アントレア・シティ
「もうすぐです」
アントレアのその一言に日暮れまでに町にたどり着けると確信し、顔がほころぶ。
サキュバスの襲撃を恐れ、昨日の夜は二人一組で警戒した、道中も警戒した。しかし、ゴブリンらが再び襲ってくることはなかった。
〜welcome アントレア・シティ〜
町の入り口にある道標に書かれてある。
「ここ、アントレア・シティっていうの」
驚きの眼をアントレアに向けた。
「お恥ずかしいのですが、父がそう命名しまして……」
「すごいじゃない、町の名前になるなんて」
「本来は、偉業を成して初めて町の名前になるものですが、今回は名前が先に付いてしまいました。しかし必ず、町の名前に負けない業績を成し遂げるつもりです」
幌馬車は、ひときわ目立つ屋敷の中に入っていった。
玄関から、ロベルトが出てきて安堵の顔を見せる。
「おおー、遅かったじゃないかアントレア。 日暮れまでに戻らなかったら、捜索に行こうと準備をしていたところだったんだぞ」
「すまない。ロベルト、途中でホブゴブリンに襲われてしまってな」
「そうか、それで大丈夫だったのか?」
「ああ、一騎討ちの末、コウヘイさんが見事に討ち仕留めた」
「おおー、やはりコウヘイはすごいな」
アントレアは、手綱を庭師に預け、邸宅内に招き入れる。
「さぁ、コウヘイさん、ラナさん、湯につかって旅の汚れと疲れを落としましょう」
中に入ってみると、大きな玄関ホールに言葉を失った。
中央奥には二階への階段が扇状に裾野を広げているのが、やたら目を惹く。
白い大理石の床に、吹き抜けの天井。
まさに豪邸である。
絵画、彫刻、生花、陶器。玄関ホールを彩っている。
「立派な屋敷ね」
ラナはキョロキョロと周りを見渡す。
目の前には物静かに近づいてくる執事が。
「風呂の準備は?」
「はい、整っております」
「ラナさんは、大浴場を使ってください、私は使用人の浴室を使いますから。 コウヘイさんは……、使用人の浴室は狭いですので、ラナさんと一緒に入られますか?」
「いや、狭い方でいい」
「ロベルトすまない。すぐに準備をするから、もうしばらく待ってくれ」
そう言い残すアントレアの後ろについて浴室に向かう。
「アントレアさん、どこかに行くのか?」
「ええ、諸侯を廻って、いろいろと交渉をしないといけませんから。そうですね、一週間ほど留守にします。その間は、この屋敷は誰も居ませんので自由に使ってください。執事に伝えておきます」
風呂から上がり置かれていた部屋着に着替える。アントレアは「身支度がありますから」と、別の方向に歩いていく。俺は、控えていた使用人に客室へと案内された。
広い客室で一人寛ぐ、というか、広すぎて落ち着けない。いろいろなものに目が奪われる。
「執事に言っておきましたから、しばらくの間、留守を頼みます」
アントレアは扉からちょこっと顔を出し、そう俺に伝えると、目まぐるしく、どこかに出掛けてしまった。
《ホブゴブリンの盾》の使い心地を試してみたい。オークより俺のほうが強いのか試してみたい。そんな気持ちで、ここに来たのに、出掛けたアントレアには緊張感が感じられなかった。《魔物の洞窟》は今どうなっているんだろう?
今度は使用人が扉を開け、後ろからラナが、
「あ、いたいた、この屋敷広いわね。浴場なんか、宿屋の風呂場の何倍もあるのよ。アンナちゃんが居たら喜んだわ。きっと」
長旅を終え、久しぶりの入浴に心身ともに癒やされたのか、上機嫌な振る舞いを見せながら俺に近づき、目を見て不意に聞いてきた。
「一人だともったいないわ、今度、コウヘイも一緒に入る?」
ドキッとした俺に、意地悪い笑顔を見せる。
申し訳無さそうに使用人が口を開く。
「失礼します。寝室の方は如何なさいますか?」
質問の意味がわからない。
「如何とは?」
「ふた部屋、ご準備した方がよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「かしこまりました」
入れ替わるように別の使用人が、
「食事の準備が整いました。食堂にご案内いたします」
広い食堂に、大量の料理。
「これ私とコウヘイで食べるの? 食べきれないわよ」
「アントレア様始め皆様で召し上がりになるものと思い準備していましたので」
ビックリしているラナに、謝罪するような口調で理由を述べた。
寝室。
広く大きな、ふかふかのベット。
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翌朝。
ぼんやりした頭で、トイレに行こうと廊下を歩く。ちょうどラナとすれ違う。
「昨日眠れたか?」
「なんか寝付けなかったわ」
眠たそうに答える。
「そうだよなぁー、広い部屋って落ち着かないよな」
「そうね。ベットもフカフカ過ぎて、布団の綿に埋もれそうだったわ」
食べきれないほどの料理が並ぶ朝食を済まし、邸宅を出た。
アントレアが帰ってくるまですることがない。とりあえず町を見て、そして《魔物の洞窟》に行ってみよう。
胸がふくらむ。
アントレア・シティを散策する。
町を囲う防御壁はない。
その分、数少ない邸宅には高い壁が築かれている。
近くに魔物が居るというのに、なんとも長閑な田舎町の風景だった。
町は小さく、店もまばらにしかない、城と比べようがないほど質素な町並み。
町を歩くと武器屋とか防具屋とか冒険者の装備品を扱う店がやたら目に映る、それなのに肝心の冒険者がほとんど居ない、行き交う町人もまばらにしか居ない。
店で売られている全ての食料・雑貨が城より高い。ビックリして店主に聞けば、山岳部に位置するこの町の周辺には開けた土地は少なく、畑が少ない。大部分の商品が荷馬車で輸入しているというから高くても納得するしかない。
ここは《魔物の洞窟》を攻略するために造られた町だと店主に教えてもらった。
値段が高い割には立派な店はほとんどなく、屋台で商品が売られている。
「こんなに人が少なくて商売になるのか?」
「ねえ、この町にも仕事の紹介所があるわよ。ちょっと覗いてみましょうよ」
紹介所と銀行と役所が一箇所にまとまり、立派な壁で守られた区画があった。
「ほとんどがパーティーのメンバー募集ね」
「あと、鉱夫や大工の求人もあるぞ」
掲示板には、いくつかの求人があるが、どれも冒険者に仕事を依頼するものではない。
ラナが、受付嬢に聞く。
「ねえ、ここ冒険者の仕事を紹介するところよね」
「はい、そうですが、ここに来る冒険者は《魔物の洞窟》が目当てで来ますし、洞窟の外には魔物は居ませんから、どうしてもご紹介できる仕事が限られてきます。 お二人も《魔物の洞窟》に来られたのでしょ?」
「そうだけど」
「それでしたら、この地図をどうぞ。あと、今の時間帯でしたら、たくさんの鉱夫や運搬人が坑道を歩いているはずですから坑道で迷うことはないですよ」
聞くところによると、洞窟内のドームには二十四時間冒険者が張り付いているという。昼、夜関係なしに交代で冒険者は魔物と戦っているという。まあ、洞窟内なので昼と夜の区別が無いらしいが。
町人は、昼間、ドーム内で仕事をしているので町にはほとんど居ない、冒険者はドーム内で食事も睡眠もとる。週に一、二度この町に装備品の調達などで出てくるくらいだから、昼間の町には人がほんど居ないという。
渡された地図を頼りに、山道を一時間ほど歩き、坑道入り口まできた。
「中、真っ暗だぞ」
「松明作るわね」
「なんだ?新参者か? 松明なんか燃やしたら煙が充満して迷惑だぞ、二時間近くは歩かないとならないからな。悪いことは言わない、町に戻ってランタン買ってくるのが正解だ」
大きな荷物を担いだ運搬人と思しき人が不機嫌な顔をする。
小枝に火を付けていたラナは、「そうなんだ。アハハ」と小枝に付いた火を消した。
ホブゴブリンと戦って以来、俺の強さを確かめたい気持ちがある、オークより俺の方が強いのだろうか? ゴブリンでもいい、手に入れた《ホブゴブリンの盾》の使い心地を確かめたい。そんな気持ちがある。
しかし、折角ここまで来たんだ。それに今日ドームを見ないといけないという事でもない。
「なあ、ラナ、この森の先あたりを散策してみないか?」




