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「こんばんは。うん、仕事帰り。琴音さんは買い物帰り?」
「いえ、ちょっと鎌倉をぶらぶらと」
「へぇー、いいね。お寺とか行ったの?初音さんも一緒だったの?」
「いえ?高校の時の友だちがあっちにいて。久しぶりに遊びに行ったんで」
「……ん?初音さんは、一緒じゃなかったの?」
「はい、姉は一日中家で撮り溜めしたドラマを観て……え?お姉ちゃん、何て言ってたんですか?」
「……昨日は琴音さんと買い物行けなかったから、今日行ってくるって……嘘、かな?」
「……ですね」
「ん〜」と唸った琴音さんが、しばらく黙ってから苦笑いした。
「なんか、お姉ちゃんは『旅人』さん……じゃないや、春人さんにはなんか見栄、はっちゃうんですね」
「気をつかわせたのは、オレのせいだし…」
「いえいえ、普通に言えばいいんですよ。がっかりーとか、やだーとか」
「……頼りないのかなぁ」
「逆ですよ。一歳上の人だから、なんか背伸びしようとしてるんじゃないですか。社長に変なレクチャー受けてそうだし。社長、大人な女はクールにとか、よく言ってますしね」
苦笑したままの琴音さんは、ハッと何かに気づいたようにマスクに手をあてた。
「……え、これ会ったの言ったら、ダメですよね。お姉ちゃんは私と出かけたと言ってますし」
「いや、もう、なんか、初音さんが我慢してたのに気がつかなかったオレが悪いから……」
「でも……」
壁際に寄りつつ、お互いにうーんと悩んでいると、さっきのシュークリーム屋が店じまいの準備を始めるのが見えた。
初音さんにお土産、初音さんにお菓子、と一日中考えていたせいか、咄嗟に店の方に琴音さんを呼んでしまった。
「……どうしました?」
「駅で会ったオレからのお土産だって、渡して。
すみません、このうさぎのエクレアとねこのシュークリーム全部ください」
「え、ちょ、ま、待ってください!こんなに食べきれないです!」
「じゃあ、2個ずつオレが持ち帰るから、残りを食べて」
「……まぁ、それくらいなら、なんとか」
店員さんがショーケースを空にする間、琴音さんが聞いてきた。
「お姉ちゃんがうさぎっぽいから、これにしたんですか?」
「あ、琴音さんもそう思う?」
「……いえ、そのなんか、姉がそう言われたって言ってたから」
「あぁ、うん。白兎のテラコッタが初音さんに似てたからね。うん。
それで、琴音さんって、猫に似てるよね」
「………そうですか?」
「ちょっとつり目だから。言われないかな?」
「……おじいちゃんに、言われたような」
「へぇ、じゃあ小さい頃からかわいかったんだね」
「ソウデスネ」
店員さんが渡してくれた大きい方の紙袋を琴音さんに差し出し、小さい方の紙袋を自分の手に提げた。
「後でオレからも連絡するけど、初音さんに『出張のお土産代わりにどうぞ』って」
「……はい、わかりました」
紙袋を受け取った琴音さんが、奇妙なものを見るようにオレを見つめていた。
「何かついてる?」
「いえ、おじいちゃんが私に猫の焼き物を残していた理由が分かっただけです」
「……?へぇ、そうなんだ?」
「あと、お姉ちゃんが好きになった理由がなんとなく分かりました」
「え?!」
「それじゃ、ごちそうになりますねー」
ちょっとその話くわしく!と言う隙もなく、軽やかに踵をかえすと、琴音さんは猫のように颯爽と改札口の方へと、去ってしまった。
オレはちょっと考えてから、壁際に寄ってから初音さんに電話をかけた。
すぐに出たので、
「初音さん、嘘つき」
と、言ってみた。
焦って言葉を噛み続けても、通話を続ける初音さんがたまらなく愛おしかった。
その後は、土日休みが続いている。
毎週のように会えている。
だから、今日は午後からの美術館デートにして、夕飯まで一緒にいるつもりだった。
天気予報は、夕方から雨。
ゲリラ豪雨のように強い雨が降るかもしれない。
そんなことを昨日の電話で話していたのに、初音さんが傘を持っていないというのは、すぐに分かる嘘だった。
だから、ちょっといじわるをしてみた。
「傘持ってるよね」
「……ないです」
「さっき、ミュージアムショップで鞄に入ってるの見えたよ」
「え、見えないように下に……あ」
「やっぱり。嘘つきだなぁ、初音さん」
オレの簡単な罠に素直にかかった。本当に嘘に向いていない。
なんだか可愛らしくなってしまい、繋いでいる手を柔らかく握る。
上機嫌に笑うオレを見上げて、初音さんはマスクで強調されたように見える目で、じいっと睨んでいる。
「春人さんは、いじわるです」
「……こめん、それ、ただ可愛いだけだから」
「………春人さんのバカ」
可愛すぎてどうしてやろうかと思っていたら、パラパラと雨が降ってきた。少し雨粒が大きいような気がする。
持っていたオレの傘をひらいて、初音さんと相合傘になる。
群青色の傘に覆われた空は、ぽとぽとと雨音が籠もる。
じんわりとした湿気と、雨の音。
すぐ横には初音さんの匂い。
周りを見回すと、雨を避けるように小走りで人が離れていく。
誰も見ていないなら。
少しだけ、傘を傾けて、視界を遮ってからマスクごしに初音さんの髪にキスを落とした。
本当は口にしたいけど、マスクが邪魔すぎる。
初音さんが何をされたのか分からない顔をして、オレを見上げ、ゆるんだ目元になっているオレを見て、急に顔を真っ赤にさせた。
可愛いなぁ。
傘の中で初音さんを独り占めしているようで、顔がゆるみっぱなしだった。
すると、
「いつも春人さんばっかり、余裕たっぷりでくやしい」
と、拗ねた口調で初音さんが言った。
別に余裕なんてない。
ただ、初音さんといると素直さが伝染して、思っていることを言いたいし、やってしまいたいと思ってしまう。
好意を伝えることは恥ずかしくて、ほんの四ヶ月前まで怖くて仕方なかった。
けれど。
初音さんがオレの好意を受け取ってくれるから、怖さがなくなって、素直になろうと思ってしまう。
余裕があるように見えるとしたら、それは初音さんを信頼しているから。
オレを受け入れてくれる初音さんがいるから、こういうオレを出せるんだ。
「信頼してるからだよ」
そう言ってから、また、髪にキスを落とした。
今度は目を合わせてからキスを落としたので、何をされたかはっきり分かったようだ。
初音さんはもっと真っ赤になって、顔をうつむけた。
バタバタと強くなった雨の中、初音さんがオレのシャツの端をくいくいっと引っ張る。
雨音で声が聞こえない。
「……何?」
自分でも甘い声になっていると思う。でも、勝手にそうなるから仕方ない。
「……雨が降ってきたから、公園に行くのはやめましょう」
「うん、そうだね」
「……雨で、きっと電車が止まるから、帰れなくなるので、今夜、泊めてください」
「……電車、止まるの?」
「……わたしの方の路線だけ」
「初音さんの嘘つき」
「春人さんの、いじわる」
足元ではたくさんの雨が跳ね返って、じわじわと靴が濡れていく。
「……濡れたら、風邪ひいちゃうよね」
「……着替え、駅のコインロッカーにあるから」
「準備すごいね、初音さん」
「断られたら、そのまま帰るつもりだったから」
「断ることは絶対にないね」
「……絶対?」
「うん、絶対に家に連れて帰る」
くすくすと笑う声は、傘の中でもオレと初音さんにしか聞こえない。
全部、雨に消されてしまうから。
オレにだけ嘘つきな初音さん。
初音さんにだけいじわるなオレ。
これは二人だけの時に出るもう一人の自分。
他の人には見せられない。
それは、心だけじゃなくて体も。
少しだけ、体を寄せ合ってから、駅にむかうため踵を返した。
雨が二人の声を消してしまうから、恥ずかしい声が出ても大丈夫。
明日の朝には雨は止んでいるだろう。
一緒に雨上がりの朝を迎えた時は、嘘のない言葉で話そう。
いじわるをするかもしれないけど。
それは君が好きだから。
傘のように嘘をつく彼女をいじわるで包んでいきたい。
そう思うんだ。
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馴れ初めから初めて会う日までの両片想いの本編は、こちらです↓
「『感想が書かれました』は赤い糸なのかもしれない」
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