邀撃(ようげき)
ハンスは、用心深く角の向こうを覗いた。
「これはいけねぇ」
愕然とした顔を見せるハンスの目線の先を、俺も覗ってみる。
その角を曲がった先は、長い直線道路になっている。
昔は、多くの町人が行き交う賑やかな通りだったのだろう。
商店風の三階建て建物が、長い直線道路の両脇にぎっしりと軒を連ねて並ぶ、道幅の広い通りであった。
その通りの長さは百米ほどだろうか、路面は掃除され、通りの両脇にはレンガ造りの建物が、古びてはいるが綺麗な形で連なっている。
建物の扉や窓は木の板で塞がれている。
この一本道には物陰が見当たらない。明らかに異質な雰囲気を匂わせている。
「この通りは危険だぜ」
ハンスが冒険者の勘を働かせた。
アントレアも同じ考えなのだろう。アントレアは地図を見ながら、
「うん。ここまで来れば、それなりの成果があったと言えるでしょう」
持っていた旧市街地の地図を、俺とハンスに見せる。
「ここと、ここの瓦礫を除ければ、今私達が居る場所まで最短で来れます。今まで進んできた迷路のような道を一キロほど省くことができます。この感じだとまだまだ迷路は続くでしょうから、何日かに分けて最短の道を見つけるのが得策です」
ハンスが、ホッとした顔で、
「そ、そうだな。今日はここまでにして、土工に瓦礫を除けさせればいいな」
振り返り、後ろの仲間に、
「今日はここまでだ、帰るぞ」
と告げた瞬間、突如、ハンスの仲間の横で、複数の家の壁が爆発したかのように壊れた。
土煙が舞うなか、壊れた壁からオークが姿を見せる。ハンスの仲間が逃げてくる。
オークがぞろぞろと出てきた。
土煙で視界が悪い中、五、六匹のオークが視認できる、奥では、ゴゾゴゾと物音がし、まだまだオークが居るようだ。
「こんなの敵うかよ」
ハンスの仲間は出口を求めて、ハンスを一人残しその先の長い直線道路へと走っていく。
「バカ、お前ら、そっちは罠だ」
ハンスの叫びも聞かず、通り抜けようと走り続け、通りの中ほどに差し掛かった所で、屋根から隠れていたオークがゾロゾロと姿を見せ、洋瓦やレンガを投げつけてくる。
あまりのレンガの多さに反撃することも動くことさえできず、盾と防御魔法で防いでいるが、このままではそう長くは持ちそうにない。
他人の心配をしている暇はない。目の前には二十匹のオークが姿を現している。
じわりじわり近づいてくる。後ろに下がれば、ハンスの仲間のように屋根からレンガを投げられる。
かと言って、アントレアとハンスが加わっているといっても俺達は六人しかしない。壁から出てきた二十匹のオークに敵うはずがない。オークを二、三匹倒せたとしても、こん棒で叩きつぶされるか、掴まれて手足をもがれるか、結果は見えている。
俺の横で怯えるラナ。
こんなに怯えるラナの顔を初めてみた。
除隊してでもこんな偵察受けるんじゃなかった。俺の認識が甘かったと気づいたが、今では遅すぎた。
『ラナだけは守りたい』
溢れ出る後悔と共に、ラナだけでも助かる方法がないか? 一瞬考えた。
「私についてきて」
突然、アンナが叫び、二十匹のオークに向かって走りだす。
「アンナ待ちなさい」
「アンナちゃん」
セシルとラナが、アンナを止めようと走りだす。
もう、当たって砕けろだ。『一匹でも多く倒す!』 オーク目掛けて駆ける。
アントレアとハンスが後に続く、考えることは一緒だろう。一匹でも多く倒す。
土煙が濃く舞うなかでオークが、俺達を待ち構え、棍棒を振り上げるのが見えた。
俺はアンナを追い越し、オークに斬りかかろうと刃を出した。オークと俺の背丈は大人と子供の差ほどある。
オークが棍棒を振り下ろす、俺はさらりとその棍棒をかわしたが、その先で三匹のオークに取り囲また。一斉に棍棒を振り下ろす光景が脳裏をかすめる、目を固く閉じ体が硬直した。
「お兄ちゃん戦わず、走り抜けて」
アンナが《稲妻魔法》を使ったのか?
オークの動きが止まっている。
アンナはそのまま感電しているオークの群の中に飛び込んでいく、しかし、全てのオークが動けなくなった訳ではない。動けるオークがアンナに棍棒を振り下ろす。アンナは感電しているオークの股の下に隠れる。土煙で目標を見誤ったのか、その振り下ろした棍棒は仲間のオークの太ももを強打する。太ももを打たれたオークは、打ったオークに殴りかかる。オーク同士がケンカをしだした。
アンナは続けて周囲のオークに電撃を撃ち、土煙で視界が悪い中、アンナとラナはオークの股をくぐり、セシルは振り上げた脇の下を進み、反対側に脱出した。
敵味方関係なく襲い、暴れ狂うオークらの中を、俺とアントレアとハンスは、アンナとラナの支援魔法に助けられながら、最小限の攻撃で、オークの攻撃をかわしながら、入り乱れるオークの群の中をすり抜けた。
オークは追っては来ない。
オークの足はそれほど速くない、冒険者の方が走るのが速いことはオークも知っているのだろう。
忌々しそうな顔をしなから、角の向こう側へと消えていく。
防戦一方になっているハンスの仲間を襲いに行ったのだろう。
俺達は先を急ごうとしたが、ハンスが動こうとしない。
「さあ、行きますよ」
アントレアがハンスに声をかける。
「いや、仲間が……」
ハンスは虚ろな目をして手を伸ばし、今にでも今逃げてきた通りに戻ろうかと足を一歩踏み出す。
「止めはしませんが、行っても犬死ですよ。それより、ここも安全とは言えません。今は一人でも仲間が必要です」
角の向こうから、レンガが何かにぶつかる音が聞こえてくる。悲鳴が聞こえる訳ではない。ハンスの仲間が今なお、一縷の望みにしがみつき必至にオークの攻撃に耐えている。そんな惨状が容易に想像できる。
ハンスは男泣きに泣き、先でハンスの出方を待っていた俺達に向かって走ってきた。
アントレアは瓦礫を越えて近道するより、もと来た道を戻るほうが安全だと判断した。
俺達は、ハンスの仲間を残して、迷路のような道を走って遠征隊に戻った。




