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「ハジメマシテ。姉を送ってくれて、アリガトウゴザイマス」
「…はじめまして。新田春人です。初音さんとお付き合いさせていただいてます」
玄関のドアを開けると、つり目だけど初音さんに似た顔立ちの妹さんが無表情で迎えてくれた。
………ちょっと怖いと思ったのは、内緒だ。
「琴音〜、ただいま〜」
「ちょっと、コロナ感染対策はどうしたの。ちゃんとマスク捨てて、手を洗ってよ」
「ちゃんと話す時はマスクしてました〜。アクリル板は頑丈でした〜」
「はいはい。わかったから、靴脱いで」
「んー」
ぽてぽてとスリッパの音を立てながら、初音さんは洗面所へ向かっていった。
「……あの」
「妹の琴音です」
「あ、どうも」
「お姉ちゃん、四月に入ってから毎日残業で疲れてるんです。だから、いつもより変なテンションになってて」
「……え?」
「疲れてくるほどがんばらなきゃってなるみたいで。たぶん、それで飲み過ぎたんだと思います。普段なら、もう少しセーブするから」
「え、初音さん、忙しかったの?全然そんなこと…定時で帰れるからいつでもいいって」
「あー……、お姉ちゃん見栄をはったんじゃないですかねー」
遠い目をした妹さんが、なんとも言えない顔で笑っていた。
後日、電話で聞いた時には、
「春人さんが日本酒好きなんだなぁって分かったから、わたしも飲めるようになりたいなぁと思って…」
まさかの初めての日本酒だったことを知った。
いつもはビールか、それよりも度数の低い甘いお酒を飲むらしい。
アルコール度数が普段は5%の人が、いきなり10%以上のワインと日本酒をたくさん飲んだら危ないと言うと、
「だって、『旅人』さんが好きなものを一緒に楽しみたかったから……」
と、スマートフォン越しに耳元で恥ずかしそうに言われたら、オレは黙ってにやけることしか出来なかった。
それでもなんとか声をふりしぼって、
「……オレ以外の人とは飲まないでください」
とお願いをした。
お持ち帰りするのはオレだけでいい。
そういえば、先月にも嘘をついていた。
五月に一度は落ち着いた仕事も、六月に入ると徐々に忙しくなってしまい、半月ほど会えなくなってしまった。
それでもなんとか日曜日の休みが確定したので、その日にデートしようと約束をしていた。
それなのに。
「……コロナ感染ですか」
「息子さんが保育園で……。濃厚接触者になっているから、テレワークはできるが、出張がなぁ。すまん、月曜休みでいいから、明日代わりに。頼む。すまん」
土曜日の退勤間際、日曜出勤が確定した。
課長がお詫びにと買ってくれたちょっと高めのコーヒーを飲みながら、初音さんに連絡をする。
確か、土曜日は妹さんと一緒に出掛けるって言っていた。買い物に行くと言っていたから、返信が来るのは帰ってからだろうなぁとぼんやりしていると、可愛らしい小鳥のスタンプで、『了解です』と返ってきた。
夜に電話をすると、
「今日は琴音に用事が入って、買い物に行けなかったんです。だから、明日は大丈夫です。琴音と出掛けるので、気にしないでください」
朗らかに笑う初音さんの声を聞いて、オレは少しほっとした。
出張先でも初音さんのことを考えて、何かお土産でも買おうと思いながら、土地勘のない場所での移動に時間を取られてしまい、何も買うことができなかった。
せめて何か買えれば、それを口実に初音さんの家まで届けに行けるのに。
「会いたいなぁ…」
新幹線の座席で呟いた気持ちは、マスクの中で消えていった。
東京駅に着いたころには、もう日が暮れていた。土産があってもこんな時間では会いに行けない。
気持ちばかりが焦って、疲れが切なさを連れてくる。
たくさんの見知らぬ人たちの中で歩き続けると、何かの細胞の一部になってしまったようで自分の在処が分からなくなる。
初音さんに会いたいなぁという感情が、オレをオレにしているように思えて、なおさらに会いたかった。
会社に寄って、報告と書類を出してから帰宅する頃には、ケーキ屋も菓子屋も閉店していた。まだ、何かを買って会いに行こうとしている自分に気がついて、苦笑した。
こういう時に、家に帰って初音さんがいてくれたら、いいのになぁ。
ぼんやりとそんな事を考えながら駅の構内に入ると、まだシュークリームの店が開いていた。
自分用に買って明日食べようかと、すっかりしょげた気持ちになっていたら、後ろから声をかけられた。
「あれ?『旅人』さん、仕事帰りですか?」
振り向くと、妹さんが大きなショルダーバッグを肩から下げて立っていた。




