演習見学(2)
改稿しました(2022年6月6日)
クララが馬車から降りると、そこは、かなりでかい施設だった。演習場というよりコロッセオのようなものだ。
「ここが演習場ですか? でかいですね」
「街への被害を最小にするために、壁を高くして、中も広くしていますからね」
リリンが、丁寧に説明してくれる。魔王軍の演習は、集団対集団の戦いをする事が多い。街への被害が出ると考えられたため、こうして演習場をかなり大きくして、演習を行うようにしていたのだ。
「今日の演習は、少し派手なようですね。行きましょう」
リリンが、クララに手を差し出す。それを見たクララは、バケットを持っていない方の手で握る。すると、リリンは、眼をぱちくりとさせた。
クララは、リリンが、何故そのような反応をするのか分からず、首を傾げる。
「バケットをお持ちしようと思ったのですが」
「え!? 手を繋ぐって意味かと思いました……」
「まぁ、良いでしょう。バケットお持ちしますね」
リリンは、クララの手を取りつつ、もう片方の手でバケットを持った。そして、クララの手を引いて、演習場の中へと向かう。
「戦闘音が聞こえていますね。上の観客席に行きます」
クララが耳を澄ますと、リリンの言うとおり、遠くの方から戦闘音らしき爆音が聞こえていた。クララは、少しだけ戸惑っていた。
「なんだか、本格的な音がしていますが……」
「そういうものですから」
リリンに引かれながら進んで行く。そして、観客席に着くと、魔王軍の演習が見えてきた。様々な魔法が飛び交い、様々なところで斬り合いが発生している。斬り合いとは言っても、持っているのは木刀のようなものなので、死には至らないだろう。
「あんなに魔法を撃って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。一応、威力を低くしていますから」
リリンはこう言ったが、演習場では大なり小なりの爆発や土埃が立っている。クララの目には大丈夫なようには見えない。
「演習って、どういうことをしているんですか?」
「これは人族の軍隊が動いた時を想定して行っている演習です。集団対集団の戦闘を想定しているので、軍隊を半々に分けて、戦闘訓練をしているのです。今日行っているのは、狭い場所での演習ですが、月に何度かは、少し離れた森や平原、山岳地帯で演習をする事もあります」
「そうなんですね」
魔王軍の演習は、あらゆる場所を想定して行っている。そのため、今のような演習場だけでなく、平原などの自然の中での演習も行っているのだ。それもこれも、人族との戦争を想定してのものだった。
「真剣などは使わないとはいえ、さすがに生傷は絶えません。そのため、クララさんが作っているような薬が、常に必要になるのです。魔王軍で、試験的に運用するというのは、そういうことです」
「なるほど。それと、気になるんですが、こういった席って、必要なんですか? 演習場なんですよね?」
クララは、演習内容も気になっていたが、何よりも演習場に観客席があることが気になっていた。
「演習以外にも使いますし、軍のお偉方や他の人達も見に来ますので」
「演習以外ですか?」
他の使い道が思いつかず、クララは首を傾げる。
「色々な大会や魔法の披露会、研究発表会などですね。かなり広いので、臨時の市場みたいな事もしています」
「……なんか、向こうよりも充実していますね」
人族領には無かった行事に、クララは唖然としてしまう。同時に色々なものの充実さに、クララは、少し楽しみが増えた気がした。
「……自由外出の許可が出たら、催し物を見に来ますか?」
「良いんですか!?」
「外出許可が出たら、良いですよ」
本当に楽しみなことが増えたため、クララの眼が輝く。リリンは、クララが魔族領にハマっていっている事がおかしく感じてしまい、思わず吹きだしてしまう。
そんな風に話していると、演習が一休みに入った。
「休憩のようですね。では、売り込みに行きましょう」
「は、はい!」
さっきまで眼を輝かせていたクララは、一転して、緊張で顔を強張らせる。リリンは、クララの手を引いて演習場に降りていく。
クララは、他の魔族がクララにどのような反応をするのか分からないので、リリンの影に隠れていた。クララ達が近づいていくと、魔王軍の魔族達が、次々に気が付いて、クララ達を見ていく。
その眼は、興味があるような好奇心を持っているような眼で、敵意があるようなものはなかった。
そもそも、小さいクララはリリンの影にすっぽりと隠れていて、ほとんど見えていない。そのため、クララに気が付いていない魔族も多かった。魔族のほとんどは、リリンが来たことで、なんなのかと思っていたのだ。
そんな中、筋骨隆々の鬼族が、クララ達の元に歩いてきた。その姿は、魔王であるガーランドに似ていた。ガーランドよりは背が低いのだが、それでもクララよりも遙かに高い背丈だ。
その鬼族は、クララの前まで来ると、膝を突いて、なるべくクララと目線を合わせようとする。
「おう。お前が聖女か?」
「は、はい……」
ガーランドと同じく強面なので、クララは少し怯えてしまう。クララは、リリンの背中に身体半分を隠していた。
「はっはっは! すまんな、怖い顔付きで。この分じゃ、兄貴も怯えられたんだろうな」
「兄貴……? 魔王様ですか?」
目の前の男が言っている兄貴という人物に心当たりがあったクララは、その名前というよりも役職を口にした。
「ああ、現魔王は、俺の兄貴だ。俺は、アーマルド・ガイラルシアだ。よろしくな」
「クララ・フリーゲルです。よろしくお願いします」
クララは、リリンの影から、少しだけ身体を出して頭を下げる。ようやくクララが顔を出したことで、他の魔族達も集まってきた。
「こいつが、今代の聖女か」
「思っていたよりも、小さい子なのね」
「可愛い顔だね。まだまだ、子供って感じ」
「小さいから、能力が低いって事か?」
「さすがに、小ささと能力は関係ないだろ。それに、一応、聖女の意思で変わるって、検証結果が出てるんじゃなかったか?」
「まぁ、今は俺達に悪影響はないってことで、充分だろ」
集まってきた魔族達は、思い思いにそう言っていた。突然、多くの魔族に迫られ、クララはおどおどとしていた。魔族達に敵意はないが、クララにとっては、ついこの前まで敵だったので、大丈夫だと分かっていても緊張してしまうのだ。
(あ……えっと……ど、どうしたら良いんだろう……)
クララが、内心混乱していると、リリンに後ろから前へと押し出された。クララは、リリンの突然の行動に動揺してリリンを見る。
(このまま私の後ろに隠れていても、何も始まりません。頑張ってください)
リリンが、目線だけそう言っているのが、何故かクララには分かった。そのクララに、リリンは、手に持っていたバケットを渡す。
クララは、リリンの気遣いに感謝しつつ、一歩前に進む。魔族達は、クララが何かを喋ると思い、ジッと待ち続ける。必然的に、魔族達から注目を浴びるので、クララは余計に緊張してしまう。
クララは、一度、深呼吸をしてから勇気を振り絞って、口を開く。
「あ、あの! これ、私が作った薬なんです! 良かったら使ってください!!」
クララは、バケットに被せていた布の一部を捲って、中の薬を見せながら差し出す。
「ああ、なるほど、これが軍で試験運用するっていう薬か。ありがとう」
アーマルドが、クララからバケットを受け取る。きちんと受け取って貰えた事でホッとしたクララに、女性魔族達が群がっていく。
「「「可愛い!!」」」
女性魔族達に囲まれ、次々に抱きしめられ、頭を撫でられ、愛でられていく。女性魔族達は、クララが緊張しながら、一生懸命バケットを渡そうとした仕草にキュンときたのだ。目まぐるしく愛でられていくクララは、眼を回している。
そんなクララの様子を、リリンはニコニコと笑いながら見ていた。早速、他の魔族と仲良くしているからだ。本当に仲良くしているのかは分からないが……
「これ、本当に使えるのか?」
「さすがに、鑑定はされているだろうから、大丈夫だろ」
男性魔族達は、クララの仕草などよりも薬の効果の方が気になるようだ。アーマルドから薬のバケットを受け取って、中身を見ていた。
「てか、実際に使ってみれば良いんじゃねぇか?」
「それだ!!」
「おい! さっき軽く怪我したやついないか!?」
「むしろ、今から怪我をするか!?」
「馬鹿野郎! そんなくだらない事で、怪我しようとすんな!」
アーマルドが、男性魔族達を叱り飛ばしていた。その声が聞こえていたリリンは、すぅ~っと眼を逸らしていた。クララの力を試すために、自分から大怪我をしたことを思い出したからだ。
男性魔族達は、先程の演習で軽く切り傷が付いた魔族に、消毒薬と傷薬を試しに使ってみた。
「使い心地的には、今まで使っていた薬と遜色ないよ。時間をおかないと効能は分からないけど、この分だと大丈夫そうだ」
「なら、試験的に運用するのは有りだな」
「いや、その効果を確かめるための試験運用だろ」
「それもそうか」
男性魔族達は、薬の運用に賛成していた。このまま効果が出れば、完全に受け入れられるだろう。クララが、魔族領で生きていくための小さな一歩が刻まれる。




