55『国王陛下のお使いは……』
朝陽がキラキラと降り注ぐ晴天の本日、嵐は突然やって来た。
「皆様、王城から御使者がいらっしゃいました」
マリアンヌ様の部屋でクリスティーナ様とトロっトロのスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、クレソンのバター炒めと焼き立てのパンと言う朝食を囲みながら舌鼓をうっていると、侍女さんが知らせに来てくれた。
「あら、思ってたより早かったですね、すぐに参りますから少しだけ待ってください」
いつもより少しだけ食べる速度を上げると、詰まりかけたパンを紅茶で流し込んだ。
「うふふっ、そんなに急いで。 口許にトマトソースがついてますわよ?」
クリスティーナ様は自然な動作でハンカチを取り出すと、あっと言う間に私の口許についたトマトソースを拭きとってしまった。
うわー、いつ以来だ? 口許を拭かれるなんて恥ずかしい! そんなに食べ方汚かったかしら!?
あわてふためき赤面した私の様子に、ニコニコと眺めるクリスティーナ様。
「本当にお二人は仲が宜しいんですね?」
「えぇ! ラブラブですわ!」
ラブラブって、どこから突っ込みを入れればいいですか? ラブラブなんて単語あったのね。 いやね、女の子同士スキンシップ過剰になるのは仕方がないのかもしれないんですけど、こんな感じでしたっけ?
う~ん、まぁいっかぁ。
「御馳走様でした。 クリスティーナ様はマリアンヌ様とゆっくりしていてください。 行って参りますわ」
両手を合わせてお皿に向かって頭を下げる。
何となく前世を思い出してから自然とするようになってしまっていた。
最近では私に近しい人達も感化されてしまっている気がするけれど、食べ物やこんなに美味しく料理をしてくれた人達に感謝の心を伝える意味ことは大切よね。
しないと気持ちが悪いんですよ。
「はい、御馳走様でした。 いってらっしゃいませ!」
「宜しくお願いいたします」
クリスティーナ様とマリアンヌ様の見送りで部屋を出る。
可愛い奥さまに送り出される旦那さんってこんな感じなんですかね? うぉー行きたくない!
侍女さんに連れられて向かった先は正門に近い広間の一室でした。
十メートル四方程の広さを誇る広間には熱気が立ち込めており、五十名程の兵士の皆さんがボロボロで立っていました。
ボロボロなのは容姿と言うよりも、窶れてます。 なんでそんなに御疲れなんですか? 確かに王都からドラクロアまで距離がありますけど。
「リシャ!」
「うぇ!? うわっぷ!」
名前を呼ばれて振り返れば、ソレイユ兄様がこちらに物凄い勢いで走ってくるなり私を抱き上げて一回転してみせた。
あまりの勢いに侍女さんが慌てて回避したので被害者は出なかったけど危ないってば!
いつもはきっちりと撫で付けられている茶色の髪が乱れているが、その少しだけ崩れた感じが色っぽい。
エメラルドの瞳が嬉しくて堪らないと雄弁に物語っている。
「リシャ? あぁ、本当にリシャだ。 触れる! 夢じゃない、リシャ~」
抱き付いたまま離れないソレイユ兄様にすり寄られて、今更ながらにこんなに長期間離れていたことが無かったなぁと思い出した。
「ソレイユ兄様、お久し振りです。 御変わり有りませんでしたか? 父様やアリーシャ姉様、ソルティス兄様はお元気ですか?」
「変わりはあるよ! リシャ不足で死にかけた!」
相変わらず大袈裟な。 人間そんなんで死にませんから!
「リシャーナ様、お久し振りです」
「まぁ、フォルファー様。 無事に牢屋から出られたんですね」
声をかけてきたドラクロアの跡取り様は引っ付き虫と化したソレイユ兄様の様子に苦笑いを浮かべている。
「あー、もしかして皆さんがボロボロなのって……?」
「はい、御察しの通りここまで休憩も取らずに王都から強行軍でやって来ましたからね」
ドラクロアまで早馬を跳ばせ確かに一日もあれば着くけど、どれだけ跳ばせばこんなにボロボロになるのよ。
「おっ、お疲れさまでした」
あはっ、あははははぁー。 兄様ったら後でお説教ですね。
「フォルファー、とりあえず陛下からの指示を聞きたい。 それとここまで強行だったようだ。 皆を休ませてやりなさい」
グラスト閣下はドラクロア兵の一人に今にも倒れそうな一団の案内を任せると、解散を宣言して城の奥にあるグラスト閣下の執務室へと案内された。
執務室にはグラスト閣下と私、ルーベンス、カイザール様、面識のない男性が二人に、グラスト閣下の執事ヨウル様、フォルファー様とおんぶお化けと化している我が兄ソレイユ兄様の九名が集まっていた。
ヨウル様はわかるけど、あの二人は一体誰だろう? 茶色く長い真っ直ぐな髪をひとつに纏めてリボンで縛り、艶消しのシルバーの眼鏡をかけた小父様と、見事なまでのスキンヘッドが眩しいムキムキな小父様だ。 もしかして二の腕私のぽっちゃり太股より太いんじゃない?
どうやら不躾な視線を送ってしまっていたらしく、グラスト閣下が紹介してくれた。
「他の者は面識があるだろうが、リシャーナ殿は初めてかな? この陰険な眼鏡がスロウ、でかいのがドランだ。二人とも儂の腹心だ。 皆の身分も知っておるから何かあれば頼っていい」
どうやら皆様お知り合いのようで、グラスト閣下が私の為に二人を紹介してくれた。
「はじめましてリシャーナ様、グラスト閣下の元で政務を担当しております。 スロウともうします」
「ドランだ、主にドラクロアの軍事を担当しているな」
「お初に御目にかかります。 リシャーナ・ダスティアですわ」
ワンピースの裾を僅かに持ち上げてソレイユ兄様を背中に貼り付けたまま挨拶すると、二人は苦笑いを浮かべながらも軽く頷いた。
すいません。 こんな格好で、ソレイユ兄様が離れないんです。
ルーベンスはソレイユ兄様の様子に距離をおいて立っているし、フォルファー様はチラチラとカイザール様の様子を伺っていようだけど、うぅぅソレイユ兄様はいい加減妹離れしましょう?
ドラクロアに来る前より悪化してますよね、絶対!
「この度はまさかドラクロアで石鹸を得ることが出来るようになるとは思ってもおりませんでしたが、貴女の発案だとお聞きしました。 おかげで税収増になりそうです。 貴重な情報をありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。 教会で子供達の作った石鹸を一瓶銀貨一枚で買い取って頂けるとか」
「えぇ、他の商人に買い占められては困りますからね。 今後はお約束通り子供達を優先して是非ドラクロア産の石鹸作りを進めたいですね」
銀色の眼鏡を親指と人指し指でつかみ位置を直しながらスロウ様は目元を細めた。
「貴族、平民、貧民関係なく皆平等に職に就けるようお願いいたします」
「善処いたしましょう。 今後もなにかを見付けられた際には是非とも教えていただきたいですなぁ」
「えぇ、御互いにより良い関係を築きたいですわね」
そう言うとどこか胡散臭い笑顔のスロウ様は右手を出してきたのできっちりと握手を交わした。
悪い人には見えないが、気を付けなければならない人かもしれない。
「スロウ、そろそろ良いかな? ソレイユ殿……フォルファー、陛下はなんと?」
グラスト閣下は私の背中に貼り付いたソレイユ兄様の様子に、諦めたのかフォルファー様に尋ねました。
「書上にあった通りです。 陛下はフレアルージュ王国との同盟を希望されておられます。 その為ルーベンス殿下にはフレアルージュ王国へと国王陛下の代理としてご訪問いただきます。 またマリアンヌ嬢ですが、本人の身柄を王城にて保護します。 つきましてはカイザール様にマリアンヌ嬢の護衛をするようにと命がありました」




