魔物動物園(1)
翌日。魔物動物園に来たクララ達を入園口で、大きな馬が出迎えてくれた。馬は、クララに向かって顔を近づけてきた。クララは、少し手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めてしまう。撫でて良いものか分からなかったからだ。
「大丈夫ですよ。足元に注意しながら、馬の横に立って首元を撫でてあげて下さい」
飼育員に言われて、クララは恐る恐る馬を撫でてあげる。それで馬が喜ぶという事はなかったが、大人しく撫でられてくれた。
「さすがに人慣れしていますね」
「ですね」
リリンやサーファも近くに来た馬を撫でる。少しの間撫でていると、馬達は別の客の元に歩いていった。
「凄く大きな馬でしたね。ちょっとびっくりしちゃいました」
「そうですね。農業を手伝ってくれる馬だと思います。速度はあまり出ませんが、力強いようですよ」
「へぇ~」
リリンの説明を受けて、クララは自分達から離れていった馬をもう一度見る。そんなクララの背中をサーファが軽く押す。
「ほらほら、ずっと馬ばっかり見てちゃ、他の魔物や動物が見られないよ。ここには、沢山いるみたいなんだから」
「そうですね。えっと……」
「まずは、動物から見ていくのが良いかと」
どこから回ろうかと悩んでいたクララに、リリンが意見を出す。
「じゃあ、そうします」
「分かりました。では、あちらから見ていきましょう」
リリンは、入園口で手にしたパンフレットに書かれていた地図を見ながら、クララの手を取り歩き出す。その後を、サーファが追う。
三人は、動物園のエリアに入っていった。
「最初にいる動物は……熊のようですね」
「おぉ……昨日はぬいぐるみで、今日は実物の熊ですか」
「熊に縁があるのかもね。もしかしたら、仲良くなれるかもしれないよ」
「熊と仲良く……全く想像つきませんね。というか、熊って本では見た事ありますけど、実物は見た事ないかもです」
「そうなの? クララちゃんの故郷は山とかなかった?」
「山……あったはずですけど」
「あれ? それでも熊は出なかった?」
そう訊かれて、クララは昔を振り返る。
「あっ、熊肉は食べた事あった気がします」
「じゃあ、村まで降りてこなかったって事かな。本で読んだなら知ってると思うけど、かなり大きいよ」
「そうなんですか? でも、そうじゃないとお裾分けする程のお肉なんて手に入れられないですよね」
「そうですね。ところで、クララさん、あちらをご覧ください」
リリンはそう言って、自分がいる方向を指さした。クララが、リリン越しにその方向を見ると、クララの身長を大きく上回る大きさの熊がこちらを見ていた。
「うわっ!?」
仰け反ってバランスを崩しかけたクララを、サーファが支える。
「もう熊のところまで来てたんだね。でっかいでしょ?」
「でっかいです……一体、何人前なんでしょうか……」
「えっ、そこ?」
クララの気にしていた点が、まさかの肉が何人前なのかという事だったので、さすがにサーファも驚く。
「心なしか、熊の方も引いていますね。こっちの会話が聞こえたんでしょうか」
リリンがそう言ったので、クララがちらっと熊を見ると、本当に少し身を引いているように見えた。
「さすがに偶々だと思いますけど……それより、この子だけなんですか?」
「いえ、他にもいるようです」
「あ、ほら、向こうにいるよ」
サーファが指した方には、二頭の熊が寄り添って寝ていた。
「寝ていたら、可愛いですね」
「ですが、獰猛である事は変わりません。仮に自然で出会ったら、逃げ一択です。とはいえ、背中を向けてはいけませんが」
「大丈夫だよ。もしもの時は、私が撃退出来るから!」
「その時は、頼みますね」
そんな事を話つつ、次の動物を見に向かう。次に出て来たのは、熊よりもさらに身体が大きい象だった。
「おぉ……でかい……」
「象は、人族領にいましたか?」
「分かりません。私は、見た事も聞いた事もありません。象っていうんですね」
クララは、象を見上げながらそう言った。
故郷にいた頃は、遠出などした事もなく、王都に来たら来たで監禁され、その後は勇者達に連れ回されるだけだったので、そういった事に目を向ける暇もなかったのだ。実際には、人族領に象は生息していない。主な生息地は、魔族領の西側となっている。
「そうでしたか。ここでは、象に乗る事が出来るみたいですので、乗ってみますか?」
「乗りたいです!」
クララがそう言うので、リリンは受付に向かった。あまり人が並んでいないので、すんなりとクララの番がやって来た。クララが傍に来ると、象は身体をしゃがませて、クララが乗りやすくしてくれる。
「そのまま象の脚を踏み台にして、乗って下さい」
「分かりました」
言われたとおり、象の足に足を掛けて上ろうとするが、中々上手く上る事が出来なかった。そのため、飼育員の手助けを借りながら、何とか上る事に成功する。
「ふぅ……ありがとうございます」
「どういたしまして」
飼育員はそう言うと、象を軽く叩く。それが、立ち上がる合図なのだ。
象は、ゆっくりと立ち上がる。生き物の上に乗っているという、あまり感じた事のない感覚を受けたクララは、少しばかり高揚する。
「リリンさ~ん! サーファさ~ん!」
象の上からクララは、二人に手を振る。それを受けて、リリンとサーファも手を振り返す。
「紙が足りなくなりそうですね……」
「えっ!? そんなに撮ったんですか?」
「はい。分厚い本が二冊出来るくらいには」
リリンはそう言いながら写影機でクララを撮る。遊園地でも、クララがアトラクションを楽しんでいる間、ずっと撮り続けていたのだ。そのため、現像するための紙がかなり少なくなっていた。
「魔王城に手紙を送って、追加してもらいますか?」
「そうですね。宿に戻ったら送りましょう」
ここから魔王城まで手紙を配達して貰っても、四日は掛かるだろう。リリンは、少し節約しながら撮っていく事にした。
クララが象の上を楽しんだ後は、キリン、ライオン、コアラ、シマウマ、ワニ、サルと順に見ていった。ライオンとワニなど強面の動物に対して、クララは少し怯えていた。熊の場合は大きさで怯えたのだが、ライオンとワニは、じろっとクララを睨んできたため、すぐにリリンの背後に隠れた。
その他の動物に対しては、初めて見るという事もあって、興味深そうに見ていた。
「沢山の動物がいるんですね」
「そうですね。他にもクララさんが知らない動物が沢山いますよ。ただ、動物園では取り扱っていないようですので、見る機会はないかもしれませんが」
「それは、残念です」
「ですが、水辺の近くにいた動物は別です。ここからは、水族館に行きましょう」
「水族館?」
リリンに手を引かれて、クララは水族館へ向かった。
「おぉ……お魚天国……」
クララは目を輝かせながら、水槽を泳ぐ魚を見ていた。
「絶対食糧として見てますよね?」
「食欲旺盛ですね」
そんな二人の言葉は、クララの耳には届かなかった。水族館を順路通りに進んで行くと、段々と魚が少なくなっていった。
「魚が減っちゃいました」
「そうですね。ですが、ここからは動物達が出て来ますよ」
「動物?」
リリンはそう言って、まっすぐ前を指さす。それに合わせて、クララがまっすぐ前を見ると、これまでの水槽とは違い、陸地も存在する飼育エリアが現れた。
そこにいたのは、寸胴な身体をしたペンギンだった。
「可愛い……でも、どんな動物なんですか?」
「鳥のような動物なのですが、飛ぶ事が出来ないのです。ですが、海を泳ぐ事は出来ます。人魚族と同等程度の速度と言われています」
「へぇ~」
人魚族の速さを知らないクララは、あまりピンときていないが、目の前で泳いでいるペンギン達が凄い速度を出している事から、本当に速いのだなと感じていた。
「この隣には、イルカが泳いでるよ」
「イルカ?」
「ペンギンと違って、海だけで生活しているんだよ。それにとても頭が良いみたい。よく知らないけど」
ペンギンを見終わったクララは、隣のイルカを見て、その大きさに少し驚く。
「思ったよりもでかいですね」
「イルカの見世物もあるみたいですね。見ていきますか?」
「時間は大丈夫なんですか?」
「はい。大丈夫ですよ。そこまで長い見世物ではないですから。行きましょうか」
「はい!」
クララ達は、イルカの見世物が行われるステージに向かった。このステージがどんなものなのか事前に知っていたリリンは、最後列の席に座った。
「一番前じゃないんですか?」
「ここからの方が全体をよく見られますから」
「そういうものなんですね」
「ええ」
そんな話をした直後、見世物が始まる。内容は、縦横無尽に動き回るイルカ達が、飼育員の合図で編隊遊泳をし、その後ボール遊びをしていくというもの。そして、その最後に、イルカが大ジャンプをして、生じた波が前二列の客に降りかかった。
「わぁ……前に座っていたら、びっしょりでしたね」
「ええ。ですので、こうして最後列に座ったのです」
「えっ!? 全体を見られるからじゃないんですか!?」
「それもありましたが、一番の理由は、濡れないようにです。これからまだ魔物園の方を見て回るのですから」
「あっ、そういえばそうでしたね」
イルカの見世物を堪能したクララ達は、この魔物動物園の目玉、魔物園へと向かった。




