後悔
土埃で体中を汚し、汗だくで帰ってきた俺達を見た冒険者は察しただろう。
それに人数も半数以下になっている。
すぐさま、隊長の元に呼ばれ、状況報告を求められた。
旧市街地の入り口付近に急ごしらえのテントが設置されてあった、ここを執務室にしているようだ。
テントの周りは数名の兵が警護し、なかの様子を盗み聞きしようとする冒険者を寄せ付けない。
中に入ると、隊長と側近の兵がいた。
隊長は、俺達の労をねぎらい、ケガはしてないか?と聞いてくる。かすり傷程度だと分かると、ラナとアンナとセシルは、ゆっくり休むようにといち早く解放された。
俺とアントレアとハンスから細かく事情を聞いた後、アントレアだけが、地図に書き込んだ内容の説明を聞きたいとその場に残された。
俺と、ハンスは執務室を出るとなんの言葉も交わさずに別れた。
野営地へ戻りラナ達のテントを覗いてみると、ラナたちが居ない。
風呂にでも入っているのだろう。
自分のテントで横になる。
隊長との話は随分と長かった、しかしハンスの仲間が帰ったという報告は無かった。あの状況だ、どう考えても助かりようがない。……まともに言葉をかわしてもいないが、仲間が死ぬのは辛い。
俺はテントの中で横たわり、今日の出来ことを考えていた。
遣る瀬無い気持ちで一杯になる。
俺の軽はずみな言動でラナ達三人を危険な目に合わせてしまったことを後悔している。
そして、オークが現れた時、俺は、
『ラナだけは守りたい』
そう考えたとっさの判断を後悔している。それは、アンナやセシルが犠牲になったとしてもラナを助けたいと判断したことになる、自分自身が分からない。三人の命に優先順位など付けられる訳がない。しかし、このまま魔物と戦っていれば、いずれ誰かが犠牲になる日が来るのかもしれない。
「俺もう冒険者辞めようかな?」
自分に問いかける。もう冒険者を辞めて、セシルの農園でも手伝おうか?
それなら尚更、今回の報酬を手に入れなければならない。
卑怯だと言われても、もうラナとアンナが前面にでるようなことは避けなければいけない。そして危険なところには近づくまい。しかし、それを他の冒険者が許すはずはない。もう除隊した方がいいだろうか?ラナ達はどう考えているだろうか?
いろいろな思いが交錯して考えがまとまらない。
このまま一人で居ても落ち込むだけだ。俺は起き上がり風呂場へと向かうことにした。
外はずいぶんと暗くなっている。
テントを出ると丁度アントレアが帰ってきた。
「どちらへ?」
「風呂に行こうかと思って」
「なら私も行きます。一緒に行きましょう」
そのあと、俺達は言葉もなく、暗くなった野営地を仮設浴場へと歩く。
「聞いたか?コウヘイがオークを倒し血路を開いたんだとよ。それでコウヘイの仲間は全員無事に帰ってこれたが、ハンスはたまたまコウヘイの近くに居たから自分の仲間を見捨ててハンスだけ逃げ帰ったんだとよ」
すれ違った冒険者二人がそんな話をしながら通り過ぎていく。
『だれがそんなデタラメを!ラナが言ったのか?いや、ラナはそんなことは言わない』
俺はオークを倒していない。ハンスもあの状況では仕方がなかった。
うわさ話をする冒険者に本当のことを伝えようと、振り返り一歩前に出た。
「どうするつもりですか?」
アントレアが俺の行動を止める。
「いや、デタラメ言ってるから本当のことを」
「やめたほうがいいですよ」
「どうして」
「ハンスという男、素行が良いとは言えませんから、恐らくですが、他の冒険者からも恨みを買ってたのでしょう。うわさ話というものは、話し手の都合のいいように脚色されますから」
「ならなおさら本当のことを言わないと」
「仕方がなかったとはいえ、仲間を見捨ててハンス一人が逃げ帰ったのは事実。どう繕ってもこの事実だけは覆りません。本当のことを言ったところで、かえってハンスの失態を宣伝するようなものです」
返す言葉がない……。
『今日は最悪な一日だ』
諭された俺は遣る瀬無い気持ちを抱えて、仮説浴場へと歩く。
事務室の前を通ると、丁度、一人の男が出てくるのが見えた。
よく見るとハンスだった。
ハンスも俺のことに気づいたようだったが、交わす言葉もない。足取りを変えず俺は黙ってハンスの横を通り過ぎた。
「今日は世話になったな」
ハンスの方から声をかけてきた。
「……」
しかし、返す言葉が思いつかない。
アントレアは今日の惨状が無かったかのように何食わぬ顔で、問いかける。
「おや?今時分、事務室から出てくるとは、火急の用件でもあったのでか?」
「用件ってほどじゃぁないが、今日限りで除隊することを隊長に言いに来ただけだ」
考えるより先に驚きが出た。
「辞めるのか?どうして?」
思わずそんな言葉が口から出てしまった。
ハンスは俺を睨みつけ、
「どうしてだ?って、だから青二才は嫌いなんだよ。見ただろ、俺のパーティーは全滅だ。俺一人でオークと戦えって言うのか?」
「他のパーティーに加わればいいじゃないか」
「誰が、仲間を見捨てて逃げ帰るようなやつをパーティーに加えるんだよ」
「おまえは逃げたんじゃない。仲間のほうが逃げてオークの罠に引っかかったんだ。なんなら俺がみんなの前で証言してやる」
必至になる俺に、ハンスは苦笑いを浮かべて、
「だから青二才は嫌いなんだよ。じゃー、あばよ」
立ち去ろうとするハンスに、
「なら、俺達のパーティーに入れよ。一緒に偵察して分かったんだが、おまえいいやつだよ」
「「……」」
「青二才のパーティーなんか、こっちから願いさげだぜ」
ハンスは、そう言い残し立ち去る。
俺と、アントレアだけになった。
「なあ、俺がハンスの立場だったら、やっぱり逃げたと思うんだが間違っているか?」
「いいえ、間違っていません私だって間違いなく逃げます」
「ならどうして」
「ハンスは辛いのでしょう、自分一人だけが生き残ったことが。 考えてもみてください。パーティーには、かならず《治癒魔法》などの支援魔法を持つ者がいます。大抵はその者には身を守る術がありません。そういう者を剣士が庇わずに自分一人だけが逃げるということは、死ぬくらい勇気が必要で自責の念に耐えないといけないということを。口は汚いですがハンスはその自責の念を持っている立派な冒険者だったのでしょう」
我が身を犠牲にしてでもラナを守りたい。俺がそう思うように、ハンスにもそういった仲間が居たのかもしれない。今ハンスの気持ちに気づき言葉が出ない。
「戦いだから仕方ありませんが、仲間を失うのは悲しいことですね」
空の星を見上げ、そんなことを口にするアントレアとは正反対に、俺は薄暗い地面をみつめ黙り込む。
俺は、何もハンスの気持ちを考えていなかった。自分の浅はかさを思い知らされた。
「ほんと、今日は最悪の一日だ」
どうにもならない苛立ちから、蛮勇の感情が騒ぐ。
が、何もできない。




