69『ダスティア公爵の優秀な影の者』
さて、ノアさんのお願いを達成するためにやって来ました水場、いやぁ遠かった!
いつのまに水場の場所が変わったんでしょうね?
さて、早いところノアさんの言っていた新入りのロアン少年を捜すとしますか。
うーん、場所が変わったわりに風景はかわりなし。
ロアン少年は歳は十歳位で痩せてて茶髪に茶色の眼をした男の子だと言っていた。
キョロキョロと川を辿りながらそれらしい人物を捜しながら歩いていると、前方にそれらしい人物を発見。
川から桶に水を汲んでいるらしく川縁にしゃがみこむ小柄な人物がいる。
「ロアンく……ん?」
名前を呼びながら途中まで走りよった足がピタリと停まった。
ついつい二度見してしまいましたよ。
えっ、本当に彼がロアン少年? 本当にそれが名前?
確かに短く切り揃えられた茶色い髪をしているし、ダスティア公爵家に来るまでは栄養失調だったせいか細いし、成長が同年代の少年より遅く低身長のため実年齢よりも若く見られがちだけど、彼は私と同じ十五歳の筈だ。
しかし世の中に同じ様な容姿の人間は三人居ると言うし、彼は遠いダスティア公爵領で今日も元気に扱き使われている筈だ。
彼は密偵から暗殺までなんでもこなす優秀な密偵だけど……うん! 他人の空似だろう。 そうに違いない!
足元に落ちていた小石を数個拾い上げると私は狙いを付けて一斉にロアン少年? に向かって投げつけた。
高が小石、されど小石だ。
玄人が使えば小石は立派な暗器、録に考えずに投げた小石は滅茶苦茶な軌道をへて、ロアン少年に向かって飛んでいく。
敵意をのせればたちまち殺気に気が付いて簡単に避けられる。
しかし、下手な鉄砲数打ちゃ当たるって言うじゃない?
広範囲に降り注ぐ小石の雨あられ。時々大きめの石。
それなりに距離があったにも関わらずロアン少年は素早く足元から小石を掴むなり、飛んでくる小石の軌道を把握し正確に当てては相殺していく。
しかもきちんとダメージを受けそうな大きめの石ばかりを狙って弾いていく。
おう、学院に入学してからは暫く顔を会わせては居なかったけど、腕は落ちる所か一層洗練されたらしい。
「一体どこの誰だよ! 危ないだろうが……っ!?」
自称ロアン少年はその場に立ち上がりこちらを睨み付けると固まった。
「やっほーディオン! 久し振りっ、元気だった?」
ヒラヒラと手を振り合図を送るも反応なし。
酷いなぁ、たった数年で恩人の顔を忘れるとはけしからん!
「五歳の頃寂しさに耐えきれずに私のベッドに忍び込んだ挙げ句、おねしょして私に罪を押し付けたディオンくーん? もしもーし!」
「!?」
やっと正気に戻ったらしいディオンは素晴らしい速度で一気にこちらへ駆け寄ると、私を肩に担ぎ上げて近くの茂みへと駆け込むなり、地面へ降ろすと私の口を掌で塞いだ。
「お、おおおおおっ! お嬢!? えっ、本当に本物ですかっ!? 全体的に色々な所が萎んでません!? ってか俺の名前を思いっきり呼ばないで下さいよ! 今は下働きのロアン少年なんですって! しかもさらっと俺の恥を曝さないで下さい!」
口をぎっちり塞がれてしまっているので了承を伝えるために頷くと、ゆっくりと掌を外された。
「ディオン久し振り? 元気だった?」
ダスティア公爵の優秀な影の者で元は私が貧民街から拾ってきた孤児であるディオン。
「元気ですって、はぁ、お嬢が無事で良かった。 まったく人に石を投げてはいけませんといつも言ってるのに。 そしてこんなところにいらっしゃったんですね。 さぁ、帰りますよ? ロベルト様が荒れまくってて大変なんですから!」
父様が? まぁ現在進行形で私は行方不明者扱いだもんね。
私が石を投げるのはディオンがきちんと避けられるのを知っているからだ。
そして自衛時の練習としてディオンの上官である父様からの言い付けでもあるわけで怒られても困る。
「それはちょっと無理じゃないかな? ディオンが優秀なのは私が一番良く知っているけど私は足手まといにしかならないもの」
いくらディオンが優秀でも二万人もの兵力から気付かれずに私を逃がすのは厳しいと言わざるをえない。
「ですが!」
「それに私を無理に連れ出すより、機会を見て救出した方が安全でしょ?」
なおも言い募るディオンを制する。とりあえず私の居場所がわかった今ディオンが陣内を抜け出して父様や兄様に知らせたほうが勝率は高い。
「それはっ! そうですが……」
「それにね、私は今第四王子のアラン殿下が匿ってくれてるから結構自由が効くのよね。 本当は皇帝陛下の妾にするために拐われたらしいんだけど、助けて貰った恩もあるし。 そして今回の戦、アラン殿下は望んでいないのよ」
第二、第三王子様方は気にくわないけど、アラン殿下とはなぜか敵対したくないのよね。
あの無駄に綺麗すぎる顔には一向に慣れないけども。
「はぁ、またお嬢のお人好しが出たよ。 ロベルト様やソレイユ様、ソルティス様には一応そのようにお伝えしておきますけど、動きがありましたら即時撤退をお願いします」
「えぇ、わかったわ」
どうやら今回の戦は城勤めの長兄ソルティス兄様も参戦されているみたい。
そう言えばソルティス兄様には暫く会ってなかったなぁ。
「ディオン!」
「はい、ってうわっ!」
立ち上がり掛けたディオンの姿に、咄嗟に抱き付き地面へと引き倒した。
どうやら自分で思っていた以上に不安を募らせていたらしい。
「お嬢! 驚くじゃないですか! それから異性に抱きつくなとあれほど!」
昔のように怒るディオンの様子についつい笑顔が浮かぶ。
いつの間にか彼は私と距離を取るようになってしまったから、もう何年もこうしてお互いに触れ合うことはしていたかった。
「ごめん! ディオンの顔をみたら気が抜けちゃった」
「はぁ、お嬢……ほら立ってください」
自分の額に手を当てつつも私に反対の手を差し出して引き起こしてくれた。 照れたのか耳を真っ赤に染めているのも久し振りだ。
相変わらず照れ屋なのは変わらないらしい。
そんなんで本当にこの子は女性相手の密偵なんて出来るのだろうか?
すっかり出来のわるい弟をもつ姉の気分だわ。
そして何だかんだいってもディオンは私を見捨てないでいてくれる。
「ディオン、ノアさんが呼んできてくれってさ」
「お嬢! ロアンですからね。ロ・ア・ン!」
「それなら私はダーナだからね! さぁノアさんの元に戻るわよ!」
「はい……(はぁ、反則だろっ)」
私の後ろに続きながら歩き出したディオンの小さな呟きは私の耳には届かなかった。




