戦いのない数日間
「え、もう帰るのか?」
なんとも手持ち無沙汰を感じる。穴の中をランタン片手に三十分ほど歩いただけだ。途中で遭遇した三匹のゴブリンはジュリオとマーレルが呆気なく仕留めてしまい、俺の出る幕など無かった。
『《ホブゴブリンの盾》の使い心地もまだ試していない』
魔物と戦えると楽しみにしてたのに、奥に進みたい気持ちが抑えられず、うずうずする俺に気づいて、ジュリオが宥める。
「仮にここに居る魔物を全て倒したとしても、溶岩の溝の向こう側にたどり着けないんだから、《魔界へのゲート》から送り出された魔物で、また一杯になる。だから、今は増えすぎないようにするだけでいいんだ」
少し間を置いた俺が、渋っているように見えたのかマーレルが俺の首に手を回し、
「ここしか狩り場が無いんだから、他の冒険者の取り分も残しとかないといけないのよ」
俺の首を脇に抱え、豪快に元来た道に連れて行く。
マーレルの二の腕と脇の『ふにゅ』とした感触が首筋に伝わる。
『やわらかい』
なすがままの俺。
そんな俺の手を不機嫌にラナが掴む。マーレルから引き離し、元来た道の先へと引っ張って進む。
『俺ニヤついた顔でもしてたのか?』不安がよぎる。
ジュリオとマーレルは、交互にここ《魔物の洞窟》の現状を説明してくれた。
「この状況ももう少しの間だけさ、アントレアが打開策を携えて帰ってくるはずだから」
「以前は魔物がウジャウジャ居たのよ、現状からは想像つかないでしょうけど。だから冒険者たちの間で暗黙のルールが出来上がっているの。狩る魔物を分け合ってるわ」
「今、冒険者を手こずらせているのは、煮えたぎる溶岩で満たされた溝と、《魔界へのゲート》へ通じる唯一の穴が狭いことなんだ」
「アントレアは、横穴の壁を爆破して、崩れた岩石で溶岩の溝を埋めようと考えているわ、そして崩れた壁の場所に冒険者が屯できるだけの足場を作る計画よ。そのためには、大量の爆薬と巧みな技術者が必要になるでしょ。どちらもビックリするほどの大金が必要よ」
「それでアントレアは資金を工面するために駆けずり回っているってわけさ。ケチって生半可に壁を爆破したはいいけど天井まで崩れて生き埋めになったでは笑い話にもならないだろ」
「いくらゴブリンが弱いと言っても数千匹とかになると、さすがに打つ手がなくなるでしょ。今、私達の居るドーム側が奪われてしまうと、《魔物の洞窟》は手がつけられない状況になるわ。今は、それを防いでいるだけなのよ」
「ホント、今居るドームを奪うのに苦労したからなぁ。もうあの苦労はゴメンだ」
「私だってゴメンだわ」
二人は当時の出来事を振り返っていた。坑道の中で寝起きし、昼夜を問わず魔物と戦った日々の話に花を咲かせていた。
今、《魔物の洞窟》が小康状態なのは、ここにいる冒険者たちの死闘の成果だと知った。
「今は、領主、すなわちアントレアがゴブリンの宝石を冒険者から高く買い取っているから、ここに居る冒険者は、一匹のゴブリンを狩れば二、三日生活が出来ている」
「今は冒険者が余っているのよね。 アントレアが帰ってくるのを待っているところだから、必要以上に魔物を刺激するのは誰も好まないわ」
最後にジュリオから、
「コウヘイはアントレアが帰ってくるまで、のんびりしてるといいよ」
そう助言された。
物足りなさを感じるが、今の段階では、俺が魔物狩りに加わる必要はないようだ。
むしろ、必要以上に魔物を狩ってしまうと他の冒険者の迷惑になる。
アントレア・シティに戻ることにした。
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アントレア・シティ。
どの店も簡素な店構えだが、扱っている武器・防具の種類が多い。そして、値段が高い。
決めかねる。
アントレアが帰ってくるまでのんびりできる、今日、急いで決める必要もない。
「コウヘイお腹すかない? また明日にして、食堂に行かない?」
ラナとは考えがよく合う、俺もそう考えていた。
太陽が西の山に近づくと町が段々と賑わいだした。鉱夫や運搬人が洞窟から出てきたのだろう。
防具選びを中断して、適当な食堂に入りシュワシュワ酒を頼む。
やはり、屋敷の清潔で広いテーブルより、少々薄暗くて騒然で、ラナに手が届くくらいの幅のテーブルが丁度いい。
ドームのことや装備の話で、ラナと盛り上がる。
心地よくなるまで飲み、アントレアの屋敷の自分の部屋へと戻った。
翌朝。ラナが起こしに来る。
眠い目をこすり、ラナに催促されながら着替え、屋敷を出る、今日も町で朝食を取ることに決めた。
店に入り、パンと肉入りのスープを食べた。ちょうどいい塩加減、なんの変哲もない味だが、見慣れない町で食べる料理は美味しく感じる。
そして、武器と防具を選ぶ。
一軒、一軒まわり、納得いくまでこだわる。
ラナは、《烈火のローブ》と《魔道士の杖》を選び、
俺は、《革の服》と《革の靴》、そして《はがねの剣》を選んだ。
《烈火のローブ》は耐熱属性があり、全身を覆う炎でもしばらくは防げる。《魔道士の杖》は、今持っている《微増の杖》に比べ格段に魔力の増幅が良いらしい。
「結構、お金余ったなぁ」
「コウヘイが防具買わないからよ」
「だって、《ホブゴブリンの盾》があるし、重装備にしてしまうと動きづらいだろ」
いろいろ考えたが機敏性を失いたくないという理由で《革の服》と《革の靴》にした。革といっても精霊の力は宿っている。物理攻撃に対する防御力は随分落ちるが、三層に練り込まれた精霊の力のおかげで、熱に対する防御力は良いと店員に進められた。
そして、短剣はやめ、小ぶりな長剣《はがねの剣》を選んだ。なんとなく手に馴染んだからだ。
せっかく身につけたんだ、試したくなる。が、洞窟の外には魔物は居ない。洞窟も今は冒険者達が分け合うようにゴブリンを狩っているのだから、俺が乱獲するのはまずい。
「湖の方に行ってみましょ」
ラナの誘いに乗り歩き出す。
屋台で売っている《身代わりのブローチ》が目に止まる。
アンナを思い出す、そしてこのブローチには世話になった。
買ってラナに渡す。
「ありがとう」
かわいい笑顔をラナは見せる。
突然、俺の手を取り、楽しそうに走り出すラナ。
意表を突かれた。が、何だかワクワクとした気分だ。
足なら俺の方が早い。ラナを両手で抱え、全速力で湖の方に走った。意味は無い、ただ力一杯走りたかっただけだ。
ラナは俺の首に手を回し、笑っている。俺は無意味に全速力で森を駆け抜けた。
湖に着き、息を切らす俺に、
「やっぱりコウヘイは早いわね。私重たくなかった?」
愛想のよい返事を俺から聞いたラナは、うれしそうに新しい装備の使い心地を試す。
そんなラナが舞っているように見え、しばしラナの行動を眺めていた。
俺は架空の魔物をイメージし、剣を振り、素早くよける。そして、魔物をイメージした小枝を切る。じつに切れ味がいい。そして動きやすい。
湖の近くの空き地で、俺とラナはお披露目会のように新しい装備を試す。
ラナは、俺に向かって《呪縛魔法》を唱える。俺の足が動かない。締め付けられるように全身が拘束されていく。
「まったく動けなくするまでの時間が早くなったわ」とラナが喜ぶ。
そして、「炎の魔法も威力が増しているはずよ」と《ファイヤーボール》を唱えた。
現れた炎の玉は、ゆっくりと一米ほどゆらゆらと進み、ポンと音をたてて蒸発する。
攻撃には全く使えない。まあ、猫騙しには使えるかもしれないと思うと、なんだか笑いが出てきた。
笑う俺をラナは睨むが、「猫騙しに使えるよ」というと、ラナも笑った。
二人して笑った。
俺は、軽やかに動く体を舞うように楽しんだ。(傍目はどうか知らないが俺が楽しい)
裾をなびかせて、くるりと一周回るラナが綺麗だった。
二人してポーズをとって楽しんだ。
本当に楽しい二人だけのお披露目会だった。
ラナと二人、湖岸に座り、足を水につけ休憩する。
ラナと二人でこんな平和な日々が続けばいいと心から思う。
魔王を倒し、この平和な日常を送ろう。そう思う。
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結局、この一週間、気の向いた場所に足を運び、町を楽しみ、湖畔を楽しみ、《魔物の洞窟》さえ楽しんだ。
「明日は、アントレアが帰ってくるわ。いよいよ《魔物の洞窟》の攻略ね。今日はゆっくり休みましょ。おやすみ」
ラナと言葉をかわし、自室のベットに入った。
明日から本格的に魔物退治だ。ワクワクする気持ちを抑え、明日に備えて体を休める。
深い眠りについた深夜。
ピッピッピッと鳴る電子音に気づき、目を開けた……。
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カバっと起き上がる。
自分でも分かるほどに体がこわばり、動悸がひどい。
『ここは?』
まだ夜中だと思っていたが、窓の外は明るくなっている。
いつものアントレアの屋敷の使用人部屋、俺の部屋。




