだよ! 痛いだろうが!」
「うん、ゾロさんありがとう。 夢じゃなくて現実みたいだよ?」
「あー、そうだな。 夢なら痛くないもんな……って自分で試せよ! そう言う事は!」
「嫌よ! 痛いの嫌いだもん」
「お前なぁー」
「お嬢、ほらあそこ見てください。 丘の上!」
不満たらたらなゾロさんに被せるようにディオンが示した先は黒旗の隣、少しだけ高くなった丘に見馴れた旗を見つけて頬が緩む。
緑色の生地に金色の麦穂が卍型に配された家紋。それは産まれた時から見てきた家紋だ。
「おっ、おいダーナ、大丈夫か?」
「へっ? 何が?」
ゾロさんに困ったような声をかけられ、首を傾げる。
「お嬢様、これを……」
ノアさんが差し出したのはハンカチだった。 とりあえず受け取ったはいいものの、なんでハンカチ?
「はぁ……ほら貸して、全く自分が泣いてることすら気が付かないってどんだけだよ」
二人の行動の意味がわからなくて動けずにいると、ディオンがハンカチを奪い取るなり私の顔に押し付けた。
えっ? 泣くって誰が? あれ、本当だ。
「うぅぅ……」
自覚したらもう駄目だった。 頬を伝う涙は堪えようにも私の意思に反して絶え間なく溢れ続ける。
はためく緑の旗のもとに、馬上からイーサンを追い詰めるアルファド皇太子を見るソルティス兄様の姿を見付けて、気が付けば森から走り出していた。
「ソルティス兄さまー!」




