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撤去

 鳥のさえずりが耳をくすぐり、夜露よつゆで濡れた草花のにおいが鼻をくすぐる。清々すがすがしい朝である。

 しかし、昨日オークに取り囲まれ、命からがら逃げ帰った緊迫感きんぱくかんが鮮明に脳裏に焼き付いている。なんとも憂鬱ゆううつな目覚めだ。

 朝の静けさを兵が吹くラッパが打ち砕いた。


 起床の号令ごうれいではあるが、冒険者たちは朝食の準備ができた合図あいずとして理解している。

 テントから出て、顔を洗い、朝食を取る。

 俺は、ラナ達とあいさつをわす程度しか口を開かない。まあ、いつもこんなものだと言われればそうかもしれないが、多くを話そうという気分にはなれない。

「アンナちゃん。このスープ美味しいね」

「うん。おいしいね」

 ラナもアンナも笑顔ではあるが、話がぎこちなく感じる。やはりショックは大きかったように思える。

 物静かなセシルは、いつも以上に無表情に見える。昨日の出来ことは衝撃的だったに違いない。

 アントレアは愛想あいそを振りまいている、いつもと変わらない。

『リーダーの素質そしつなのだろう』

 昨日の対応といい、かなりの場数ばかずを踏んでいるに違いない。ショックを引きずっている俺自身がなさけなくなる。

 そんな気分を払拭ふっしょくしたい気持ちからなのか、

「今日はどうするんだろ?」

 何となくアントレアに、そう話しかけてみた。

「そうですね。なんだか今日はゆっくりしていますね。土工がいないようですから、恐らく昨日見つけた道の瓦礫がれきを除いているのではないですか」

「じゃ、昨日の続きで、あの迷路を進むのか?」

「さぁどうでしょう。隊長の判断次第ですから」


『迷路の偵察は無理がある。間違いなくまた犠牲者が出る』


 不意に、兵が伝令を叫んだ。

「パーティーのリーダーは、隊長の元に集まれ」

「さあ、今日の作戦を聞きに行きましょう」

 食べかけのパンを口に頬張ほおばったアントレアは立ち上がり、俺を誘う。



「一通り集まっただろうか?」

 ぞろぞろと集まってくる冒険者たちの動きがおさまった頃、隊長がそう口を開き話を始める。

「まずは、現状なのだが、昨日の偵察の結果、迷路を迂回うかいできる道を発見できた。夜明けとともに土工がその道の瓦礫がれきを撤去しているところだ。もうじき終わるだろう」

 そう話し、今日の本題に入る。

「しかし、まだ全体像ぜんたいぞうつかめていない。今日も誰かに偵察に行ってもらわないといけないのだが……」

 隊長が冒険者達を見回すが、誰一人として名乗り出るものはいない。


 昨日大きな被害が出たことは、遠征隊全体にうわさとして広がっている。

 しばらく沈黙が続いたあと、こそこそとうわさ話の声が上がりだした。


(昨日死人出たよな)(オークがわな仕掛けてたのか?)(オークはしないだろ、そんなこと)


 事の真偽しんぎたしかめるため、ある冒険者が隊長に問う。

「昨日、ハンスのパーティー全滅したんだろ。ハンスを除いて」

「ああ、そのとおりだ」

 隊長は、隠す様子も悪びれる様子もなく、無表情に肯定こうていする。

 別の冒険者が発言する。

「なんでも、二十匹を超えるオークに囲まれたって聞いたぞ」

「確かにそう報告を受けている」

 やはり、事務的に事実のみを口にする。

「瓦礫で逃げ道ふさがれて、無数のオークに囲まれたらどうすることも出来ないだろ?死ねっていってるのか?」

「……」

 隊長はそのまま黙りこんでしまった。さすがに昨日の状況を知れば誰も行きたがらないのははなから分かっていたのだろう。

 黙りこむ隊長とは対象的に冒険者達は、好き勝手かって話しだす。

「でも、誰かが行かないと、話にならないだろ」

「だから誰も行かないって」

「このさいだ、クジか、多数決で決めようぜ」

「俺のパーティーに偵察の任務が当たったら、命かけるようなことでもないし、みんな除隊するよ」

「しかしよー、コウヘイのパーティー全員が無事で帰ってきてんだから、絶対死ぬってこともないだろ」

 ある冒険者がそう言うと、話の流れが変わった。

「むしろ傷一つ負ってなかったんだんだよな。コツがあるのか?」

 全員が俺の方を向く。

「コツっていうか……、がむしゃらだったから、運がよかったとしか……」

 俺が返答に困っていると、他の冒険者が、

「そうだよ。小柄こがらで身軽なメンバーが揃ってるからオークは攻撃しにくいんだよ。コウヘイのパーティーが適任てきにんなんじゃないか?」


 それに同調どうちょうした冒険者が湧き上がる。

『冗談じゃない!』心の中で叫んだ。


「みなさんやめて下さい」

 俺より先にアントレアが口を開き、冒険者達をさとす。

「コツなんてありません。昨日は運よく助かっただけです。もし我々のパーティーが適任であったとしても危険な任務には変わりありません。昨日は我々が危険を引き受けたのですから、今日も偵察を行うのであれば、別の冒険者が危険を引き受けるのが道理というものです」


 誰一人として、二十匹以上のオークに囲まれて、逃げ帰る自信のある冒険者はいなかった。アントレアの発言に誰一人としておうじる者はいなかった。


 冒険者同士の話が膠着こうちゃくすると、今まで黙っていた隊長が口を開く。

「なら選択肢は二つしかない。一つは全員で瓦礫がれきを取り除くか、もう一つはこのまま城に戻るかだ」


 ここまで来て、一匹のオークも倒さず、おめおめと帰るのは誰も望まない。


 結局、冒険者全員で隊長の指示に従いながら瓦礫がれき撤去てっきょすることに決まった。



 戦闘の装備を整えた冒険者がツルハシを持ち、シャベルを待ち、天秤棒てんびんぼうを持って続々と瓦礫の前に集まる。

 土工にじり、ツルハシを振りおろして大きな瓦礫をくだきながら無駄口をたたく冒険者。

「なんで、こんなとこまで来て土方してんだ俺は」

「ボヤくな、ボヤくな。土方とは比べもんにならないほど、かせげるんだからよ」

「オークを倒せればだろ、出来できなきゃ骨折り損だぜ。まったく」


 廃材はいざいを運ぶ冒険者が愚痴ぐちる。

「こきつかいやがってよ。こんなの土工の仕事だろ」

 あちらこちらで冒険者の不満ふまんが聞こえる。それでも、隊長の指示に従い、一つ一つ瓦礫を取り除いていく冒険者たち。

 冒険者全員ということで、ラナとアンナも土木作業に加わっている。一人で持つ天秤棒を二人で持って瓦礫を運ぶのだが、二人合わせてもほかの冒険者の半分も運べない。見るに見兼みかねたのか、邪魔じゃまだと思われたのか、「炊事当番すいじとうばんを手伝え」と兵に指示しじされ、執務室の方向へと戻っていった。セシルも力仕事には向いていない。それでも、健気けなげに瓦礫を運ぶ。


 兵は、ただっ立ている。

「おい!、お前ら。何で瓦礫がれき運ばないんだ?」

 汗まみれになり、ツルハシで瓦礫を砕いていた冒険者ジムが、兵にいかかる。

「我々は、隊長の命令に従っているまでだ」

 えらい乱暴な剣幕けんまくで毒つくジムに、ひるみながらも毅然きぜんと自分の立場を説明する兵。

 納得はいかないが隊長の命令なら仕方がないと作業を再開しようとしたジムの目に、きらびやかな装備の五人の冒険者が、涼しな顔でのんきに歩いているのが見えた。

 ジムは、キレた。


 十人程度の冒険者が、現場で指揮しきをとる隊長の元に詰め寄る。先頭にはジムがいた。

「よお、隊長さんよ。なんで兵は瓦礫、運ばないんだ」

 すごみのある形相ぎょうそうで怒鳴るジムと、それにつらなる冒険者たちに取り囲まれた隊長は、平然と、

「兵は、規律きりつただし、土工達どこうたち民間人を守るためのにんについている」

 そう言ってのけ、何事もなかったように土木作業の段取りを、他の兵と検討けんとうする。

 隊長の正論に反論できないジムは、

「じゃ、お綺麗きれいふく着た冒険者が居たが、どうして、あいつらは俺らのように土に汚れてないんだよ」

 黙り込む隊長を見て、これは言い訳できまいと思ったのか、続けてジムは追い打ちをかけるようにまくし立てる。

「それともなにか、この遠征隊は、観光業もやってて、あいつらは観光客だとでもいうのか?こらぁ〜!」

 隊長に毒付くジムの大声で、他の冒険者達や兵が何事かと周囲に集まってきだした。


「観光業はやってないが、彼らは一日一プラチナの違約金を払い任務の免除めんじょを受けている。当然、戦闘は免除できないが、本来、冒険者の仕事とは無関係な土木作業だ。免除しても問題なかろう。彼らだけ特別という訳ではないのだから、君も一日一プラチナの違約金を払えば、土木作業を免除するぞ」

 平然とそう言いのける隊長の言葉に、ジムはキョトンとした顔を見せたが、徐々に表情を激昂げっこうさせ、

「ふざけんな。あんなきらびやかな防具つけて、一日一プラチナの違約金が払える上級冒険者がオークなんて雑魚ざこ倒しにこんなとこまで来るわけないだろうがぁ。どうせ金持ちボンボンの物見遊山ものみゆさんなんだろ」


 ジムが周りを見渡すと、そのパーティーも群衆に混ざっている。


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