グリフ王国しかない二
次の日から人夫を二人雇い、湖の畔に通う。人夫は俺の言うとおりにしか動かない、それでも一週間ほどで木こり小屋を完成させた。
魔物はいない、窓は大きく作った。念の為鉄格子を付けた。ラナと相談してそうした。
小屋が完成するまでの間、ラナは一日中木陰でぼんやりと小屋が出来ていくのを見ていた。
アンナ達と暮らしていた木こり小屋を真似て作ったのだが、少々粗が目立つ。
でも初めて作ったにしては上出来だ。自分ではそう思う。
ラナと二人、小屋のドアの前に立ち、出来栄えを眺める。
初めて建てた自分の家だ(まあ、小屋だけど)。感動するものがある。
「明日からここで暮らすの? まあ、よく出来てるほうかしら」
ラナは見ていただけだし、この小屋に感情移入するところはないのだろう。
翌朝、執事にお礼を言い、使用人二人と庭師にお礼を言って、アントレアの屋敷を後にした。
町でラナと二人買い物をする。ベットを選び、クローゼットを選び、ナベを選んだ。風呂にする大きな寸胴ナベも二人で選んで買った。湖の畔に通じる道は途中から狭くなり荷馬車が通れなくなるので、運搬人を雇って運んでもらった。
「寸胴ナベの風呂を作るぞ」
「そうね。コウヘイそういうの得意だから」
穏やかにラナは笑う。
二、三日はラナと二人で相談して決めることがあった。ベットの位置、カーテンの色、ナベを置く棚など、それなりに話題があったが、いざ一通りの物が揃ってしまうと、また、ラナはベットに腰を掛け、一日中じっとしている。
食事のとき、風呂のとき、必要最小限しか、そこから動かない。
朝。
「材料はあるけど、食事どうする?」
「そうね。何か作るわ」
ごそりとラナは立ち上がり台所に立つ。
「薪足りてるか?」
「ええ、大丈夫よ」
昼。
「食材買いに行こうか」
「そうね」
ごぞりと立ち上がる。
夕方。
「風呂が沸いたぞ」
「ありがとう」
穏やかにラナは笑う。
毎日が同じことの繰り返しだ。
「何か足りないものがあれば言えよな、まだお金はあるんだから」
「ええ、ないわ。気を使ってくれてありがとう」
穏やかにラナは笑う。
俺が話しかけないと、ラナは何も話さない、何もしなくなっていた。
庭に出ようといえば、庭に出るのだが、無表情にしている。
生き生きしたラナがいなくなっていた。
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昼過ぎに食材を町で買うのが日課となっている。ある日のその帰り道。
「なあ、夕食には、まだ早いけど、庭でバーベキューにしないか?」
「どうして庭で食べるの?」
「え?、えーー、毎日同じだと……、つまらないだろ。気分転換だよ」
「そうね。別にいいわよ」
穏やかにラナは笑う。
庭で薪を燃やし、串に刺した肉を焼く。
傍でナベでスープを煮る。
開放的な景色なのだが、見慣れた景色だ。この大きな湖を見ても、初めてみた感動を感じなくなった。
ラナに「おいしい?」と聞こうと思ったが、いつもの料理で、いつもの味、いつもの景色。聞くまでもない。何も変わらない。
ラナは黙々と食べる、俺も黙々と食べる。
無表情なラナの顔。
ラナが生き生きとしているのは、魔物と戦う話をしているときだけだ。《魔物の洞窟》に行けば元気になる。また、そんなことが脳裏に浮かぶ。
心の中でそれを拒否し、無理に話題を作った。
「ラナ、明日、船買って湖に出てみないか?」
「船なんか売ってるのかしら?」
「大きな船じゃない、手漕ぎボートだよ、いくら小さな町でもそれくらいあるだろ」
「そんなことしてどうするの?」
「……、なんか、やってみたいんだよ。ダメか?」
「別にいいけど」
興味がないと言わんばかりの無表情な顔。
次の日、二人で町にでかける。
どこにも船などない。手漕ぎボートもない。
なら釣り竿はないかと探してみる。釣り竿もない。
あきらめて、屋台で夕飯の食材を買う。ふと見た隣の雑貨屋に大きなタライが売ってある。
「あれ浮かべてみないか?」
「あのタライを?」
「あの大きさなら一人なら乗れるよ。ラナとなら二人でも乗れるんじゃないか?」
「そんなことしてどうするの?」
「え、……なんとなく、そうしたいんだ」
俺は好奇心を持つが、ラナは興味なさげにしている。
湖岸から大きなタライを浮かべる、恐る恐る片足をタライに乗せ、体重を移す。
おお浮くじゃないか!
「ラナその板切れ、とってくれないか」
ラナから手渡された木の板で漕ぐ。
漕ぐと、くるりと回るだけで、なかなか前に進めない。
「これ難しいなぁ」
右を漕いで、素早く左を漕ぐ、遅いと百八十度回転してしまう。
すばやくすばやくと集中して漕ぐ。ヨチヨチ歩きのヒナのように後尾を振りながらユラユラ進む。
「見ろよラナ、なんとかなるぞ」
無邪気にラナに話しかけながら、もっと早く前に進もうと、素早く左右交互に木の板を移し、水を掻く。
勢い余ってバランスを崩し、湖の中にドボンとひっくり返ってしまった。
「ぷ、あははは、なにやってんのよコウヘイ。 ほんとにもう」
久しぶりのラナの笑い声だった。
「ラナも泳げよ」
「私は見ているだけでいいわ。水着もないし」
じゃ水着があったら泳ぐのか?と考えてしまう。でも、釣り竿も無いんだあの町には。水着があるとは思えない、でも、明日探してみるか。
仰向けに水に浮き、ぼんやりと青い空を見上げた。
防具の店や服の店をまわったが、水着を置いてある店は一つもない。あきらめる。
なら、釣り針を作ってもらおうと鍛冶屋に顔を出したが、断られる。
魚を骨で釣り針を作り、馬の尻尾の毛で糸を作ってみることにした。
エサがない。
パンでいいか?
全く釣れない。
こんなにたくさんの小魚が居るのに。
透き通った水の中で、のどかに胸ビレを動かす小魚を見ながら、物思いにふける。
ペットがいれば、気が紛れる気がする。『犬とキャッチボールがしたいな』
そういえば、この町には犬が居ない。ボールも見たことがない。
俺が住んでた町には犬が居たはずだが、この町には無いものばかりだ。
他に作れる物といえば、木の枝にロープを掛けてブランコとかハンモックくらいか?
この日も、ラナと二人、ランプの明かりで台所のテーブルを照らし、夕食をとる。話す話題など何もない、ただ黙々と食べ物を口に運ぶ。
毎日ぼんやりと時を過ごし、毎日同じ物を食べる。パンと焼いた肉とジャガイモの入ったスープ、野菜のサラダ。町では、サンドイッチがあったり、紅茶があったりする。でも、何か物足りない。
塩味のスープと水っぽいサラダ。果物も水っぽい。
そうだ甘さがないんだ。
「なあ、ラナ」
「なに?」
「砂糖って見ないよな」
「そうね。もう何年も砂糖を見てないわね」
「砂糖って売ってないのか?」
「いくとこにいけばあると思うけど、きっと庶民の手が届く値段じゃないと思うわ。 魔物が頻出するようになってからは、いろんなものが極端に品不足になったわよね」
ラナは無関心に食事を続けている。
砂糖があれば、料理のレパートリが増える。この湿っぽい雰囲気の食卓が少しは改善するかもしれない。
肉屋、八百屋、パン屋、食堂、いろいろなところで聞いては見たが、砂糖が手に入れられる場所は誰も知らない。
思い切ってクエストを依頼しよう。
仕事の紹介所を訪ねた。
「たしかに、クエスト依頼も受け付けてはいますが、ここで扱うクエストは、近隣での現実味があるクエストだけです」
「砂糖ってそんなに高価なのか?」
「私にはわかりませんが、ここの近隣に無いことだけは確かです」
受け付けてもらえない。
そういえば、
「城ではいろいろなクエストを取り扱っている人が居るって聞いたんだが。この町にはいないのか?」
「たしかにクエスト屋と言われる人は、この町にも居ますが……、あまり信用できませんよ」
「頼む、その場所を教えてくれ」
ラナの反対を押し切り、俺達は受付嬢に紹介してもらった町外れの通りにやってきた。
「砂糖を探してくれないか?」
「砂糖を見つけるという依頼……ですか? それなら六十Gになります」
俺の身なりをジロジロ見ながら意味ありげに考え込んだあと、クエスト屋は料金を提示した。
「探すだけで、六十Gもとるの! お金の無駄よ」
ラナは驚き、俺の行動を止める。
「もし見つかっても買えない値段かもしれないけど、それでも探してみたいんだ」
「どうしてそんなことするの?砂糖なんか無くても死なないでしょ。それに今は収入がないのよ」
たしかにラナの言うことが正しいと思う。いくら遠征隊の報酬が残っているとは言ってもこんな無駄遣いしてれば、すぐに底をつく。
「「……」」
睨むラナから目線を逸らし、下を向きかけた、『黙っちゃだめだ』自分に言い聞かす。
「ラナが……、ラナが笑顔になるんじゃないかって気がするんだ」
真剣な俺の眼差しに、不機嫌だった表情を緩め、目線を俺から逸らす。
「……変なコウヘイ。すきにすれば」
その後、そっぽを向いたラナは何も言わない。
俺は、ラナからお金の入った革袋を受け取り、代金としてプラチナコイン一枚をクエスト屋に渡した。
「いつ頃、分かりそうだ?」
「そうですね。一週間後に、またここでお会いましょう」
ラナは怒っているのだろう、何も話そうとはしない。
帰り道、ラナは無表情にしている。不満ともちょっと違った雰囲気でラナの気持ちがつかない。
一週間後、買い物の帰りに、クエスト屋の通りに立ち寄ったが、あのクエスト屋はいない。日を改めて何度か立ち寄ったが、会うことは無かった。
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ラナはいつも無表情にベットに座っている。
一日中部屋に閉じこもっているのは体に良くない。表に出ようとしないラナのために、庭に椅子を作った。
俺の呼ぶ声にラナが表に顔をだす。俺は『どうだ?』と言わんばかりに満身の笑みで椅子をアピールした。
「これコウヘイが作ったの?」
「町では、俺のイメージしたような椅子が無かったから」
背もたれの付いた揺れる椅子
「コウヘイこういうの器用よね」
ラナに座るように勧めると、ラナはゆっくり座り、ゆらゆら揺らす。
「どうだ?」
「悪くないわよ。ありがとう」
ニコやかに笑う。
ラナは、興味を示し椅子をゆらゆらと揺らしている。
俺は、ここ数日間でいろいろな物を作った。
タライのボート、釣り竿、ブランコ、ハンモック。
しかし、どれも興味をかきたてるものではなかった。
魚は釣れない、タライのボートには乗れるようになったが、特に乗って何かをしたいわけでもない。
ブランコとハンモックは一、二度興味本位で使っただけで今では気にもかけない、そのままの状態で放置してある。
朝起きて、朝食をとり、ボーとする。昼過ぎに町に買い物に行く。クエスト屋の通りに立ち寄ってもあのクエスト屋はいない。他に行くとこがない。小屋に帰る。夕食を作り、風呂に入って、食べて寝る。
毎日のどかな風景を眺めることしかすることがない。
することがない。
俺は、ブラブラと小屋の近くを散歩する習慣がついていた。ラナを誘えば、ラナも一緒に歩くのだが、一緒に歩いても会話がない、無言で歩く、一人でも二人でも変わらない。
一人で散歩する。
歩きながら、ときおり《魔物の洞窟》が脳裏をよぎる。あそこに行けば。俺は強いんだ。アントレアやみんなが待っている。頭に再生されるのだが、なぜが『行ってはダメだ』という叫びが、心の奥からこだましてくる。
悶々(もんもん)とするばかりだ。
散歩から帰ってくると、ラナは椅子に座り、ボーと一点を見ていた。
椅子を揺らすこともなく、ただジーと座ったまま、一点を見つめていた。




