47『ヒロイン登場』
「そうそう、マリアンヌ様ですわ」
クリスティーナ様、もしかしなくてもやっぱり自分の婚約者をさらっていったマリアンヌ様を認識してませんでしたね。
「クリス、自分の婚約者って覚えてます?」
「えっ? 居ませんわ! だって婚約破棄言い渡されましたし!」
だぁー! そんなことだろうと思った、スッゴい良い笑顔だよ。
ルーベンス殿下との婚約破棄は済んでません! クリスティーナ様が婚約破棄しないって言ったでしょ。
いや、クリスティーナ様が望めば陛下は直ぐに動くと仰っていますから今からでも婚約破棄は可能ですけど、もとはといえばクリスティーナ様のためにルーベンス殿下の更生を決意したはず。
当の本人が忘れてる……
なんてこったい。
「クリス、まだ婚約者継続中ですわ」
「あら、そうでしたっけ?」
そうでしたっけ? じゃないですって!
マリアンヌ様の取り巻き筆頭は貴女の婚約者殿です!
つまり彼女のお腹の中に居るだろう子供はルーベンス殿下の子供の可能性大!
「とりあえず教会ではなくドラクロア城へ運びましょう。 アロ、広場に行ってルーベンスと荷物を引き上げてきて頂戴。 ただ彼女のことは内密に、カイと合流し次第ドラクロア城に来るように伝えて! 私達は先に行ってるから」
「うっ、うん。 わかった。 リシャ姉、その人大丈夫かな?」
自分がぶつかったきり目を覚まさないマリアンヌ様を心配げにみつめながら、気落ちしているアロの頭をわしゃわしゃとかき混ぜて瞳を覗き込みながら微笑んだ。
「大丈夫よ、リシャ姉とクリス姉に任せなさい! ルーベンスは頼むわね?」
「うん! 行ってきます!」
「前をみてぶつからないようにね!」
しっかりと頷いて広場に向かって走り出したアロを見送って、立ち上がる。
「すいません! 護衛の方居ますか?」
どことなしに声を掛けると三名も現れた。 ひとり空から降ってきたけど、それぞれが普通の平民に見える。
屈強な大工姿の青年と、花売りの女性、クリスティーナ様が拐われた時にもお世話になった野菜とドラクロア城からの書類なんかを届けに来る店主さんがいた。
「お呼びでしょうか?」
「状況は把握されていると思いますが、彼女はマリアンヌ・カルハレス準男爵令嬢です。 彼女をドラクロア城まで移送しますから手を貸してください。 それからひとりをグラスト閣下の元に先触れを出して医師の手配をお願いいたします。 場合によっては王位継承権も絡んできますから内密に」
「「「はっ!」」」
そろって頭を下げると、花売りの女性が器用に壁や石垣を登って屋根伝いに消えていった。
忍者だ! くの一だ!
くの一は大変気になるが、一行に目を覚まさないマリアンヌ様の容態が最優先だ。
今ルーベンスに彼女を会わせることが、凶でないとも限らないけれど、このままにして良い訳じゃない。
ここで学院時代のバカ犬ルーベンスに戻るようなら鉄拳制裁、精神制裁すればいい。
なるべく腹部に負担が掛からないように注意しながら城へと移送した。
城ではグラスト閣下がセイラ様を肩口に乗せて出迎えてくれた。
ドラクロア城内でも豪華な客間に運び込まれたマリアンヌ様を侍女が清拭を行い、清潔な夜着をきせて休ませた。
本来なら本人の許可を得てから診察が理想的だけど、衝突と転倒が母胎だけでなく胎児にまで影響を及ぼしている可能性がある以上悠長な事は言ってられない。
セイラ様と侍女長のマーニャさんの立ち会いのもと医師が告げた内容は妊娠八ヶ月と栄養失調、そして早産の恐れが有るために絶対安静だった。
王立学院からルーベンスを引き剥がして早二ヶ月。
少なくともクリスティーナ様が断罪されるあのゲームエンディングが起きた時には既に彼女は身籠っていたことになる。
悪阻は個人差が有るとはいえ、単純に考えればあのとき既に六ヶ月になっていたはず。
体質にもよるが、毎月ある月のものがなければ気が付くはずなのに。
何かがおかしいことに、そして気が付いていたなら彼女だけが父親を知っているのだ。
「……わかっていて黙っていた?」
目の前では医師によって無数の傷がついた手や足の治療がおこなわれている。
彼女はなぜ妊娠を断罪の時点で父親に知らせていなかったのだろうか、気が付いた時点で報告していればあの嫉妬深い取り巻きたちがもっと騒いだろうし、ましてやルーベンス殿下の御子ならば正妃にさえなれれば国母なのだ。
一緒に暮らすようになってルーベンス殿下はついつい余計な一言を言ってしまう人だと判明している今、あの時にルーベンス殿下が知っていれば事態はもっと悪化していただろう。
即ち彼女に宿る赤子は、ルーベンス殿下の可能性が低下するのではないだろうか?
妊娠を自覚しつつ、隠し通し攻略した取り巻きを振り切って身重な身体に鞭を打ちながら彼女が傷だらけになりながら王都から遠く離れたドラクロアに来た理由は一体何?
沈んでいた思考は部屋に響いた二回のノック音で浮上した。
「ルーベンス殿下とカイザール様がおいでになりましたがお通ししてもよろしいでしょうか?」
部屋に居るセイラ様が医師に確認をとると、侍女に二人の入室を許可した。
憤然とした様子を隠そうともせずに入室してきたルーベンス殿下の後ろを、カイザール様が困惑しながら入ってくる。
この様子ではアロはマリアンヌ様が居ると告げていないのかもしれない。
「リシャ、追加の瓶を取りに行ったはずのお前が戻って来ないからまた迷った……マリアンヌ!?」
がしがしと頭を掻きながらこちらに近付き、ベッドを確認するなり転がる様にしてベッドの側へ駆け寄ってきた。
「なぜマリアンヌがドラクロアに居るんだ!? こんなに窶れて、あの役立たず共は一体何をしているんだ!?」
「お静かに、母胎に障ります! 彼女には暫し安静が必要です、お騒ぎになりたいのであれば部屋の外でお願いいたします」
ぎゃいぎゃい捲し立てるルーベンス殿下を一喝したのはセイラ様だった。
「騒いですまなかった……えっ、母胎!?」
今更ながらに気が付いたのかルーベンス殿下は今だ目覚めることなく眠り続けるマリアンヌ様の姿を確認するなり放心した。
「マリアンヌが妊娠? えっ、そんな、だって、それじゃぁ。 いや、だけど」
ブツブツと呟きながら放心したルーベンス殿下をなかば強制的連れて場所を移動する。
セイラ様に連れられてやって来た部屋もこれまた立派な構造をしていた。
硝子をふんだんに使った部屋に連行する僅な間もルーベンス殿下は自問自答を繰り返しているようだった。
しかし、いい加減正気に戻って貰わなければ困るので、父様に試しに作って貰った厚紙を使用して作った新しいハリセンをルーベンス殿下の後頭部へ大きく振りかぶって叩き込む。
スパン! と小気味良い音が室内にひびいた。
うむ、父様におねだりしただけの事はある。
重量も威力も炸裂音も完璧なハリセンに後で父様に感謝を捧げなければと決意する。




