セシルの農園
「それより、アンナに会いに行かないか?」
咄嗟には、それくらいしか思いつかなかった。
「会いに行ってどうするの?」
「会いに行くだけだよ。《ラナのローブ》があれば、すぐだろう」
「そうね。半日とかからないと思うわ」
「ご近所みたいなもんじゃないか。どうしてるか気になるだろ?行ってみないか」
「私も気にはなっているけど、……、そうね、練習も兼ねて長距離飛行に挑戦するのもいいかもしれないわね」
思ったより素直にラナが賛成してくれた。
ホッする俺にラナが真剣な顔で付け足す。
「でも、アンナちゃんの前で『魔王討伐は辞めた』とか『一緒に住もう』とか言ったらダメよ」
まじまじと念を押す。
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「ラナ、速くないか?」
「ゆっくり飛ぶの難しいのよ。それに日が暮れちゃうでしょ」
「ラナ、もう少し低く飛べよ」
「低く飛んだら木の枝にぶつかっちゃうでしょ。同じ高さで飛ぶのなかなか難しいんだから」
ラナに触れていると俺の体もふわりと浮き、まるで水の中に居るかのように快適なのだが、時折、予兆もなく急降下する。重力が消えたような浮遊感に見舞われ、そのときばかりはあまり気持ちの良いものではない。
落ちないのか?と心配する俺に「だいじょうぶよ」と言うラナの言葉は信用しているが、湖の上で散々落ちていたラナを思い出すと、躓いたように、この高さから地面に叩きつけられたときのことを考えてしまい生きた心地がしない。
城が見えてきた。
「北東って行ってたからこっちかしら」
遠くに見えてきた城を右に旋回し、森が続く上空を飛行する。
広い耕地が見えてきた、大きな建物が見えてきた。
「あそこかもしれないわ。 近づいて誰かに聞いてみましょ」
近づくと人が集まっているのが見えた。
飛んでいる俺達に気づきこっちを見ている。
その中にセシルが居た。
セシルの前に降り立つ。
「コウヘイさん、ラナさん。どうしたのですか?」
「ちょっと様子見に来ちゃった。何か取り込み中なの?」
驚くセシルにラナは愛想よく答えた。
「いいえ、打ち合わせしていただけですから……、立ち話もなんです、お茶でもどうですか?」
突然のことで動揺が隠せないようだ。
「あとは頼みましたよ」と言葉を残し、大きな建物の中に俺達を誘う。
農家にしては立派な客室だ。
「あの人たち全員、セシルの使用人なの」
「はい、農夫や使用人です」
「凄いわね」
「いいえ、まだ、まだ人手が足りませんし、しないといけないことが山ほど残ってます」
「へぇーー、ホント凄いわね」
使用人が紅茶を入れる。
「《魔物の洞窟》は苦戦しているのでしようか?」
俺は黙り込み、ラナも言葉を濁す。
「えー、まあ……」
ラナも『俺が《魔物の洞窟》に入りたがらない』とは言えない。
扉を開け、アンナが入ってきた。
スカートをつまみ、軽くお辞儀をする。
「コウヘイお兄様、ラナお姉様、ご無沙汰しています」
「あ、アンナちゃん元気にしていた」
「はい、おかげさまで、つつがなく暮らしています」
「少し見ないうちに急に大きくなったわね」
「そうですか?」
ニコリとするアンナ。衣装がやや大人染みているせいか、やけに大人っぽくみえる。
見違えたアンナに釘付けの俺とラナに、セシルが、
「そうだわ、コウヘイさん、ラナさん、今日はゆっくりできますか?すこし農園を案内します、そのあと一緒に夕食はどうでしょうか?」
ラナは俺の顔を見たあと、
「悪いわね。急に押しかけたのに」
提案にのる。
「いいえ、いいんですよ。アンナも喜びますし」
セシルは席を立ち農園へと、誘う。
「あれ、アンナちゃんは?一緒に来ないの?」
「アンナは明日の準備がありますから、夕食まではご一緒できません」
「アンナちゃんどうかしたの?」
「アンナは寄宿学校に通わせることにしました。ここでは十分な教育が受けられませんし、なによりお城の方が安全ですから」
「そうなの、アンナちゃんも大変ね。それにセシルさみしくなるわね」
「いいえ、私もやらないといけないことが山積みです、寂しんでる時間などありません」
セシル自ら荷馬車を操り、麦畑、野菜畑、果実園を次々と案内してくれた。そして、ここで働く農夫は百人を超え、生前の父の農園の状態に戻す目処がついたと話してくれた。
セシルの顔色が深刻そうだとは感じていたが、あまり表情を顔に出さないセシルだから、そう見えるのだと気にしていなかった。そのセシルが困惑した表情を前面にだし、ラナの手をとり話し出す。
「
ラナさん、以前、一緒に戦ってもいいと発言したのは覚えています。
しかし、今思えば軽はずみな発言でした。
アンナはまだ小さいです。
仕方がなかったとはいえ、戦いに巻き込んだことを後悔しています。……。もう戦いに巻き込みたくはありません。
私一人だけでも、とは思うのですが、まだまだ農園の再建には時間もお金もかかります。このままアンナを残して私だけ戦いに行くのは、アンナのことを考えると辛いです。
それでも、私一人なら……なんとか。
」
俺とラナが、二人を魔物との戦いに巻き込みにきたのだと、誤解しているようだ。
「違うのよ。コウヘイがどうしてもセシルとアンナちゃんに会いたいって言ったから来たのよ。けしてセシルとアンナちゃんを戦争に巻き込もうとしてるわけじゃないんだから、誤解しないで」
ラナの顔を見つめてたセシルは、俺に目線を向ける。
俺は、首を縦に何度も振り、セシルの勘違いだとアピールした。
ホッと胸を撫で下ろすセシル。
ラナが俺の横腹を肘で突く。
「ごめん、どうしても会いたくなって来ただけなんだ。驚かしてホントごめん」
「いいえ、私も、コウヘイさん、ラナさんのことは気になっていたので、一度お会いしたいと思っていました。よくいらしてくださいました」
今までずっと冷たく感じていた清楚な顔が、一変して表情をゆるめる。
その後は、以前のセシルとは人が変わったかのように表情豊かに、そしてよく喋った。
なんでも、農園の作業より、領主への謁見、取引先との交渉や、農業組合での話し合い、冒険者ギルドと警護契約など、事務作業と面会で日々を追われていると近況を話してくれた。最初は慣れない事の連続で、冒険者の次は金の亡者達との交渉をするはめになった自分の運命を呪ったが、アンナのためにも両親に報いるためにもと自分に言い聞かせ、嫌悪感を覚えるほどの強欲な交渉相手にも笑顔で接したり、わがままな利権者たちに媚びたりと、最近では自分でも驚くほど、感情を表にだし、時には強気で、時には同情を誘って会話するようになったと、ユーモアを混じえて話してくれた。
夕食のテーブルの席。
「ゆっくりしていってもらいたいのですが、アンナは明日の朝、寄宿学校に向かいます。私も明日からしばらくお城で面談と商談が続きますから、明日の朝早くにここを発たないといけません」
「そうなの、セシル大変ね。 その分今日はいろいろ話しましょアンナちゃん」
「はい、ラナお姉様」
ラナとアンナの会話は、段々と弾み、アンナは以前のような振る舞いで、学校の話をラナにする。
「それで、私が怒るとその男子泣き出して」
「そうね。アンナちゃん強いから」
「でしょ」
二人して大笑いする。
アンナは、飲まないスープをスプーンでかき混ぜながら、ラナに話す次の出来事を考えているみたいだった。
突然、アンナの胸から《ビジュアル》が顔を出し、ラナがビックリする。
「あ、ピピ」
「そうなの、いつの間にか戻ってきてたの。朝とか夜とか、ときどき顔を出すんだけど、話しかけても言葉は通じないみたい。普段は人前に顔出さないんだけど、多分ラナお姉ちゃんの声が聞こえたから出てきたんだと思う」
アンナは席を立ち、飛び回るピピを手に戻した。手に戻ったピピをラナに見せようと、元気に走って広いテーブルを迂回する。
「アンナ。 羽目を外してますよ」
言葉遣いが乱暴になり、食事のマナーを疎かにするアンナを叱る。
「はい、お姉様。 ごめんなさい」
セシルの厳しい口調にアンナは黙り込んだ。
雰囲気が一気に冷めた。
「すみません。 しかしアンナには幸せになってもらいたいと思っています。両親の意志を継いで貴族の家に嫁いでもらいたいと思っています。私は時期を逃してしまいましたがアンナはまだ間に合います。 どんなときも冷静さを失った言動は貴族の家では、最悪命取りになったり、一生、いえ末代までもが人生を棒に振ることになりますから」
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翌朝。
暗いうちから起き、朝食をとり、空が白みはじめると共に、
アンナとセシルは馬車で城へ、俺とラナは《ラナのローブ》で《魔物の洞窟》へ。それぞれの向かうべき場所へ発った。
空を飛んでいると、体に当たるまだ明けきらぬ夜風が冷たく感じる。斜め後方から指す光、日光が暖かいのだとよく分かる。ラナの体温が温かいのだとよく分かる。
「なあ、ラナ」
「なあに?」
「アンナ大人びてたよな」
「そうね見違えちゃったわよね。 セシルの言うとおりアンナちゃんは冒険者じゃないんだから、立派な家に嫁いで、旦那様を助け、家を守り、子供を育てないと行けないわね。冒険者をしていたときのことなんか忘れて勉学に専念するのがアンナちゃんのするべきことだわ」
アンナとセシルと会っていろいろ考えさせられることがあった。
『するべきことか』
飛行するラナに寄り添いながら、俺が物思いにふけっていると、ラナが何気なく言葉にする。
「私達も魔王を倒して、セシルとアンナちゃんが平和に暮らせる国を作らないといけないわね」
「……」
「あ、ごめん。言わない約束だったわね。うん、コウヘイが何を考えているかわからないけど、私はコウヘイを信じてるわ」
セシルも自分の今するべきことを頑張っていた。なのに俺ときたら……。
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小屋に着き、しばらくして気がつくと、ラナはまた庭の椅子に座り、一点を見つめたまま黙り込むようになっていた。
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