私闘
ジムは、凄みを利かせながら、きらびやかな装いの五人に近づく。
「おいお前ら、どんだけ腕が立つのか見せてみろよ」
隊長から土木作業を免除されたというその五人は、若くて長身でしなやかな体つきの冒険者が多い。
「なら、儂ロベルトが相手しよう。まぁ練習試合なら問題なかろう」
パーティーのメンバーの中から屈強そうな冒険者ロベルトが、前に出てきた。
その五人の中でロベルトは飛び抜けて体格が良く、唯一、ジムよりも大柄な冒険者だった。
「で、お前が、こいつらのガードマンってわけか」
ジムは蔑むような苦笑を顔に浮かべて憶測を声に出した。
ロベルトは、ぽりぽりと頬を掻きながら、
「なら、お前がこのメンバーから好きのを選べばいい。そうすれば、この中にお前に負けるような者がいないことがわかるはずだ」
ロベルトは振り返り、仲間の冒険に愛想笑いを浮かべて、「いやぁものの成り行きでな」と謝るが、ロベルトの仲間は誰一人として嫌な顔をするものはいなかった。むしろ自分を選んでくれといわんばかりに、ジムを睨み返す。
ジムも『だれも、おまえには負けない』とまで言われれば引き下がれない。
練習試合と銘打ったが、あくまで建前だ。場合によっては殺し合いになる私闘でしかない。
ロベルトの他には、
剣士
魔道士
女剣士
女魔道士
の身なりをした四人が居る。
ジムは慎重に、そのメンバーの中から一人の人物は選んだ。
「じゃぁ、おまえどうだ。俺と戦ってみるか?」
ジムの威圧的な態度が目に余る。
「ああ、気は乗らないが、君がそういうのなら僕はいいよ」
体格のいいジムとは対照的に、小柄な魔道士風の男性が応える。装いからしてどうみても剣士には見えない。
「おっと、魔法は無しだぞ。俺は、根っからの剣士なんだから魔法は使えねえ、一対一の練習試合で、剣士と魔道士が手合わせすることはないだろ」
「ああ、分かった」と涼しげに返答する。
ジムは、『魔法なし』といえば、相手が引き下がると思っていたのか予想外の反応に唖然としていたが、
「じゃぁ十五分後、ここに来い」
そう言い残し、自分の装備を取りにテントに戻った。
「ジュリオすまんな」
ロベルトが頭を下げる。
ジムに指名され戦うはめになったジュリオは涼しい顔で言葉を返す。
「君は悪くない。ああいうやつは、体で教えるしかないさ」
ジュリオは隊長の顔を見たが、隊長は何も言わない、この私闘を黙認するようだ。
十五分後、ジムは鎧を身にまとい、長剣と盾を手に持ち戻ってきた。
一方ジュリオには変化がない。この十五分ジムが来るのをただ待っていた。
「おまえはそれでいいのか?」
ジムが聞く。
「あっ、ちょっと待って」
ジュリオはそう言うと、仲間から剣を借りようとするが、なかなか気に入る剣がないようだ。
「あ、そういえばマーレル、作業用ナイフ持ってたよね。借りれるかい?」
女剣士マーレルがポケットの中の作業用ナイフを取り出し、ジュリオに渡す。ツバもついてない十センチほどのシンプルな折りたたみナイフでしかない。
ジュリオはジムの前に進む。
「僕はこれでいい。隊長さん、試合開始の合図をお願いします」
『ふざけんな』ジムは心の中で叫んだのだろう、いっそう険しい表情でジュリオを睨む。
そして、『隠れて、魔法で俺を倒す気だな』と憶測したのか、ニヤリとした顔を見せた。
「両名準備はいいか? 試合初め!」
隊長が号令をかけたが、両者とも動かない。
ジムは、あまりにもジュリオの不敵な行動を警戒し、様子を探っているようにみえる。
動こうとはしないジムに、ジュリオは、
「来ないのかい?なら僕から行くよ」
軽い口調でジムに話しかける。
「言っとくが、俺の盾と、鎧は魔法防御属性もあるんだ、少々の魔法じゃ通じないぞ」
「だから、魔法は使わないって」
ジュリオは、ゆっくりと近づく、
ジムの間合いに入った。
「「……」」
が、ジムは長剣を振ろうとしない。
「おや、気遣いしてるんだね」
「ああ、おまえに死なれたらあとあと面倒になりそうだからな」
それを聞くとジュリオは、「あははは」と大きく笑い、
「いやいや、それは、かえって迷惑ってやつさ。これは僕と君の実力差を見せる試合なんだから」
他の冒険者の面前でそこまでコケにされては、ジムは黙っておれない、間合いをはかり、
「死んでも怨むなよ」
ジュリオの腹に深く鋭い閃光を水平に走らせた。
身構えることなく、ジュリオは、うしろに二歩ほど、まるで腰に結わえたローブで引っ張られたかのように跳ねる。
ジムは驚いた顔を見せる。
ジュリオの、ふわふわと舞っていたマントは時間とともにゆっくりと垂れ下がる。
「わかっているとは思うけど、これ魔法じゃないから。《大風のマント》。知ってるよね」
試合の成り行きを見ていた俺は、初めてみる冒険者ジュリオの身のこなしに驚いた。
「ラナ、今の動き見たか?あんなことできるのか?」
「あれは《大風》だわ」
「《大風》?」
「風を操る精霊の力には、私が今身につけてるから始まって、《突風》と続いて、最強なのが《大風》なの。とても高価な物よ」
「いくらくらいするんだ?」
「売りに出されること自体がめったにないから、売り主の言い値になると思うわ」
同じ風の精霊でも、今ラナが身に着けている《微風のローブ》とは、大違いのようだ。
「いつも行く《服の店》にいけば値段分かるか?」
「おいてないわよ。普通の冒険者が買えるような物じゃないんだから。《大風》は、オークの渾身の一撃だって防げるし、風に乗って素早く動いたり、少しの間なら浮くことだって可能よ」
ラナに着せたい。そんな気持ちが湧いてくる。
「凄い物なんだけど、着るとなったら使いこなすのが大変なのよね」
ラナは試合に釘付けだ。俺との会話は上の空である。
ジュリオとジムの動きは止まっている。
ジムには有効な攻撃が見出せないのだろう。
攻撃してこないジムに、ジュリオは鼻にかける物言いで挑発する。
「このマント、物理防御属性もあるから、オークの一撃だって防げる。君の剣が当たったところで、僕がケガをすることはないから安心して斬りかかって来なよ。そうだ、もし、僕に一撃を当てることができたら僕の負けで構わない」
「俺の剣が当たってもケガしないだとぉー」
怒りにまかせ猛進するジムは殺気のこもった剣を幾度と振るう。ここまでバカにされたんだ、もし死んだとしても誰からも文句はいわれないだろう。そんな闘志むき出しの戦いぶりだった。
一太刀当てようと、必死に剣を振るが、その剣は、ジュリオにかすりもしない。ヒョイヒョイと、紙一重ですべての攻撃をジュリオは躱した。
盾をかなぐり捨て、自分の防御も忘れて、剣一本で、体当たりしようとしても空気が流れるようによけられる、左手でマントを掴むと、シルクのように指の先を滑り抜ける。
息を切らすジムとは、対象的に爽やかな顔をするジュリオ、鼻につくような表情を見せる。
万策尽きたのかジムは仁王立ちとなった。
「じゃぁ、おまえはどうやって攻撃するんだ。ただ逃げてるだけじゃ、勝敗はつかないだろがー」
その言葉に応じてジュリオは正面から飛び込んでいく。ジムは素早い剣さばきをみせたが、これもジュリオは躱してしまう、流れるようにジムの背後に体を移し、首筋に作業用ナイフの刃を立てた。
「別に君のことを思って攻撃しないんじゃないんだよ。君に死なれると後々やっかいだから攻撃しないんだよ」
そう耳元で囁く。
「まいった」
ジムは負けを認め、両膝を両手を地面につけ、項垂れた。
面白半分で見物していた冒険者達は試合にのめり込み、いつしか我を忘れて観戦している、試合は終わったが、計り知れないジュリオの強さに言葉を失っている。
「あいつ、つえーなぁ」
終始を観戦していた俺は、はじめてみる強い冒険者に、驚きの言葉しか出ない。
「冒険者のなかでも彼は別格でしょう。あれほど強い冒険者はそうそうお目にかかれませんよ」
興奮さめやらぬ俺とは対象的に、アントレアは冷静に試合展開を見ていたのだろう。
どこからともなく言葉が漏れてくる。
「ジュリオってヤツの底が見えねえ」
「魔道士が、魔法も使わずに剣士に勝てるのかよ」
「俊敏な身のこなしに、的確なナイフさばき、その上、最強の防具まで持ってんなら、オークに取り囲まれても勝てるだろ」
「あの五人ってあんなに強いのか?」
「むしろ俺らの方がいらねえよな。あの五人で何とかなるんじゃねぇか?」
冒険者達がざわつく。
「みなさん、ジュリオは儂らの中でも一番……強い存在だ。儂らだけでオークが倒せるなら、そうしている。それが無理だと承知してるからこそ、他の冒険者と同じように遠征隊に加わったのだ。 儂らはみなさんと共に戦う。みなさんもどうか儂らと共に戦って欲しい」
特別視されるのを嫌ったのか、ロベルトは、そう周りの冒険者に大声をかける。
なおも遠巻きにざわつく冒険者達に、隊長が説明を加える。
「知らなかった者も居たようだが、とうぜん本来任務を免除することはできない。しかし、今回のような瓦礫を取り除く作業は付随任務に該当する。付随任務に関してはそれ相応の違約金を払えば免除が可能だ。それは、どの冒険者も分け隔てしない、彼らを特別視している訳ではないことを理解して欲しい」
「さあ、作業の再開だ。まだ、先は長い、休んでいると遠征期間が終わってしまうぞ」
兵が大声で、集まっている冒険者たちを急き立てる。
俺、セシル、アントレアは瓦礫運び、ナラとアンナは炊事作業。
ラナは、アントレアの服を見て、
「泥だらけね。もったいない」
「まさか、土木作業をするとは夢にも思ってませんでしたから」
笑いながらナラに言葉を返す。
俺は、
「ラナは何してんだ?」
「することがないから、執務室の横で、ジャガイモの皮むきしてるわ」
軽く言葉を交わしてそれぞれの持ち場に別れた。
また、汗を掻き、泥にまみれて瓦礫運びか。鬱陶しくなる。




