王様の顔はへのへのもへじ
「お願いがあります。俺のケンタを生き返らせて下さい」
ブログの返事欄に、そう書き込まれていた。
なんとも短絡的な書き込みだ。『ケンタ』?
「ケンタというのは《IgC》ですか?」
そう書き込むと、すぐに次が書き込まれた。
「はい。俺のパートナー《IgC》です。無茶してケンタを死なせてしまいました。とても良い奴です。なんでもしますからお願いします」
あれ?、パートナー《IgC》は必ず異性になるはずなのだが、女性《IgC》に男性名を付けたのだろうか?
『なんでもする』
その書き込みに嘲笑が零れてくる。
ほんと短絡的なヤツだなぁ。少々意地悪な感情が湧いてきた。
「なんでもするって何をしてくれますか?」
また、すぐに返事があった。
「俺、まだ、中一なので今は何もできないかもしれませんが、俺、ケンタが死んだ時ショックのあまりで《グリフロード》から強制ログアウトされて、もう何もする気が起きません。一睡もできないから死んじゃうかもしれない」
本当に中学生なのか?と疑いつつも、《グリフロード》の仕様が頭を過ぎる。
プレーヤーがログインしている状態では、《グリフ王国》の世界は常に変化し続ける。変化を止めることも、過去に遡ることもできない。《IgC》の死もその変化の一片に過ぎない。
死んでしまった《IgC》を悼むプレーヤーは多い。
だから、セーブポイントの設置をプレーヤーは切望しているが、《グリフ王国》の世界は複雑に絡み合った多くの情報で構築されているため、プレーヤーを一度ログアウトさせないとセーブができない、その上、セーブ用補助記憶装置を搭載するとなれば、今でも小型オフィスビル程度の体積がある《グリフロード》が倍の大きさになってしまう。
そして、一番の問題は、プレーヤーの記憶に齟齬が起きてしまうことだろう。やり直したいほど劇的な状況は、プレーヤーの頭にこびりついて離れない悲惨な状況であることが多く、その状況下でセーブポイントからやり直すのは、プレーヤーの意志に圧力をかけ、言動にズレが生じ精神上好ましくない。
運営会社はそう説明して、《グリフ王国》にセーブポイントを設置していない。だから一度死んだ《IgC》には二度と会えない。
だが、すぐに強制ログアウトされたのなら、ガベージコレクション(ごみ集め)処理がまだ実行されていないはず。なら、まだケンタという《IgC》はメモリ上のどこかに残っている。うまく死亡フラグを消してしまえば、ケンタは生き返ることができるかも……。
しかし、公式では一度死んだ《IgC》は生き返らないとしている、プレーヤーはガベージコレクション前なら生き返らせれることを知らないのだから、そのことを公にするのはまずい。
日本時間では、今は夜中の四時前、こんな夜中に中学生が《グリフロード》をしているはずがない。この中学生だという人物は、今まで悩んでいたのだろうか?それとも、いたずらか?
この短いやりとりでは判断がつかない。一度死んだ《IgC》は生き返らないと書き込むのが正解なのだろうが、
しかし、『もしラナが死んでいたら?』
今の俺があっただろうか?
ラナへの気持ちと重ねてしまう。
何らかの対応をするにしても、オープンな場所には書き込めない。
『このメッセージを三分間だけ表示します。もし見たらhttps://○○○○にアクセスしてください』
こう書き込んだものの、気がかりのタネでしかない。
ケンタの情報が残っていたとしても、多くのリンクが寸断されているはずだ。
再リンクに失敗すれば《グリフ王国》の世界が崩壊してしまう。世界が崩壊する危険を犯してまでケンタを救いたいのだろうか?
それに《グリフ王国》が崩壊したとなれば運営会社に異常検知が連絡される。もし俺の関与がバレれば俺もただでは済まない。守秘義務違反で最悪解雇だってありうる。親身になってくれている中村さんにも迷惑をかけてしまう。
三分後、直前に書き込んだ内容を削除して、
『残念ですが、一度死んでしまった《IgC》を生き返らせる手段はありません』
と書き直した。
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その人物は、川内冴貴と名乗る中学一年生の少女だった。
飛躍する文章に、よくわからないところもあったが、パートナー《IgC》ケンタへの思いと、ケンタが死んだ原因を聞かせてくれた、自分の馬鹿げた行動でケンタを殺してしまった、どうしてもケンタを救いたい、《グリフ王国》の世界よりケンタの方が大事だと訴えてきた。
そして驚いたことに、《グリフ王国》の世界に居ても自分の意識を鮮明に保っていられると少女は言う。
この少女の必死さは、ラナに出会った頃の感情を呼び起こさせるものがあった。
「ログイン後すぐに、この薬をケンタに掛けてください。その後世界が歪んて見えますが、視覚に惑わされず、ケンタとの思い出をできるだけ多く頭にイメージすれば、ケンタの記憶情報が再リンクされケンタは生き返ります。ただし、必ずうまくいくと言う保証はありません。記憶情報のリレーション(繋がり)が乏しいとNullPointer例外が多数発生し、《グリフ王国》の世界が崩壊してしまいます。そうなってしまうと、もう元に戻せません。今までアナタが築き上げた《グリフ王国》の世界にはもうログインすることすらできなくなります。アナタの思いが本当なのか、ケンタのことが本当に忘れられないほど記憶に残っているのか、よく考えて使ってください」
「ありがとうございます。俺、絶対ケンタ生き返させてみせます。あと俺どうすればいいですか?」
「料金のことを言っているのなら、三百円になります」
「三百円でいいの?」
「はい、私の商品のなかでは、それが一番高い値段ですから、あと、この事は他言無用でお願いします。ばれると私は会社を辞めなくてはならなくなります。《グリフ王国》が崩壊すると運営会社にばれてしまいます。私も困ります。繰り返しになりますが、使用の時は《グリフロード》から送られるノイズに惑わされず、一つでも多くのケンタとの思い出を頭に浮かべてください」
そう入力して書込ボタンをクリックする。
不安は残るがなんとかなるだろう。
「ありがとうございした」とディスプレイに表示される。
しばらく考える。
『しかし、王様がへのへのもへじというのは傑作だな』
まだ、コンピュータプログラミングをよく知らなかった頃、練習がてら作った国王の顔を変えるツールを作ってブログで販売していたが、冴貴はそれを使い、国王の顔をへのへのもへじの落書きに変えたという。
《IgC》の性格はプレーヤーの感情や行動で大きく変わる。
冴貴と名乗った少女が作り上げた《グリフ王国》の世界観に、子供らしい発想だと感じ、笑みが零れてしまった。
笑い事ではない、冴貴は真剣なんだ。
口元に浮かんだ笑みが不謹慎に感じてしまった。
手助けできるのはここまでだ。ケンタを救えるかは冴貴次第。
冴貴から、次の書き込みが無いことを確認して、ノートパソコンの電源を切った。
リクライニングシードに体を預け、目を閉じる。
目覚めれば、また、充実した忙しい日々が始まる。




