サクセスストーリー
成田空港。
チェックインカウンターへ足早に急ぐ人物。
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これを読んでるプレーヤー諸君!
二十九歳の自分への誕生日プレゼントが二万円弱と思わないで欲しい。
ラナと過ごす十時間が俺自身へのプレゼントなのだ。
昨日、十時間の《グリフ王国》を楽しんで、今やっと纏まった時間ができたのでブログの続きを書く。
昨日の朝書いたブログは、急いでいたこともあり、俺のブログを初めて見る人のことを失念していた。
今までの出来事を振り返るためのブログだったのだが、返事欄を見てみると
『わびしい人生』
『廃人』
『樹海王国への道』
などのネガティブな書き込みが見受けられ、正直ビックリしている、多くの読者の誤解を招いてしまったようだ。
俺のブログを毎回見てくれている読者は知っているだろうが、俺はちょっとした有名人になっている。
昨日は、ラナとは三年ぶりに会った。
俺の心は少し老けたかもしれないが、ラナは、以前と何も変わってなかった。まあ、ラナにとっては一晩なのだから当然なのだが。
なぜ三年ぶりかと言うと、話は長くなる。それでも、俺が家庭用VRゲーム《グリフ王国Lite》を作るきっかけに関わるので書こうと思う。
事の始まりは、中村が早い段階から、中村自身が考案したアルゴリズムを全世界に公開し、多くの企業とライセンス契約を結んだことにあると考えている。
通常、企業秘密として隠すようなノウハウでもプレーヤーが望んでいると分かれば、中村は進んでノウハウを公開した。
二年遅れで追従していた某企業は喜んでそのノウハウを使い、中村に追いつき、一時期、類似VRマシンが《グリフロード》と対抗したが、その某企業は、中村とは正反対の企業戦略をとった、資本にものをいわせ全てを自社で開発しようと考えていたためノウハウを公開しようとしなかった。
まぁ、それが結果的に中村の会社が事実上の業界標準になるきっかけとはなったのだが。
初期の《グリフロード》は日本でしか公開されていなかったこともあり、英語に加え、日本語で書いたノウハウを、中村は充実させた。
そのおかげでヘビーユーザは、ノウハウを思う存分使い、マニアックに《グリフ王国》を改変し、武器や魔法を開発したり、地形を変えたり、シナリオを追加したりして楽しんでいた。
しばらくすると自然とヘビーユーザの中から、それをビジネスとして考え起業する動きが現れた、ソフトウェア会社やサードパーティーメーカーを立ち上げる者、トーナメント大会を運営する者が現れるようになり、世界中に《グリフロード》が普及している現在でも、その時期に起業した日本のベンチャー企業が多く残っている。
ハードウェアの性能に優劣が無くとも、起業家として活躍しているヘビーユーザのおかげで、ソフトやサービスの面では、《グリフロード》が圧倒的に某企業の類似VRマシンを凌駕していた。
結果、今では《グリフロード》と競合しようという同業他社は一社もいない、中村の作った《グリフロード》にいかに自社製品を組み込むか、いわゆるサードパーティ製品に力を注いでいる。
俺はそんな企業間の争いには興味はなかったが、中村が公開したAPI|(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)は大いに活用させてもらった。
APIを使ってラナと楽しく暮らすための多くの物事を制作した。
日本語で書いてある文章はとても助かり、俺はノウハウの詰まった日本語技術資料を隅々まで読んだ。
それは、他の製作者も同じだろうが、他の製作者がチートや最強の敵や魔物やダンジョン、最強の武器や道具などを作ることに夢中になるなか、俺は、どうすればもっと快適にラナと生活ができるかを考えていた。
他の製作者とは違う、変わったものを制作している俺のブログは、当時かなり評判が良かったと思っている。
そのブログの中で、俺は《グリフ王国》の柔軟性の低さをヤジっていた。
『俺ならこんなことができるようにする』
『なんでこんなとこで強制イベント発生させるんだ』
『こんな簡単な事がなんで町人にはできないんだ』
って感じで、ナンセンスな箇所を指摘しつつ、より楽しく《グリフ王国》で過ごすための方法を書き、実際に俺自身で試してみた。
フリー素材の3Dオブジェクトはインターネットから簡単に入手できても、単に物が増えただけでは何の意味もない。それの使い方、楽しみ方を《IgC》が知らないと意味がない。だから俺が《IgC》にいろいろと教えた。
《グリフ王国》での味や匂いは、現実世界ではコンピュータ上のただの数値でしかない。実際にログインして、どんな味がするのか、どんな匂いがするのか確かめる必要があった。俺は《グリフ王国》の世界で研究を続けた。
俺の《グリフ王国》の世界は、他のプレーヤーの世界とは異質になっていく。
俺の世界観は多くのプレーヤーの心を掴み、いつからか、ブログの返事欄に、『真似がしたい』、『作ったものを売って欲しい』という書き込みが目立つようになっていった。
俺のヒット作品は味、匂い、そして《IgC》の定義データ。
それらを売ってみることにした。
手間賃程度と考え五十円から三百円で販売してみると、次から次へと注文が来る。繁忙期には日に数百件の注文があった。
俺は、勤めていた会社を、なんの躊躇いもなく辞めた。
辞めて、《グリフ王国》の世界の物事の制作に専念した。
俺の作ったものは、非公式であるにも関わらず一時期、日本中のプレーヤーが使っていただろう。
そんなある日、中村からメールが来たのだ。
『一緒に《グリフ王国》を作らないか?』
中村直々のメールだった。
中村もシナリオには不満があったようだが、しかし中村はゲームデザイナーではない。
有名になった俺の道具を、ある日使ってみて、『これだ!』と、俺のことが気に入ったと話してくれた。
その頃、個人でできることに限界を感じていた俺は、喜び、すぐさまOKしてアメリカに行くことを選んだ。
『ラナとはしばらく会えないが、またラナの喜ぶ顔が見える』
そう夢見て、東京秋葉原の《グリフロード》ビルにラナを残したまま、俺はアメリカに飛んだ。
当初は六ヶ月の予定だった。六ヶ月過ぎたあと東京勤務になる予定だった。
アメリカに渡った俺は、単調な作業をする《インテリ・ジェネレーター》としてではなく、シナリオプランナーとして、《グリフ王国》のシナリオに関わり、魔物と戦う世界ではなく楽しく暮らすための《グリフ王国》へと改善していった。
ラナの居ない《グリフ王国》の世界にログインして、研究を続けた。
俺が関わった仕事は、すぐに成果がでるものばかりではない。もう少しもう少しとシナリオを見直していくうちに、三年の月日をアメリカで過ごしていた。
今では、俺のブログで販売していた殆どの物が運営会社から無料提供されている。そのうえ俺が個人で作ったものより性能がいい。
今、俺のブログで販売している物は、運営会社が扱わないマイナーな物しか残っていない。それでも月に十数個は売れるので、必要としてくれる人がいるからには販売をやめるわけにはいかない。
ブログも見てくれる人がいるので続けている。
シナリオ作成、イベント構成、性格デザインなど好んで仕事をこなしているうちに、俺の仕事は次々と増え、いつしか統括的に《グリフ王国》の世界観を構築するポスト(役職)についていた。
その甲斐あって、中村の推薦もあり、今はフルダイブ型家庭用VR機のシナリオ部門のディレクターを俺が担当している。
そして、今、俺が全力で取り組んでいるのが《グリフ王国Lite》の制作だ。
如何に限られた感覚のなかで、よりリアル感を出すかに力を入れている。無論、シナリオの展開、仲間と楽しく過ごすイベントも考慮を欠かさない。
正直、多忙な毎日を送っている、ラナとはもう三年も会っていなかった。今の調子だと、いつ会えるか分からない。
二十九歳の誕生日、俺自身に何かプレゼントをしようと考えた。
何かと言っても俺自身なのだから欲しいものは分かりきっている。
『ラナの笑顔』
休暇をとり、アメリカから、ラナに会いに日本に帰ってきた。そして今は、アメリカへ戻る飛行機の中だ。
正直、疲れている。
それでも、昨日は湖畔でラナと花火も楽しめた。
満足のいく誕生日プレゼントだった。
最後になるが、《グリフ王国Lite》の数あるセールスポイントの中から一つを挙げるとすれば、やはり、MMO|(多人数同時参加)ができることだろう。
多くの人間が同じ世界に居るのだから、《IgC》との交流だけではなく、リアルな人間同士のイベントも十分配慮している。
『単純に何かを楽しむ』
俺が、初めてラナと出会ったときに感じた気持ちだ。
煩雑な人間関係を忘れ、単純に何かを楽しむ世界、近日発売予定の《グリフ王国Lite》を是非たのしんでもらいたい。
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アメリカへ向かう飛行機の中、俺は、そうブログに書き込み、更新ボタンをクリックした。
機内で睡眠をとったあと、すぐに仕事だ、ハードな日程ではあるが今の仕事にやりがいを感じている。
考えてみればこのブログは、七年前、興奮さめやらぬ《グリフ王国》での出来事を、ただ感情のままに書いていただけのブログだった。誰かに見て欲しいわけでもなく、書きたかったから書いただけの日記のようなブログだった。
それが今では、多くの読者がいる。
現代の立志伝としてこのブログを読むプレーヤーもいる。シナリオプランナーを目指す若者がポスト(次の)コウヘイを夢見て、俺の生の声を聞きたがっている。
最近は、そんなことを考えながら書く。書く内容には、そこそこ気を使っている。あと、以前のように運営会社の悪口も書けなくなった。
照明の落とされた、微かにジェット音が響く機内。
物思いにふけってしまう。
振り返ってみれば、攻城戦シナリオで、初めてラナと出会った七年前のあの時、
今思えば、あの幻想的なラナの横顔を見たときから、俺の小さなサクセスストーリーは始まっていた。
リアル世界の俺の出来事は《グリフ王国》では一晩の夢物語でしか無い。当時と変わらないままのラナと、俺は会える。
昨日、ログインする直前、三年前の気持ちが取り戻せるのだろうか?とすこし不安になったが、《グリフ王国》の世界では、そんな気持ちは吹っ切れた。ラナはラナだった。
ラナはいつまでも待っていてくれる。
五年先、いや十年先になるかもわからないが、必ずラナと真の魔王を倒そう。
また俺の心が少し老けてるかもしれないが、初めてラナにあったときの感動を胸に《グリフ王国》の世界で目覚めよう。
そのとき、また冒険の続きをしようなラナ。
一眠りしよう。
インターネットを閉じようとブラウザーの画面を見ると、返事欄に一件の書き込みがあった。
『お願いがあります。俺のケンタを生き返らせて下さい』




