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134 山岳都市グリーフ

「ここが我らが城……山岳城塞グリーフです」


 リッターに案内された先には、山に密接する形で建てられた城と、その下に広がる城下町があった。


「ここまで来るだけでも険しい道だったけど……うへぇ」


 僕はカシャの後ろに接続されたキャンピングカーの窓から顔を出しつつ、それを見上げる。

 おそらくはその高い山岳の中腹、雲がかかるあたりにある荘厳な城に魔族を統べる王がいるのだろう。


「さすがに山道となると、カシャでもこれ以上進むのは難しいかな」


 僕がそうつぶやくと、リッターは苦笑した。


「ああ、違いますよ。我らの王がいるのは山の上ではありません」


「え? そうなの? てっきり、王様っていうぐらいだから高い所にいるのかと……」


 僕の言葉に、対面の席に座ったリッターは首を振る。


「たしかに前王などは好んで王城……しかも天守閣にいることが多かったのですが、現王は滅多に行くことはありませんよ。非効率ですからね」


「そうなんだ……。まあたしかに、物を運ぶだけでもあんな山の上までわざわざ登ってたら一苦労だね……」


 僕がそう言うと、リッターは別の方向を指差した。


「あそこに、白くて新しめの四角い建物があるでしょう? あそこが総統府です。現王であるヘルツォーク様は普段あそこにおります」


「結構近いんだ。町のど真ん中だし」


 グリーフの城下町は、広いもののほとんどの建物が古めかしい物だった。

 レンガが主体として作られた家々からは、だいぶ使い込まれたような年季を感じる。

 その中でも白く滑らかに切られた石で作られたその総統府は、遠くからでもわかりやすく新しかった。


 リッターが頷く。


「ヘルツォーク様は民に寄り添うお方です。それゆえに、戦争の遺物であり、同時に力の象徴でもあるあの城塞にいることよりも、民の近くである総統府にいることを選んでいるのでしょう」


 リッターの言葉に僕は感心した。

 民衆に近い政治。

 たしかにそれは、国を運営する上で必要な視点かもしれない。


「……でも危なくないの? なんていうか……その……」


 僕はカシャの荷車に揺られながら、町並みに目を向ける。

 城下町だというのに、建物は荒れ果て商店もほとんどない。

 それに道行く人は疲れ果てているように見えた。


 僕が言い淀んでいると、それを察したリッターは表情を暗くする。


「……ええ、たしかに治安は良くありません。我が国は今や荒廃が進み、国としては未曾有(みぞう)の存亡の危機へと陥っています」


 リッターの言う通り、街中全体が貧民街のスラムのようだった。

 王都にもスラムはあるがそれより酷い状況だ。


 リッターは首を振る。


「ですがご安心を。ヘルツォーク様も、力こそが至上だったこの国において以前はナンバー2であったお方。そこらのゴロツキでは衛兵が出る幕もありません。ヘルツォーク様がいる分、街中よりも総統府の方が安全なぐらいです」


 リッターは冗談めかしてそう言った。

 どうやら魔王が代替わりして平和路線になった今も、トップの強さの格は変わっていないらしい。


 ……今から僕、現在この国で一番強い人に会いに行くのか。

 そう思うとちょっと緊張してきた。


 僕のそんな様子を察したのか、リッターはウィンクする。


「大丈夫ですよ。我々は人間を取って食ったりしません。……ヘルツォーク様に聞きましたが、『マズくて食えたもんじゃない』らしいですからね」


 そんなリッターの冗談か本気なのかわからない言葉に乾いた笑いを返しつつ、僕たちは総統府の白い建物へと向かうのだった。



 ☆ ☆ ☆



「客人よ、歓迎しよう」


 総統府の奥の間。

 白く輝くような石造りの扉を開けると、そこには一人の男が椅子に座っていた。

 その顔には彼のこれまでの苦労が現れたような、深いシワが刻まれていた。

 彼の言葉に、僕は口を開く。


「どうも……えーと、王の代理人としてやってきました。ロージナの街を任されています、セームです」


「良い、楽にしてくれ」


 彼は椅子に座り手元で書面に文字を書きつつそう言った。

 リッターに勧められるまま、僕は対面の机に座る。

 ちなみにハナはカシャと共に外に待ってもらっていた。


「まずは来てもらい感謝する。貴殿が来ることになったのは、因果というやつかな」


 彼は眼光鋭くこちらに目を向けた。

 僕は内心少し驚きつつ、それに答える。


「覚えておいででしたか」


 それはロージナに来てすぐのことだった。

 ゴブリンの盗賊団に襲われたとき、この街からその盗賊を捕らえる為にやってきた一団。

 その先頭に立っていたのが彼だった。

 思えば随分前のことのように思える。


 彼は頷くと、口元に小さな笑みを浮かべる。


「ああ、その顔も覚えているとも。共に一国一城の主となってから相まみえるとはな」


「いえ、僕はただ単に代理でして……。たしかにロージナの街は任されていますけど……」


「謙遜せずともよい」


 彼は再び手元に目線を落としつつ、言葉を続ける。


「ロージナはここから一番近い人族の拠点だ。常に監視はしているし、昨今の状況も把握しているつもりだ。……あの頃からただ者ではないと思ってはいたが、やはり私の目に狂いはなかったな」


 そういう彼の口調は、どこか嬉しそうに聞こえた。


「貴殿があの地域一帯の次期領主という話は聞いている。人族の交易との拠点となる地域の総督となれば、丁重にもてなさなければなるまい。……とはいえ、我が国は今や窮地に追い詰められており、私すらも休む暇がないわけだがな。しばらく待つがよい。すぐに終わらせる」


 彼はそう言いながら、手元のペンを走らせた。

 どうやら総督本人までもが事務仕事に追われ続けているらしい。


 ……少し前までの僕の状況を思い出し、共感してしまう。

 そんな僕に対して、彼は再び目だけをこちらへ向ける。


「自己紹介が遅れたな。改めて、私の名はヘルツォーク。この国の王……いや、総統だ」


「総統……?」


「ああ。近々我が国では王制を廃止する。……と言っても、実質として国の体制が変わるわけではないが。今まで力で解決していたことを、法を持って解決すべしと明言するだけだ」


 彼はそう言うと、仕事の手を休めぬままに口を動かした。


「知っての通り、魔族は個々の力を重んじていた。それは我々がデーモン種やゴブリン種など、さまざまな種族を跨いだ共同体であることにも由来している。『些末な争いなど、力の強いものが正義となれば良い』……そんな考えだ。実際、精霊の恵みが溢れ豊かであった昔はそれで回っていたのだ」


 『強いものが偉い』……単純な考え方だ。

 魔族は人族よりも個体差が大きく、一人で一軍を相手にすることもできると言う。

 しかしヘルツォークは首を横に振る。


「だがそれでも我々は人族に勝てなかった。……そしてその後、前王となった後の国の統治は酷い物でな。見ての通り国は荒廃し放題だ。よって我々は結束して、王の排除――クーデターへと至った。そこでようやく気付いたのだ」


 彼はつぶやくように言葉を続けた。


「我々は間違っていたのだ、と」


 そうして彼は書き仕事を終えたのか、筆を置く。


「前王は臆病な男でな。魔導具で周囲を固め、力を維持していた。それを我々革命軍が隙をついて無力化して排したのだが……それによって民たちも『力とは何か』と考えるようになったのだ」


 書類を整えながら、話を続ける。


「末端のゴブリンさえも『魔導具があれば王になれる』と思うようになっては国がたち行かなくなる。よって『王の資質とは何か』と各種族の代表が協議をして、首長を決めることになったわけだ。民の代表から選出された議会による王。……これはもう、王とは呼べまい。べつの違う存在だ」


 現在のこの国の来歴を言い終えると、彼はその顔に笑みを浮かべた。


「まあ、すでにこの国は荒廃が進み、滅亡の一歩手前なのだがな。……滅ぶ直前に気付けたのは間に合ったというべきか、それとも遅すぎたというべきか。悩ましいところではあるが」


 そしてこちらを見つめる。


「――さて、セーム総督。窮したからと言って我々魔族は諸君ら人族に屈服するつもりはない。だが、かと言って支援を欲しないわけでもない。対等な対価というなら、我々には支払う準備がある。貴金属なり、魔導具なりな。……だがそれらは、残念ながら食うことができんのだ」


 ヘルツォークはそう言うと、指に嵌めた金の指輪を噛んでみせた。

 僕はそれに苦笑する。


「……ええ。この国との距離や世界の荒廃の具合を考えれば、我々が戦っている暇もありません。今は協調と再生の時代……喧嘩するにしたって、まずはそのあとでしょうしね」


 僕が冗談めかしてそういうと、彼もまた笑う。


「ああ、そうでなくては困る。人族と魔族は不倶戴天の敵同士ではあるが、我々としても人族が滅んでもらっては張り合いがない。助けを求める側が言うことではないかもしれないがね」


 そう言うと彼は立って、僕に向かって手を差し出した。


「――魔族の矜持にかけて誓おう。我々を救ってくれたら、その恩を返すまで決して勝ち逃げはさせないと。必ずや次は我々が恩を着せてやろう」


「……それは困ったな。受けても断っても後々面倒なことになりそうだ」


 僕はそう言いながら、彼の手をしっかりと握り返した。



 ☆ ☆ ☆



「来賓用の住居はこちらで用意しています。ですが……本当に何とかなるんでしょうか」


 総統府から出たリッターは僕にそんなことを言った。

 僕はそれに肩をすくめる。


「さあ……。でもきっとできることはあると思うんだ」


「……いくらあなたが才ある人間とはいえ」


「いやあ……僕ほど才能ない人間はいないんじゃないかなぁ……」


 僕は謙遜でもなんでもなくそう言った。


「でもきっと、適材適所ってのはあってさ。僕はこういうときに、抜け道を探すのが得意なんだと思う。……追い詰められないと、何にもできないんだけど」


 ロージナへと行く前の生活を思い出して苦笑する僕に、リッターは訝しげな顔をした。


 僕たちがそんな会話をしていると、近くから騒々しい声が聞こえてくる。


「ギャー! なにしてんだー!」


「鬼ー! 悪魔ー!」


 騒がしい様子に視線を向ける。

 するとそこには……。


「こらー! いいから食べなさーい!」


 ゴブリンの子供たち相手に怒鳴るハナの姿があった。


「ど、どうしたのハナ……!」


 僕とリッターはハナへと近付く。

 フライパンに火をかけて何やら炒めていたハナは、僕の声に気付くと笑みを浮かべた。


「あっ! 主様! それがちょっと子供たちがお腹を空かせてそうだったんで、炊き出しをしようかと……」


「炊き出し……ってそんなに食材あったっけ?」


 そこそこ食材は積んできたとは思うが、それでも炊き出しなんてするぐらい余裕があるほどではなかったはずだ。

 いったい何を……?

 そう思っていると、ゴブリンの子供たちが声を上げた。


「あ、リッターだ!」


「おいこいつヤベーよ! 木の根を食わせようとしてくるんだよ!」


 そう言って彼らはリッターの背中に隠れるように後ろへ回った。


「木の根……?」


 リッターの声に、ハナが首を横に振る。


「違います! ゴボウは立派な食材です!」


「ゴボウ……?」


 僕の言葉にハナは頷いた。


「はい! ゴボウ……と全く同じ種類かはわかりませんが、花の種類から見てもほぼ同一のものです」


 そう言ったハナの近くに置かれていたのは、何本もの木の根にしか見えないものだった。


「これは……?」


「町中に自生していたんです。なので引っこ抜いて洗って切って水に浸して、それを……」


 ハナは皿を手に取る。

 その上にはゴボウとやらを一口サイズに切って茶色のねっとりとしたソースに和えた料理があった。

 ゴブリンたちはそれを指差して声をあげる。


「うんこだ!」


「うんこ! うんこ!」


「うんこじゃない!」


 珍しくハナが声を荒げる。


「ゴボウの味噌炒めですよ! 栄養価が高いわけではありませんが、美味しさは絶品なんです!」


 ハナは熱弁しながら、それをつまんで自分の口に入れた。

 ボリボリという咀嚼音が聞こえてくる。

 ハナは美味しそうに食べているが……。


「……一ついただこう」


 そう言ったのは、リッターだった。

 ゴブリンたちは信じられない、といった目で彼を見つめる。

 そんな中、彼もまたゴボウの切れ端を口に入れた。


「これは……独特な風味のソースだ。だが塩味が効いていて……芳ばしい……。食感がなかなか……むっ?」


 ボリッ、ボリッという音がする中、リッターが目を見開く。


「この根菜……こちらもまた独特な芳ばしい風味がある。炒めたことによってそれぞれの香りが混じり合って、胸いっぱいに良い匂いが広がるな……。これは食欲をそそる。できれば肉かパンでも欲しいところだ」


 リッターはそう言いながら、もう一口料理をつまんだ。

 ゴブリンはしばらくそれを見つめたあと、おそるおそるゴボウを手に取って口にいれる。

 バリバリと音を立ててかみ砕いていくゴブリンの子供たち。


「……うまい! 草食べるよりも、根の方が美味いのな!」


「あと噛むのが気持ちいい!」


 牙を持ちアゴの力が強いゴブリンたちに、その食感が合うのだろう。

 次々と食べていくゴブリンたちを見ながら、ハナが胸を張った。


「ふふーん。そうでしょうそうでしょう」


 そんなハナの様子に苦笑する。

 これで食料事情が改善するわけでもないけれど、とりあえずはゴブリンの子供たちと仲良くなれたなら良かったかな?


「――あ、こらっ! それは俺の分だ! お前らがっつくな! もっと平等にだな……!」


 僕がそんなことを思っていると、リッターがゴブリンの子供たちに混じって我先にとゴボウを食べていた。

 リッター……キミ……。


 僕は子供たちと争うリッターの姿を見ながら、早急に食料事情を改善する方法を考えるのだった。

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