グリフ王国しかない三
《グリフ王国》の世界に居ても、つまらなくなった。
気を抜くと、ホブゴブリンとの戦いや、アントレアの言葉が走馬灯のように再生される。その度に《魔物の洞窟》のことが思い出される。ストーリーから外れた行動を執る俺に、《グリフロード》が『順路はこっちだ』とシグナル(合図)を送っているのだろう。
その度に『《魔物の洞窟》に行ってはダメだ』と俺の心が拒否をする。後悔したり、葛藤したり、悶々とするだけだ。
結局、六万円という大金を無駄に使っただけだった。
ラナは、人形のようになってしまった。
いや、無駄とも言えない。ラナは湖畔の小屋に住むことを選んだ、タライから湖に落ちた俺をおかしいと笑った、水着が無いから泳がないと躊躇った。
ラナはラナだ!そう感じられたのだから無駄とは言えない。
『何か作れば、ラナは興味を示す』
小屋が作れた。椅子も作れた。タライが浮いた。
ブランコも、ハンモックも作った。
多くのことができた。
多くのことができるのだが、物が無さすぎる。
船もない。
釣り竿もない。
ペットも居ない。
キャッチボールするボールさえない。
町には、刺激がない。
戦いに関係しない物資が無さすぎる。
《グリフ王国》はラナと楽しく暮らすようには作られていない。
《グリフ王国》の世界では判断力や記憶力が低下するとはいえ思いつくことは全てやった、
そして現実世界に戻っても、もうできることが思いつかない。
-----
いくらインターネットで調べても、城に戻って武道大会に参加したというプレーヤーは一人もいない。《魔物の洞窟》を攻略する過程で、魔界に飛ばされたというプレーヤーのブログしか検索結果に現れない。
俺の行動をまねて《ホブゴブリンの盾》を手に入れたというプレーヤーはそこそこ見るが、そのあとにアントレアが言っていた武道大会のルートを見つけたというプレーヤーは一人もいない。やはり、アントレアが言ったストーリーは存在しないのだろうか?
ログイン前に夢のようなことをブログに書いたが、あれ以来更新が止まっている。書くことが何もない。いや、書くことは一杯ある。
・運営への不満
・グリフ王国への不満
・ラナへの不満
・そして俺への不満
なぜ、ゲームごときにこんなに悩むのだろうかと、自分の性格が嫌になる。なぜゲームを楽しもうとしないのか嫌になる。
ラナとたのしく過ごした時間が忘れられない。はじめて出会ったときの幻想的なラナの笑顔が忘れられない。
《魔物の洞窟》を攻略してしまうと、魔界での辛く厳しい戦闘に巻き込まれる。もう、ラナとは楽しく暮らせなくなる。
俺がブログを更新しなくても、返事欄への書き込みは多い、ほとんどが不安の書き込みだ。運営の対応の不味さを愚痴らずには居られないプレーヤーは多いようだ。
俺は、返事欄に書き込まれた内容をまとめ、『返事欄のまとめ・グリフ王国の現状』とタイトルを付け新しいブログを作成した。読者へ意見交換の場所を提供した。
読者に交じり、俺も返事欄に愚痴を書き込んだ、改善策も書き込んだ。『《インテリ・ジェネレータ》の仕事をしている関係で《IgC》も機械学習することを知っている、《グリフ王国》には、魔物と戦う以外の物資が少なすぎるんだ、物資さえあればもっと楽しくなる』 わざわざブログを作成するほどでもない、単なる思いつきを書き込んだ。
忙しく感じる灰色の生活を送っているうちに、次の予約日が近づく。
多くのプレーヤーは不安を抱きつつも《グリフ王国》を楽しんでいる。楽しんだあと、シナリオが終わってしまうことに不満をあげている。俺のようにシナリオ外の行動をとろうとするのは少数派なのかもしれない。
このまま《グリフ王国》にログインしても辛くなるだけだ。
一時間六万円もする。楽しくもないゲームにお金を出す余裕はない。そう考えてしまう俺の思考に、やはりラナはゲームのキャラクターでしかないのかと、がっかりした気分になる。他のプレーヤーのパートナー《IgC》と違ってラナだけはラナだけはキャラクターの域を超えて欲しいと願うのだが……。
運営がなんらかの対応をするまで、《グリフ王国》は中断して、新しいシナリオでもと思う。
魔物と言えども人間に似た体型をしているし、斬れば肉が剥がれ血がでる。それに比べ《社会人サクセスストーリー》は俺好みかもしれない。
しかし、そこにはラナが居ない。
新しいシナリオの方が楽しくなるかもしれない。そうなったらどうしよう、
複数のシナリオを楽しむほどの金銭的余裕はない、そもそも予約が取れないのだ、どれか一つに絞ることになるだろう。
思い切って《魔物の洞窟》を攻略するのが正解なのでは、そうすればラナも元気になる。
しかし魔王を倒してしまえば、今度こそ本当にラナは人形のようになってしまう。
このままラナを忘れていいのだろうか?
結局、予約日の五日前、キャンセル料がかからないうちにキャンセルし、次回の二ヶ月後の予約を取り直した。
-----
日に日に魔王を倒すプレーヤーが増えていく、そして皆がその後の平和な世界に不平を漏らす。
『もっと魔物と戦いたい』
『パートナー《IgC》と楽しく暮らしたい』
なかには《グリフ王国》のフィールドを使った『二人プレイ格闘がしたい』、『MMO(多人数同時参加)がしたい』など、シナリオから逸脱した事を言うプレーヤーもいる。過激な発言で運営会社を非難するプレーヤーもいる。
その声は日に日に大きくなり、運営会社は何らかの対応を迫れるようになったのだろう。
ある日、《グリフロード》の運営会社が重大発表をしたというニュースが飛び交った。
運営会社のホームページを開けてみる。
トップページには、『今後の方針について』とタイトルを付けた記事があった。
冒頭でプレーヤーのニーズに対応しきれない現状を詫びていた。特に、《IgC》が人形のようになることに不満を抱くプレーヤーが多いこと、運営は《IgC》に多くのバリエーションの性格・行動パターンを定義しているが、人間の思考をコンピュータで再現させることは極めて困難なことを長々と理屈っぽく記載している。
やはり、《IgC》は人間のようにはいかない。《インテリ・ジェネレーター》をしている俺からすると、中の人の苦労が分かるようで、幾分かは同情する。
《IgC》はNPCと違い、機械学習する。ただ、どう学習するのかは、運営会社にもわからない。
同時に、重大発表としてAPI|(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)とコンバートアプリを公開したことが記載されている。
読んでみると、公開されたAPIは強力なもので、例えば、魔王城に瞬間移動できる魔法や、魔王を一撃で倒せる武器、すべての攻撃を防げる防具など、ゲームバランスを無視した物が作れたり、太陽を二つにしたり、地形や気候を変えたり、どんな模様の服でも、どんな形状の家具でも自由に作成できたりするものだと記載されてある。そして、究極としてプレーヤー自身がシナリオを好きに作れ、プレーヤー自身が《IgC》の性格を自由に定義できる。と運営会社は主張してある。
公開されたAPIは主に、他社へサードパーティ製品の開発を推奨する物のようだが、利用者は限定されていない、自分で作って自分の《グリフ王国》の世界にアップロードするのなら、何の制限もない。
まあ当然だが、シナリオを作るとなれば発想力が必要になるし、《IgC》の性格を一から定義するとなれば高い技術力が必要になる。手の込んだ模様の服を作ろうとすれば、CG(コンピュータグラフックス)ソフトを使って手が込んだ作業をする必要がある。公開されたAPIは誰もが簡単に好きなものが作れるというような代物ではなさそうだった。
そして、公開されたもう一つの方コンバートアプリは、インターネット上に溢れるフリー素材を自由に《グリフ王国》にアップロードできるアプリだった。
俺が希望していたものだ。
ラナが人形のようになるのは、シナリオから外れたからではない、ラナが楽しめることが《グリフ王国》の世界に無いからだ。そう俺は確信している。
『退屈なんだ、ラナは《グリフ王国》の世界が』
早速、コンピュータプログラミングを勉強することにした。




