ログアウト
ゲームから醒めたことには気づいたが、
余韻が、ぜんぜん冷めていない。
グーっと手を握りしめ、
『これからってときに……』
残念さと腹ただしさが、心から湧き上がる。
そんな気持ちで、しばらくの間、気だるさとリクライニングシートの居心地の良さをかみしめていた。
ガチャっと出入口のドアが開き、
「おつかれさまです。ご気分はいかがでしょうか?」
ドア口でニコやかに声を掛ける女性スタッフがうらめしく思う。
しかし、ここは現実世界、夢の余韻は、休憩室で味わおうとリクライニングシートから降り、女性スタッフがいる出口へと歩いた。
ゲーム内での出来事を、一人、休憩室で思いふける。
襲いかかる二匹のゴブリン。腕の長さを活かし、ゴブリンの爪より先に俺の短剣がゴブリンの皮膚にとどく、皮膚が柔らかいゴムのように裂けていく。
俺の伸ばした腕の肩へ、別のゴブリンの爪が迫まるのだが、素早く一歩下がってかわし、カウンターで短剣をお見舞いする。
ゲームでの自分の動きを思い出し、顔がニヤついてしまった。
頭のぼやけが薄れ、意識がはっきりしてくるにつれ、
あー、なんでかなぁ、どうせゲームなんだから、ラナにもっとカッコいい言葉をかければよかった。
『俺が守ってやるさ』とか。
『ラナには指一本ふれさせない』とかさぁ。
なんとも情けない地が出てしまったと悔やまれる。
しかし、最近、ラナ、つめたいよなぁ、なんでだろう?
まあ、ベタベタされるのも考えもんかも。
もしかして俺はあーいう放置プレイを好んでいるのか?
今度は自己嫌悪に陥る。
なんで、ゲームの世界でも、俺は雑用しているんだ?
多分、木こり小屋に移り住む前に、ラナの反対を押し切って、もっと深い森に入っていれば、多くのゴブリンを狩って大金が入るとか、お宝があったりとかして、裕福な生活ができたんだろうな。
どうも、日常の自分の性格が、ゲーム内でも出てしまう。
でも、もし、強い魔物がいて、死んでしまったらどうするんだろう?。セーブポイントからやり直しになるのか?、生き返った後、どう話が続くのだろうか?。生き返りました、さっきの戦いはみんな忘れている。って流れになるのか?
意識がはっきりするにつれて、いろいろ考えてしまう。
しかし、このゲームは面白い。いやゲームなんかじゃない、俺の第二の人生だ。
VRマシンにログインしたのがAM三時、この時間しか予約が取れなかった。そして一時間《グリフ王国》の世界を楽しみ、グリフロードから強制的にログアウトされたのが、AM四時。
俺は、この休憩室で、始発電車が動き出す時間まで空想を楽しんでいた。
さぁ、電車も動く頃だと、一回エントランスフロアに降り、端末装置で次の予約を検索する。
「二ヶ月以上先かぁー」
残念さが思わず口に出てしまった。
しかし、明日予約が取れますと表示されても、お金がない。懐具合で考えると、二ヶ月間隔くらいが丁度いい。それでも、毎日でも、毎時間でもやりたい。
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仕事中も、アパートで一人でいるときも、ふとグリフ王国のことを考えてしまう。
グリフ王国は日々の生活にはない楽しいことだらけだった。
しかし、いろいろと不可解な点が思い起こされる。
時間の感覚がおかしい。
どう考えても、一時間の出来事ではない。何日もグリフ王国の世界にいた。
ところどころ記憶が抜けている。
城から森までの距離がぜんぜんわからない。町の地図を書けといわれると書けない、宿がどこにあって、そこからどう行けば、城門に辿りつけるのか道筋がわからない。
まあ、夢の中だからと考えれば、なんの不思議もないのだが、やはり気になる。
スマホを取り出し、公式ウェブサイトにアクセスしてみる。
公式ウェブサイトに、詳しいことは書かれていない。
スクリーンショットと動画をふんだんに使い、期待感をそそる文章がならぶが、俺の知りたいこととは違う。
もっと知りたいと、サイト深く探ると、今度は安全のしおり、契約・免責事項とか、急に難しい言葉使いになる。
安全のしおりには、
利用者(プレーヤー)が危険になることは絶対にないとあるが、ゲーム内で死んだあとのことが書かれていない。ゲームオーバーになって一からやり直すのか。はたまた、セーブポイントからやり直すのか?俺にとっては重大である。
そういえばセーブポイントらしきイベントが無かった。
そもそも死なないように、このゲームはなっているのか?
契約・免責事項は、
読んでも分からん。
そんななか、FAQ|(よくある質問)のリンクを見つけ、スマホ画面をタップしてみると、いくつか気になることが書かれていた。
ゲーム内で死んだ場合。
それによると、プレーヤーはゲーム内で死ぬことはない。しかし、《IgC》は、ゲーム内で死ぬ。一度死んだ《IgC》は蘇らない。
ゲームのセーブはできない。
ゲームをやり直すことはできるが、その場合、今までの情報がすべてクリアされる。それは、壊れた建築物や動植物が元に戻り、《IgC》の記憶もクリアされ、《IgC》の容姿はランダムに新たに作られる。
『……』
ということは、ラナもアンナもセシルも一度死んでしまうと二度と合えない。同じシナリオをやり直すことはできるが、そのときは以前のラナではない。容姿、性格、記憶までもが違う別人でしかない。
予想はしていたが、俺には厳しい足枷となった。
『絶対、死なせない』
そう、心の底から感情が溢れる。
『ラナもアンナもセシルも、俺が守る』
似合わないセリフが心の底で響く。
ラナ達と安全に冒険がしたい。
が、公式ウェブサイトにはそんな情報などない。
俺は、次のログインで、森の奥深くに入ろうと考えていた。そうすれば、ボスキャラが居るに違いない。そう考えるのだが、それがラナ達にとって良いことなのか自信がない。
自由になるゲームの中だからこそ、快適に生活がしたい。
ネタバレは嫌だが、どうしても個人のブログに頼ってしまう。
インターネット上には、既にたくさんのブログが溢れていた。《グリフロード》公開から一ヶ月ほどしか立っていないのに。
いろいろとブログを見比べてみて、シナリオ展開はほぼ同じであることが分かった。
どのブログも、ゲーム開始直後、森で意識が戻り、パートナー《IgC》と出会ったと書いてある。
俺が、はじめてラナと出会った森の中と一緒だ。
ただし、シチュエーションは何通りかあり、
あるプレーヤーのブログには、最初に目が覚めた時、騎士に抱えられた馬上だったというのがあった。その騎士が言うには、住んでいた城が魔物に襲われ命からがら逃げ出した、多くの兵が魔物と戦ったが、力及ばず、最後にはプレーヤーの両親がいる室内まで魔物が迫り、その騎士はプレーヤーのみを連れて逃げ延びたと語った。そして、プレーヤーは魔王討伐を深く誓った。
その後、パートナー《IgC》と城に行き、そして森でゴブリンを狩ることになる。しばらくして別の《IgC》とパーティーを組んだ。
と、書いてあった。
どのブログも、俺が経験したシナリオの流れと似通っている。
俺が目覚めるとラナが居た。森でゴブリンを狩ることになった。セシルとアンナに出会った。これらは必然的な流れだったということになる。
しかし、出会う場所やメンバーはそれぞれ違う。
町では、屈強な剣士や、強力な女魔法士と出会ったり、
森で出会うのは、姉妹だけではなく、姉と弟だったり、少女とエルフだったりするブログがある。
ネタバレは嫌だが、俺はもう少しブログを調べてみることにした。
どうやら、俺がログアウトした辺りにはホブゴブリンが統括する砦があるようだ。
あるブログには、ホブゴブリン率いる三十匹ほどのゴブリンに取り囲まれ、乱戦となり、命からがら逃げ帰り、さらに、何度かその砦を襲撃して、ホブゴブリンを倒すと、価値のある宝石が手に入ったと書かれてある。その後は、金貨に不自由することなく生活ができ、一流の冒険者の資格を得て、次のステージの遠征隊に加わったとある。
さらに別のプログを検索してみると、砦の攻略に失敗してパーティーが全滅したというプレーヤーのブログを見つけた。
パートナー《IgC》が無理だというのを押し切って、襲撃したところ、ホブゴブリンに返り討ちに遭い全滅してしまったとある。プレーヤーは運良く、別の冒険者に助けられ、どこかの邸宅で目覚めたが、一緒にいたメンバーは全員死んでしまったとある。
町中探したが死亡したメンバーとは再開できなかったと書いてあった。
俺は、このあとホブゴブリンの砦を攻略しないといけないようだ。
俺が死ぬことはないが、ある程度防御力を高めていないと、《IgC》は死んでしまう。
もし、ホブゴブリンと遭遇していたら犠牲者が出ていたかも知れない。乱戦となれば、おそらくアンナが狙われるだろう。アンナは死んでいたかもしれない。セシルは泣き叫び、絶望にくれていたかも知れない。そう考えると、ログアウトした場所は危ない気がする。早く城に戻らないとと、気が焦る。
たかがゲームだ。電気の状態かもしれないけど、あそこまで、リアルだとセシルが絶望する姿を思うと心が痛む。
細かいところで、変化はあるが、シナリオの流れが分かった。
おそらく、この後、ホブゴブリンの砦を攻略して、遠征隊に参加しオーク討伐に向かうので間違いないだろう。
当面の目標は、ボブゴブリンが統括する砦の攻略。
しかし、今のメンバーで勝てるのだろうか。いや、多分勝てるだろう、俺の攻撃力は高いし、アンナの稲妻魔法も便利なのだから。
しかし、防御力が低すぎる。アンナはかなり危険だし、ラナも危険に晒してしまう。
ラナを失うのは絶対にイヤだ。
ラナが凶刃に倒れる姿を想像すると気が狂いそうになる。




