灰色でしかない俺の人生
-----(俺のリアル)
深夜遅くまでアニメを見たり、ゲームをしたり。
朝六時半。目覚ましが鳴る。
一度は止める、二度、三度とスヌーズ機能で起こされ、必ず四回目にはベットから這い出る。起きないと電車の時間に間に合わない。
二十分で支度しな!誰かに言われたわけじゃない、……言ってくれる人も居ない。それでも七時十分までにアパートを出る。
満員の電車内で押し競饅頭のように背を押し付け、肩を押し付け、揺られながら都心に向かう。
スムーズに起きれた日は、会社近くのコーヒーショップでサンドイッチを食べるが、大抵はコンビニで買ったパンを会社のデスクで仕事をしながら食べ朝食を済ませる。
仕事は、《インテリ・ジェネレーター》をしている。
文字通り、コンピュータに知能を付ける仕事だ。そういうと聞こえは良いが実際の業務内容は、つまらない単純労働でしかない。
今日、一挙手一投足にコンピュータがユーザの声や表情を認識して、人工的に合成された音声と映像で質問に答えるのが当たり前になっている。しかし裏側では人間がコンピュータに質疑応答を細かく記憶させている。
新機能の製品が出るたびに、説明用の質疑応答(プログラム)を作らないといけない。プログラムを作るといっても今ではAI(人工知能)が自動で作成してくれる。
俺は、その仕組みを全く理解できていない。
俺は、与えられた設問をコンピュータが正しく判断しているか確認する、それだけでいい。
設問のバリエーションは多岐に渡り、中には多肢選択や文を作成する設問もあるが、大抵は正しいか間違っているかの二択で、それも中学生でも分かるような設問が殆どだ。
設問は、毎回似たような内容なのだが、一、二箇所微妙に違っていたりする。一つ分かれば、他は自動で分かりそうなのだが?、なぜかその簡単な違いがコンピュータには分からないというのだから不思議で仕方がない。
いや、コンピュータは答えを出している。分かっているんだ、ただ、コンピュータがどう学習したかは誰にもわからない、間違って覚えている可能性だってある。より多く俺達人間の解答と比較することで正解の精度をあげているだけなんだ。言わば俺は人工知能の試金石。機械学習の精度を測るために使われる消耗品でしかない。
それでも、この単純な積み重ねで、人と対等にしゃべれるコンピュータになるというのだから、不思議としか言いようがない。
ラナもこういった誰かの地道な作業で作られたのだろうか?
たしかに全ての操作が音声ででき、音声で応答してくれるコンピュータは便利だ、事務的な受け答えは人間が答えるより正確で丁寧だ。今の時代、無くてはならない、
二十世紀の人は、コンピュータが進歩すればコンピュータを使って仕事が楽になると考えていたようだが、俺の場合はコンピュータに使われている、コンピュータのせいで、ストレスの溜まる煩雑な労働に追われている。
一日中パソコンのディスプレイ画面を見つめ、キーボードとマウスを操作する。
納品前ともなると、定時で帰れる日などほとんどなくなる。休日出勤、終電や徹夜は当たり前になる。
人と話しても、つまらない作業の話ばかりだ。人間らしい会話をすることなど皆無に等しい。
最近よく考える。いつまでこんなことをしているんだろうかと。
かと言って転職するあてがない。残業が多い職種だが給料がいい。
給料がいいといっても、裁量労働制のこの会社は、残業手当がない。時給に直すと最低賃金を下回る月があったりする。
社会人二年目で職場にも慣れた。目新しく感じることもなくなった。このまま俺の人生は終わってしまうのだろうか?
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これが、ラナと出会う前の俺の人生。そして今の俺。
『もう、一年近く前になるのか、《グリフロード》のことを知ったのは』
昼休み、近くのコンビニで買ってきた弁当を一人自分のデスクで食べながら、引き出しに入れっぱなしだった《グリフロード》情報誌を見ながら懐かしく思い返していた。
約一年前、秋葉原にフルダイブ型のVRゲームマシンが登場することを知った。
この情報誌には脳に直接電気信号を送り、現実と区別がつかないほどリアルな世界が体験できるVRゲームマシン《グリフロード》が詳しく掲載されていた。
心が躍った。
そして《グリフロード》は期待を裏切らなかった。
九ヶ月前、初めてラナに出会い、この灰色のような人生が色鮮やかに変化した。
俺の人生にやりがいを見出した。
ゲームの世界とはいえ、自分で考えて自分で行動できる。
怒り、笑い、信頼でき仲間ラナ達と冒険した。楽しかった。
《グリフ王国》に居る自分を思い起こすと、華やかな思い出に浸れた。
ぼんやりしていた目に、十三時を指す壁掛け時計が映る。
『あ、仕事をしないと』
俺は見慣れたディスプレイの画像に意識を向け、仕事を始める。
《グリフ王国》で現れた俺の過去の記憶は、この状況だったのだと感じながら、キーボードをカタカタと叩く。
《グリフ王国》みたいに俺の成果が小瓶に詰まって見えたらいいのになぁ。今日は頑張って五瓶多く作るぞ!っとか言えたらやる気が出るのかもしれない。しかし、現実は、いつ終わるともしれない裁量の余地などない単純作業が続くだけだ。
進捗課の女性社員が、進み具合を確認しにきた。俺は決められた書式の用紙を渡す。
「お疲れでしょうが、明日の朝十時が締切なんです。ごめんなさい、これもお願いします」
新しい仕様書を置いて立ち去る。笑顔を絶やさない、気を遣いながら新しい仕事を置いていく。
俺の過去の記憶に現れたラナと、なんだか重なるように思えた。『彼女をイメージしたのかな?』。 好感がもてる女性なのだが、たまに仕事のことで話す程度でしかない。その女性をチラリと目で追い、ぼんやり散漫と考える。
リアルでは酒を飲まない、タバコも吸わない。会社の飲み会とか必要最小限しか顔を出さない。だから人と話す機会が少ないのだろう。
グリフ王国のしゅわしゅわ酒に興味が湧き、アパートで一人缶ビールを飲んでみたことがあるが苦いとしか感じなかった、慣れるのかと思い我慢して飲んではみたがすぐに気持ちが悪くなる。しゅわしゅわ酒みたいにほんわかとした感じにはならない。ゲーム内のように音にエコーがかかったり景色がゆらゆら揺らいだりしない。ぜんぜん陽気にならない。何よりラナがいない。一人でこんな物飲んでもつまらないだけだった。
酒が飲めるようになれば、リアルでも陽気になれるのだろうか?人と楽しく話せるようになるのだろうか?
ちょっとした合間合間で《グリフ王国》のことを考えてしまう。人形になったラナの事を考えてしまう。
人形のようになったラナとこのままアントレアの屋敷で暮らしても仕方がない。
《魔物の洞窟》に入れば、あと七回はラナと楽しい人生が送れる。ゆっくり進めば、十回くらいまでは何とかなるかもしれない。しかし、この先に進めば魔界に飛ばされてしまい、後戻りができなくなる。
単調な作業の合間合間に漠然とそんなことを思いながら、長時間の仕事を続ける。
結局、この日は徹夜になってしまった。次の日もそのまま仕事を続け、夕方やっと自分のアパートに帰れる目処が立った。




