ラナの居ない現実
宵の口、帰りの電車内。
徹夜明けの体のまま一日働き、やっと帰れる。気力を振り絞り電車に揺られる。
考えてみれば、つまらない日常生活のなか、ラナのことだけを考え暮らしてきた。
ラナの笑顔、ラナの優しさ、ラナの温もり。
ラナに会えることを生きがいに暮らしてきた。
だれかに裏切られたような怒りを覚え、怒りの矛先を探す。
いや『ラナはゲームのキャラクターなんだ』。そんな当たり前のこと今更考えることでもない。
不条理な怒りを否定する。
ラナとどんなに親しくなったところで、ゲームのキャラクターなんだ、心が通い合うことなどないんだ。
俺を残し人形のようになったラナ。俺のいる世界には、親友とか、仲間とか、そう呼べる人が居ないんだと今更ながら寂しさが一段と増す。
早く帰って寝たいという欲求のなか、ほぼ無自覚に、そんなつまらない自問自答を繰り返していた。
気力でアパートに着くと、スーツを脱ぎ捨て、倒れるかのようにベットにうつ伏せになり、そのまま眠った。
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俺の趣味は、ゲームとアニメくらい。若いときのような情熱は無い、単に惰性で趣味にしていた気がする。
しかし、今は《グリフ王国》がある、ラナが居る。《グリフ王国》の出来事を思い出し、俺の気持ちをブログに書く、そしてそのブログが人気になった。今までに無かった華やいだ気分だった。
……つい最近までは。
今では、それが悩みのタネとなっている。ブログに書くことが思いつかない。
結局、何もしていない。
約束していた《ホブゴブリンの盾》の性能も調べてない。
それ以上に、あんな惨めな出来事を、いくら顔を出してないとは言えブログに書くのは嫌だ。
ラナの態度がおかしい、あれじゃぁ些とも楽しくない。
なんで、店員キャラが無愛想になるんだ?客が買う気になるようなセールストークしないんだ?
そんなことくらいしか思いつかない。書いてて愚痴になる。《グリフ王国》の批判になる。
何度となく書き直した。
《IgC》が人形のようになるといった話題を書き、今はその確認と、アントレアが言っていた武道大会が本当にあるのか調べている。まだ《魔物の洞窟》は攻略してない。《ホブゴブリンの盾》の性能は今度調べる。そんなことをブログに書いた。
文章が言い訳ぽくなって書いてて楽しくない。
数日後のこと。
《グリフロード》運営会社が、かねてより計画していた残虐シーンの無いシナリオを完成させた。
早速インターネットで確認。
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前作《グリフ王国》に続き、《グリフロード》に新しい二つのシナリオが登場しました。
『家族で宇宙開拓』
時は4500年、人類は繁栄を極め、多くの惑星へと移り住んでいた。
あなた(プレーヤー)とパートナー《IgC》は、銀河の外れ、小さな星に近づきコールドスリープから目覚める。
この星を開拓して食料を生産するためだ。大きなビジネスチャンスを掴むため、あなたとパートナー《IgC》親子で手をとり未知なるこの星に訪れた。
この星の近くには他の星がない、宇宙の孤島。探査もほとんど行われていない。
何が居るか分からない、何があるか分からない、未知の星。
パートナー《IgC》とその仲間と共に、この星の開拓と新しい惑星の発見・探索を繰り広げるロールプレイング型開拓シミュレーション。
※昆虫の形をした敵を電子ビーム等で攻撃するシーンがありますが、流血や部位損傷の表現はありません。
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『社会人サクセスストーリー』
あなた(プレーヤー)は一介のサラリーマン。それに引き換えパートナー《IgC》は大企業の御令嬢(御曹司)。
二人は、同じ高校に通い、子供時代を一緒に過ごした幼馴染。
何気に入社したあなたの会社が、なんと、パートナー《IgC》の会社だった。その上、こともあろうか上司はパートナー《IgC》。
何事にもやる気が乏しいあなた、やることなすこと中途半端。万事一番じゃなければ気が済まないパートナー《IgC》、全てが完璧。
そんな二人が新しいビジネスを奪い合う羽目に。逃れられない運命。
あなたとパートナー《IgC》は、争い頂点をめざす。
しかし行く手には多くの敵(こいがたき)が?!
ラブコメ風サクセスストーリー。
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世論を意識して、ほのぼのとしたシナリオにしたのだろうが、それでも家族とか、社会人とか、ゲームのタイトル名としてはどうかと思う単語に違和感を覚える。学園とか、少年とか、ふさわしい単語が思いつかなかったのだろうか?。十八歳未満のプレーを禁止しているせいなのか?
《グリフ王国》は爆発的なヒットを飛ばしたが、人気に比例するかのように批判の声も多い、特に剣での戦闘が凶悪犯罪を助長しているとサービス開始当初から問題視され続けてきた。
確かに《グリフ王国》愛好家のブログでも、戦闘が苦手という意見をそこそこ目にする。俺もその一人だ。
ディスプレイに映った敵キャラをマウスでクリックしたり、ディスプレイ下段の魔法アイコンを選び、目まぐるしく華やかに彩られたテクスチャーを眺めながら敵と戦うのは面白いが、魔物とはいえ、コンピュータの演算とはいえ、自分の手で相手を殺すのは、俺には向いていない。
ほのぼのとした雰囲気をアピールしつつ、リアル過ぎる《グリフ王国》の反省点を踏まえ、よりゲームらしく非現実なシナリオにしたことをアピールしているのだろうが、やはり、このタイトル名はどうかと思う。
それでも、あらすじを読むとまあまあ楽しそうにも思える。
なにより残虐シーンがないというこのシナリオの方が俺には向いているのかもしれない。
しかし、新しい二つのシナリオは《グリフ王国》とは別物。新しくパートナー《IgC》を作成してプレーしないといけない。
『新しいシナリオではラナに会えない』
……。
『多くの敵(こいがたき)? 《社会人サクセスストーリー》はハーレムものかぁ』
興味が湧くが、そこにはラナがいない。
《グリフ王国》は魔物と戦うシナリオだ。ラナと楽しく暮らすようには作られていない。
……考えがまとまらない。
まあ、焦って決める必要もない、次の《グリフロード》の予約日までには、まだ日にちがある。それまでに決めればいい。
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忙しい……、いや忙しいと感じる日々がだらだらと過ぎていく。
仕事に追われる合間合間、
寝ているときも、起きているときもラナの事しか考えられない。
初めて出会った日のラナの笑顔。
城郭都市で過ごしたラナの笑顔。
アンナを取り返して一緒に喜ぶラナ。
ホブゴブリンを倒し俺を褒めるラナ。
嬉しかったこと、楽しかったこと、思い出。
今は、《魔物の洞窟》に行かずにどうやってラナを元気づけるか、そればかり考えている。
ラナと湖畔で暮らしたい。アンナ達と農園で楽しく過ごしたい。そんなことばかり考えてしまう。
一ヶ月以上ブログを更新していない。さすがに何か書かないとマズい。せっかくPV数が増えたのに、このままだと誰も見ないプログに戻ってしまう。
かと言って愚痴のようなブログを書いても意味がないだろう。なにより俺自身が面白くない。
頭を悩ます。
がむしゃらに楽しんできた《グリフ王国》だが、ゲームとしての特徴を掴んできた。なにか解決策がないか考える。
考えてみれば、ラナは冒険の事以外にも、新しいことには興味を示す。
こんなことをしたいと考えながらログインすれば、ある程度の気持ちは《グリフ王国》の世界に持ち込める。
《グリフ王国》の世界だとどうしても思考力が低下する。現実世界に戻ってから気づくことが多々ある。
《グリフ王国》の世界に居ると、どうしても行き当たりばったりの行動になってしまう。
できるかどうかわからないが、《グリフ王国》の世界でいろいろやってみようと思う。
考えた挙句の結論だ。
湖にボートを浮かべよう。
釣りをしよう。
ペットを飼ってもいい。大きな犬。ラナが犬と戯れる姿を眺めるのもいいかもしれない。
《アントレア・シティ》の周りには魔物が居ないんだ、アンナとセシルを呼んで、四人で暮らしてもいい。(どうやって誘おうか?)
アンナとボール遊びをしてもいい。
四人でどこかキャンプに行ってもいい。キャンプファイヤーをしよう。
そうだ、甘いものを食べよう。アイスクリームを食べよう。ケーキを食べよう。(甘いものとかあるのだろうか?)
俺は、夢のようなことを考え、ラナと楽しく暮らす空想をブログに書いた。本当にそんなことができるのだろうか?と感じながらもやりたいことを書いたブログに書いた。そんなことしか書くことがないのだ。
考えてみると《グリフ王国》の世界で見たことがない物が多いことに、改めて気づく。
単にブログに書く内容が欲しくて、思いつくままに書いた。
根拠など無い、自分自身半信半疑だ。
それでも、何ができて、何ができないか、やってみる価値はある。




