引越し
新しい家が決まった。
木こり小屋。
城からそう遠くない森の近くに位置する。
「本当にここでいいんですか?」
家主が、同じ質問を繰り返す。
「ええいいわ。ゴブリンが襲ってきても、大丈夫そうだし」
ラナは、小屋の外壁を叩きながら、同じ答えを返した。
土の上に丸太を組み合わせただけの簡単な小屋だが、丸太で出来た外壁は、ゴブリンが斧で叩いてもビクともしない頑丈さがある。
『ほんとうにここにするのか?』
俺は内心、ためらった。
三人がいいって言うんだから、俺一人反対するわけにはいかない。
が、窓は小さく、昼でも室内は薄暗い。
台所に、大きな切り株で作られたテーブルがあるだけで、他に家具はなにもない。
床板も張っていない、土むき出しの小屋でしかない。
俺は台所を見渡し、かまどの上の細い煙突の中を見上げた。
台所はあるといっても、こんなところで肉を焼いたら部屋中煙だらけだ。
風呂が無い。毎日、城まで大衆浴場に通うのか?そう遠くはないといっても、宿の風呂場のように部屋着姿でぶらり、とはいかない。
城内の宿に連泊しながら外食していた今までの快適な生活が染み付いてしまったのか、なんとも、いやな箇所しか、目に入らない。
台所には外への出入口がある。
ドアは、丈夫な木で出来ていて、閂を掛ければ、簡単には破れない。
ラナとアンナが部屋に入り、セシルがついていく、俺もついて部屋に入ってみた。
「ここが一番広い部屋ね」
中は、六帖ほどの広さ、室内には何も置いていない、
台所同様、窓は小さく、薄暗い。
「窓にも、ちゃんと鍵が掛けられるのね」
窓もしっかり戸締まりできる。ゴブリン対策は万全のようだ。
「私とアンナはこの部屋にしようと思うのですが」
「そうね。その方が私達も助かるわ」
床板もなく、土がむき出しの部屋。俺は土を触ってみた。粘土のような粘り気があり、つまむと砂のようにさらさらと細かい粒になる。埃っぽくもない。
『不思議な土だな』
どう不思議なのかはわからないが、なんとなく違和感がある。
俺の傍を通りぬけ、三人が、次の部屋に向かった。俺もついていく。
三帖ほどの部屋。
小さな窓が一つあるだけの何も置いていない部屋。
「私、この部屋にする」
中に入ってはみたが、特に見るものもない。
最後の部屋。
「さっきの部屋と同じね」
そういって、ドアを開けて中を見ただけで、中には入らなかった。
必然的に俺の部屋と決まった。
「台所もあるし、私たちで食事つくれば、その分お金使わないから、いいわね」
ラナが台所のかまどの中を覗き込む。
「本当にここで良いんですか? いえ、私は家賃が入ればいいんですけど」
困惑する家主とは正反対に、
「もちろんよ」
といって、ラナは前払いの家賃三十Gを手渡す。
なんとも乗り気になれない俺は、
「そうだ、水はどうするんだよ?」
素っ頓狂な声を出してしまった。
「ああ、水でしたら、すぐそこに小さな川がありますから。飲料水にも使えるはずです」
家主は、川の方向を指差し、「くれぐれも戸締まりには気をつけてくださいね」と言い残し、一人で城の方へと帰っていく。
「まずは、ベットが必要ね。今から町に行きましょ」
「そうですね。この際、日用品も買ってきませんか?荷馬車を借りて、一緒に運んでもらえば楽ですし」
ラナとセシルが段取りを決め、アンナはいつもラナのそばにいる。
俺達は、城内の町に買い物に出かける。
小屋の近くの道は、丸太を運ぶ荷馬車が通るだけあって道幅は広い。森に近いといっても木が邪魔をしなければ、城から小屋が見える距離である。
アンナと手を繋いでいるラナか心配そうに言う。
「しかし、お風呂がないのは困るわね」
「そうですね。今までよりも早く狩りを切り上げなくてはいけなくなりましたね。大衆浴場に入って、閉門前に門の外にでないといけないのですから」
「最終手段は、近くの川で水浴びよ」
「川で水浴びですか!?」
セシルは少し困った顔を見せる。
「今日の帰り、食材買って帰りましょ。今日から自炊にしましょ」
三人のたわいない会話を聞きながら、俺は三人の後ろを歩いて行った。
町で、日用雑貨を見て回る。
お金がないから、必要最小限と決めていたが、ラナ達は次々と必需品を口にする。
「煮炊きするナベや食器類が必要でしょ。それに、川で水くみするバケツも必要だし」
「部屋着も必要ですよね。洗濯用のタライも、この際買っておきましょう」
「部屋のランプも」
挙げだすと切りがない、一度、店で買い、あとで荷馬車で取りに来ることにした。
その日の内にベットを購入し荷馬車で運んでもらった。
今日の出費は、前払いの家賃を含めて合計九十五G。後々(あとあと)のことを考えれば安い出費だろうが、狩りが不調の今としては、痛い出費になった。
先のことを考えていても仕方がない。
ベットを部屋に入れ、夕食の準備に取り掛かる。
「コウヘイ、川から水を汲んできて」
渋々、ラナの言うことを聞く。
「わたしも行きます」
「セシル、料理できるの?」
「いいえ」
「じゃぁ、私の見てなさい。料理当番は交代だから」
「じゃ、私が水くみにいく」
「だめよ。アンナちゃんは。かわいい手に豆ができちゃうじゃない」
何とも俺の扱いが酷い。しかし、力仕事は男の仕事と割りきって水を汲みに行く。
幅三米ほどの小さな川。
『水ってこんなに軽かったけ?』
バケツ一杯に汲んだ水を片手で持ち、小屋に戻る。
『バケツもう一個買ってくればよかった』
水を汲んだバケツをラナの横に置く。
「あと、三往復お願いね」
「水どうするんだよ」
「そうね。水瓶買うの忘れたわね。とりあえず洗濯タライにでも移しておいて」
呆れる俺をよそに、かまどの枯れ枝に、指を近づけ《炎の魔法》を唱える。
ラナの指先の小さな炎が、すぐに枯れ枝に移り、瞬く間に薪を燃やす。
「炎の魔法便利ですね」
そう、驚くセシルに、
「そうでしょう。威力は弱いし、ほとんど飛ばないから攻撃には使えないんだけど、火をつけたり、少しの間なら照明にだって使えるから、まあまあ便利なんだよね」
俺は、言われたとおり残りバケツ三杯の水を洗濯タライに移し終え、台所のテーブルに着いて、料理が出来るのを待つ。アンナが俺のそばに来るのだが、何を話していいか分からない。アンナも特に何をするわけでもなく、椅子に座って、しばらくして、また、料理するアンナのそばに寄っていった。
三人の姿は、ほのぼのとした風景だが、俺一人が浮いている。
「さあ、夕食の準備もできたし、みんなでお風呂いくわよ」
「えーー、俺、今日汗かいてないからいいよ」
「なにいってんのよ。汚いでしょ」
「ゆっくり入って来ても一時間も掛からないでしょ」
「じゃ食べてから」
「それだと、城門閉まっちゃうじゃない」
風呂あがりのさっぱりした体に気持ち良い風を感じながら、大衆浴場から小屋に帰ると、空はだいぶ暗くなった。
小屋の出入口を開けると、中は真っ暗でほとんど見えない。
ランプをつけた。
町では街灯の明るさに当たりまえのように慣れていたせいか、小さなランプのきらめきは、なんだか儚く寂しく感じる。
ふくろうの鳴き声、狼の遠吠えが、時折聞こえる。
町の中だと、人の賑わいで気づかなかった。
その日、ほのかに光るランプの中、俺達は食事をする。
今日もパンとジャガイモのスープで夕食を済ませた。
食器を洗い終えたラナが、
「まだ、早いけど今日は、もう寝ましょ」
明日は、早起きして、一匹でも多くのゴブリンを見つけましょう。という。
いつもなら、町の食堂で、まだ飲み食いしている時間帯だろうが、ここでは、芸人の余興もなければ、目を引く出来事もない。することもないから、ベットに向かうことにした。
台所の出入口のドアをしっかり閉める。
「おやすみなさい」
「おやすみぃ」
「はい、おやすみ」
「……おやすみ」
各自ランプを手に持ち、自分の部屋に入ろうとする。
「ちゃんと、窓の戸締まりするのよ」
部屋に入ろうとした俺にラナが言う。立ち止まってラナを見る俺に、
「あと、火事になっちゃうから、ちゃんとランプの火を消すのよ」
と付け加える。
「あ、あとそれと」
「なんだよ」
口やかましくいうラナに思わず苛立たしさが口から出た。
そんな俺を見ているラナは、
「今日はありがとう、いつも一緒だから」と、やさしい笑顔で「おやすみ」と一言付け加えて部屋に入る。
「お、おやすみ」
微笑むラナを見て、今までのモヤモヤした気持ちが晴れた。
部屋に入り、窓の戸締まりだけはしっかりして、寝床につく。
ラナの気配を感じない部屋。
そういえば、ずっと同じ部屋だったから、一人で寝るのは久しぶりだなぁ。
今日一日のことを考えてみると、
俺が、ラナを避けていたのかもしれない。
俺が、ラナと話そうとしなかったのかもしれない。
ラナに雑に扱われていることが嫌だったのではなく、俺は、アンナやセシルと楽しく話すラナを嫌っていたのかもしれない。
俺は、この小屋が嫌ではない。この小屋で四人で生活するのが嫌だったのだろう。けしてセシルやアンナが嫌というわけではなく、心の奥で、ラナが俺のことを蔑ろにすることを恐れていた。でも、ラナは俺のことを見ていた。
明日は、もっとラナと話してみよう。




